軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【Side Story】 幻の大職人と、孫娘の基準値

ヴィル・クラフト。

ソフィアの祖父であり、彼女に魔道具作りの全てを叩き込んだ師匠。

この世にいる職人たち全員に、もし、「この世で最も優れた職人は誰か」と問えば、彼らは迷わずヴィルの名を挙げるだろう。

彼は、まさに「神」の如き腕を持っていた。

無から有を生み出し、一本で国家予算が吹き飛ぶほどの神器を量産し、時には戦場で失われた兵士の腕を、義手とは思えぬ精巧さで「再生」させ、老いた貴婦人を若返らせるほどの魔道具すら作り出した。

では、なぜ。

なぜ、それほどの偉業を成し遂げたヴィル・クラフトの名は、歴史の表舞台に刻まれていないのか。

なぜ、教科書にも載らず、ただの「辺境の職人」としてその生涯を閉じたのか。

答えは単純である。

彼の仕事が、あまりにも『荒唐無稽』すぎたからだ。

例えば、ある地方で崩れかけた城塞が一夜にして修復されたとする。

人々はそれを、「凄腕の職人が直した」とは考えない。

「大地の精霊が奇跡を起こしたのだ」と解釈する。

例えば、折れた聖剣が、以前よりも鋭い切れ味を持って復活したとする。

人々はそれを、「職人の修理技術がすごい」とは考えない。

「女神の加護が宿ったのだ」と崇める。

ヴィルの技術は、人間の理解の 範疇(カテゴリー) を軽く凌駕していた。

その結果、彼の手による功績の殆どは、「神の御業」や「精霊の悪戯」、あるいは「古代文明の遺産が発見された」として処理されてしまったのである。

そしてヴィル本人も、名声や金銭に一切の興味がなかった。

「直ったからヨシ!」と言って、礼も受け取らずに風のように去ってしまう。

これでは、伝説になりようがない。

誰も彼を、実在する「人間」だとは思わなかったのだから。

――たった一人、その背中を一番近くで見ていた 孫娘(ソフィア) を除いて。

デリックとの騒ぎから、数日後。

帝都の一角にあるカフェテラスで、ソフィアとギルバートは向かい合って茶を飲んでいた。

「……それにしても。あの時の君の技術には、未だに驚かされる」

ギルバートが、ティーカップを置きながら感慨深げに言った。

話題は、先日の決闘でソフィアが見せた『ガンダールヴ』の転生についてだ。

「砕け散った杖の破片を集め、以前よりも強力な杖へと『転生』させる……。あんな芸当、帝国軍の宮廷魔導師たちでも不可能だ。まさに神業だよ」

ギルバートは、一切のお世辞抜きで称賛した。

実際、あの場にいた全員がそう思ったはずだ。ソフィア・クラフトは、歴史を変える天才だと。

しかし。

当のソフィアは、困ったように眉を下げ、フルフルと首を横に振った。

「いえいえ! 私なんて、まだまだです!」

「……まだ?」

「はい。あんなの、お爺さまに比べたら、積み木遊びのようなものですから」

ソフィアは本気で言っていた。

謙遜でも卑下でもなく、純粋な事実として。

「お爺さまなら、その辺の石ころを拾って『これ素材な』って言って、一瞬で転移結晶を作り上げてましたよ?」

空間から空間へ、転移する効果を持つ、とてつもない結晶のことだ。

当然、それには、とてつもない値段がついてる。

「……は?」

「あと、朽ち果てた呪いの刀を見つけた時も、修理ついでに『どうせなら聖剣に生まれ変わらせるか』って言って、勝手に改造してましたし」

「…………」

「それに比べたら、私は元ある素材を繋ぎ合わせただけです。無から有を生み出せたお爺さまの足元にも及びません」

ソフィアは、「ふぅ」と溜息をついた。

彼女の中には、明確な 基準(スタンダード) がある。

それは、「祖父ヴィル・クラフトならどうするか」。

神の如き祖父を見て育った彼女にとって、自分の技術など「ようやくスタートラインに立った見習い」程度にしか思えないのだ。

ギルバートは、戦慄した。

(……待て。その『妖刀から聖剣に生まれ変わった』伝説、東方の神話で聞いたことがあるぞ。まさか、実話なのか?)

彼は悟った。

ソフィアが自信を持てない理由。

それは、彼女の比較対象が「人間」ではなく、「 神域のバケモノ(祖父) 」だからだ。

身近に神がいたせいで、自分が人間であることを過小評価している。

だが。

「……ソフィア。いいか、よく聞いてくれ」

ギルバートは真剣な眼差しで、彼女を見つめた。

「君のお祖父殿が『神域』なのは分かった。だがな……」

「はい?」

「君がやったこと……砕けた杖の転生も、我々人間からすれば、十分に『偉業(神の御業)』なんだよ」

「えっ? そ、そうですか? ただの応急処置ですよ?」

ソフィアはきょとんとして瞬きをした。

全く自覚がない。

その無自覚な怪物ぶりに、ギルバートは頭を抱えたくなり――同時に、愛おしさが込み上げてきた。

「……はは。君には敵わないな」

「?」

「いつか、君が自分の凄さを自覚する日が来るのだろうか。……まあ、そのままでいてくれる方が、俺としては安心だが」

あまりに凄すぎる才能が世間にバレてしまえば、国中が彼女を奪い合いになるだろう。

今のうちに、しっかりと捕まえておかねば。

ギルバートは苦笑しながら、冷めた紅茶を口に含んだ。