軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

105.抑えられぬもの

部活対抗リレーにおけるヴィルヘルミナの圧倒的な勝利は、グラウンドの熱狂を頂点へと押し上げていた。

その規格外の速さと美しさは、競技が終わった後も学生たちの興奮を冷めやらせることはなかった。

結果として、魔道具研究会のテント周辺には、噂を聞きつけた学生たちがぞろぞろと群れを成して集まってきてしまったのだ。

「すごいですっ。あんな魔導人形、見たことがありませんっ」

「貴方は誰なんですかっ。どこかの高名な魔道具師さんですかっ」

興奮冷めやらぬ学生たちが、目をキラキラと輝かせながらソフィアに詰め寄ってくる。

砂埃にまみれた体操着姿の少年少女たちが押し合いへし合いになり、むせ返るような熱気と汗の匂いがテントの中に充満した。

人混みに慣れていないソフィアが圧倒されて後ずさった、その時である。

「無礼な小童ども。ワタシのマスターに気安く近づくな」

ソフィアの前に、ヴィルヘルミナが滑り込むように立ち塞がった。

翠緑の瞳が氷のように冷たく細められ、華奢な体からは明確な殺気すら漂っている。

美しき魔導人形が完璧なボディガードとして威圧感を放ったことで、学生たちは悲鳴を上げて後ずさった。

狭いテントの周辺は、憧れと恐怖が入り混じった大パニックに陥りそうになる。

「これこれ、みなの者。彼女が困っておるだろう。少し下がりなさい」

騒ぎを鎮めるように、深く温かみのある声が響き渡った。

人混みがモーゼの海のように左右に割れ、一人の老人がゆっくりと歩み出てくる。

長い白髭を蓄え、星屑を散りばめたような荘厳なローブを纏ったその姿は、この魔法学園の長たる人物であった。

帝国の最高戦力の一人、光の賢者ガンダールヴルである。

「あ、学院長先生だっ」

「学院長先生っ」

学生たちが一斉に姿勢を正し、喧騒が一瞬にして静まり返った。

ガンダールヴルは温和な笑みを浮かべながら、ソフィアとギルバートの前で足を止める。

「ソフィア嬢は、本当に人気者じゃのう」

「あ、あの。学生のイベントに、大人の私が介入してしまって。その、本当に申し訳ありません」

ソフィアはペコッと深く頭を下げ、冷や汗を流して謝罪した。

学園の長に直接怒られるのだと思い、幻の犬耳がへにゃりと完全に垂れ下がっている。

しかし、ガンダールヴルは咎めるどころか、鷹揚に頷いて白い髭を撫でた。

「いやいや、わしは事情をわかっておるよ。そこのグリフィスたちが困っておったのだろう。だから見かねて手を貸したんじゃな」

「はい。その通りです」

「困っている人を放っておけないのは、お主の最大の美徳じゃな」

ガンダールヴルの優しい言葉に、ソフィアは少しだけホッとして顔を上げた。

しかし、横に立っていたギルバートが腕を組み、真面目な顔で静かに口を開く。

「だが、やはり学生の競技に本職のプロが出るのはやり過ぎだったな」

「はい」

帝国の破壊神からの真っ当すぎる指摘に、ソフィアは再びしゅんと肩を落とした。

大人げなく無双してしまったという自覚はあるため、言い返す言葉もない。

「ああ、いや。別に怒っているんじゃあなくてな」

愛する婚約者をへこませてしまったことに気づき、ギルバートが慌ててフォローを入れる。

不器用な大佐がオロオロと視線を彷徨わせる様子を見て、ガンダールヴルがくっくっと肩を揺らして笑った。

「そうじゃ。ソフィア嬢、よければ出張の杖メンテを頼めないかの」

「出張のメンテナンス、ですか」

不意の提案に、ソフィアがパチリと目を瞬かせる。

「うむ。激しい魔法競技が続いておってな。無理をして杖を破損し、泣いておる子がたくさんおるのじゃ」

ガンダールヴルがグラウンドの隅にある救護テントの方を指差す。

そこでは、折れたり焦げたりした短い杖を抱え、肩を震わせている学生たちの姿があった。

「学園の職人だけでは手が回らなくての。代金はすべて学園側で出す。特別にテントも一つ用意しよう。どうじゃ、引き受けてはくれんか」

それは、ガンダールヴルなりの見事な機転であった。

ソフィアに仕事を任せれば、彼女の職人としての顔も立ち、この周囲に集まった野次馬たちのパニックも自然と解消される。

まさに一石二鳥の素晴らしい提案である。

しかし、ソフィアの頭の中には、仕事に繋がるとか、騒ぎを収めるといった計算高い考えは一切存在しなかった。

「困っている人が、いる」

ソフィアの澄んだ瞳の奥で、カッと熱い火が灯った。

杖を壊して泣いている子供がいる。

助けを求めている折れた杖が、すぐそこにある。

その事実を知った瞬間、ソフィアの胸の奥で、職人としての情熱がむくむくむくと猛烈な勢いで湧き上がってきたのだ。

今は大好きなギルバートとのデート中である。

水色の可憐なワンピースを着て、なんやかんやしてキスをするという重大なミッションが残っている。

しかし、そんなことはもう、彼女の頭からは完全にすっ飛んでしまっていた。

ソフィアはギルバートの顔を見上げ、そわそわ、そわそわと足踏みをする。

背中では幻の尻尾が、早く行かせてくれとばかりに千切れんばかりの速度で左右に揺れていた。

ギルバートはそんな彼女の分かりやすすぎる態度を見て、呆れを通り越して小さく吹き出した。

「行ってきなさい」

「はいっ」

ギルバートが笑顔で頷いた瞬間、ソフィアは弾かれたように工具鞄を抱えて救護テントへと駆け出した。

「マスターの行く道は、ワタシが切り開きます」

ヴィルヘルミナがスカートの裾を翻し、忠実なボディガードとしてソフィアの後を追っていく。

美しい魔導人形と職人の少女が並んで走る姿は、あっという間に人混みの向こうへと消えていった。

「お主も難儀するのう」

残された二人の男たちは、賑やかな祭りの喧騒の中で静かに並んで立っていた。

ガンダールヴルが、苦労の絶えない若き大佐に向けて同情するように言葉をかける。

しかし、ギルバートは誇らしげに胸を張り、眩しいものを見るように目を細めた。

「難儀。はは、何を言っているんですか」

ギルバートの低い声に、深い深い愛情が滲み出る。

「これがフィーであり、フィーの一番良いところじゃないですか」

困っている人を決して見捨てず、道具を心から愛する純粋な職人。

その真っ直ぐで不器用な生き方こそが、帝国の破壊神が何よりも愛してやまない、彼女の本当の美しさなのであった。