軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大人のボトルキープ

「おー、さみぃさみぃ……うわ、やっぱここ暖かいな……」

「モングレルか。ライナは?」

「ライナは湖でご満悦になってるよ。あんな冷たいってのにな……くそ……体格差か? ライナの方が短時間でサウナで温まれてたってことなのか……?」

湖が冷たすぎてサウナに戻ってきた。まだまだ全然駄目だ。ちょっと温まったくらいじゃ水温に耐えられん。逆にライナはどうしてあんな心地良さそうに入ってられるんだか……。

「ライナは最初、さほど風呂好きというわけでもなかったのだがな。入浴に慣れてからは好きになったのか、入る時間も増えた。夏の間はああして水風呂に入ることも多いぞ」

「水風呂か……そういうのも良いな」

「風呂を沸かす必要もない。私が水魔法で溜めるだけだから、簡単なものだ。……この時期は厳しいがな」

「そりゃそうだろうぜ。寒さで病気になっちまうよ」

「だから、夏場に限った話だ。水を出すだけならば、日に何度でも水を換えられる」

ナスターシャは誇らしげにするでもなく、爪を弄りながら淡々と言った。

男と一対一で密室のサウナに入っているというのに、脚を組んで堂々とリラックスしている。“氷壁のナスターシャ”と呼ばれているだけあって、男に対する意識は少しも感じられない。

「ああ、クランハウスの風呂だもんな……使う奴が多ければ水も交換するか」

「私にとって水など、特に出し渋るものでもない」

「凄腕水魔法使い特有のセリフだな……」

椅子の近くに置いてあったカップに口をつけ、酒を飲む。……それを見て、ふと思いついた。

「ナスターシャさん、ちっとこのコップの中にですね、このくらいの氷を入れてくれませんかね」

「……氷? 酒用のか」

「ウイスキーをロックで飲みてえんだ。それが暑いサウナの中ならより最高ってもんだろ」

「ふむ、わからないでもない。……カップを前に出せ」

ナスターシャに向かって容器を差し出すと、彼女は腕につけた金の腕輪を輝かせ、魔法を発動させた。今更気付いたが、それは魔道具だったらしい。

「“ 氷菱(クオート) ”」

「おおっ……ありがてえ。さすがナスターシャだ」

コップの中にゴロンとした大きな氷の……なんだろう。トゲが落ちてきた。

アイシクルバレットとか叫んで飛ばすのに良さそうなやつだ。透明で滑らかで、コップの中で転がすと澄んだ良い音がする。

……うん! やっぱ水割りよりもロックで飲む方が美味い!

「……私の氷は硬く、溶けにくい。食用にはあまり適さないぞ」

「へえ、そうなのか。いや、それはそれで酒を飲む分にはむしろ良いんじゃねえかな……やっぱ水魔法を勉強していくと、魔法の性質もそうなっていくもんなのかね」

「いや、私のギフトだ」

ブッ。……コップの中で噴き出しそうになっちまった。

「水魔法に影響するギフトでな」

「いやいや、そんなこと俺に話すなよ。自分の持ってるギフトのことなんか、やたらと他人に伝えることでもないだろが」

「当然だ。完全な他人であれば」

ナスターシャは怜悧な目で俺を見ていた。

「モングレル。私はお前を完全な他人とは思っていない」

「……逆ナンかい?」

「秀でた前衛としての腕前。ライナたちに認められた人柄。何より、シーナもお前ならばと判断している」

“アルテミス”への勧誘か。……まぁ風呂は最高だと思うけどな。いや風呂とロックで飲むウイスキーは最高だと思うけどな。それはそれとして……やっぱ難しいだろ。

俺も“アルテミス”のことは嫌いじゃない。男メンバーも増えてきたし居心地も悪くないと思う。何より清潔感があるのが良い。風呂が良い。氷室も良い。それは俺だって認めるところだ。

けどやっぱ、いざって時の動きを制限されるのは困るんだよ。

こればかりは風呂とロックアイスがあっても……うん……譲れな……うーん……。

「お前ならば身内としてパーティーに加入させ……いつになく悩んでいるな。駄目で元々で言っているつもりなのだが。気が変わったのか」

「いやぁ……氷の入ったウイスキーがうめぇし……風呂に入りながらだと、この居心地の良さを考えちまって……」

「俗物的な悩み方を……」

いやこれ酔ってるせいだな……久々に強めの酒を飲んだせいで変な思考回路になってるだけだわ……よし、やめやめ。真面目なこと考えるタイミングじゃねえよ今は。ボロ出す前にやめておこう。

酒? 酒はやめねえよ……そういう日だからな……。

「入るわよ。入り口は……ここ、で良いのよね。ああ、開いた」

「おお、シーナ」

「デッッ」

「何よ」

ナッツを齧りながらウイスキーの刺激を楽しんでいると、なんと入り口からシーナまで入ってきた。

キシキシゲッコーの良い個体から取った革なのだろう。ムラのない綺麗な黒色の水着だ。……モモも同じような水着を持っていたが、なんだろうな。やっぱりボリュームやスタイルの違いで印象はかなり変わってくるよな……。

いやー……さすがに落ち着かない。“アルテミス”の美女二人と一緒にサウナにいるってのは、さすがの俺でも落ち着かねえよ。

距離もそうだし視覚的にも……うおおお落ち着け……頭の中で冷静にディックバルトを数えるんだ……!

あっ、一瞬で落ち着いてきた……ありがとうディックバルト。

「それで、料理は完成したのかよ。シーナ」

「それが、ウルリカとレオが仕上げをやるからって言ってくれてね。せっかくナスターシャもサウナにいるのだからって、代わってくれたのよ」

「気を利かせてくれたのか。ふむ、ありがたい」

「そうね。良い子たちだわ」

ウルリカ……レオ……ありがとう。いや、シーナをここに連れてきてくれたことに感謝してるんじゃない。

お前らはあれだろ。料理の仕上げまでシーナたちに任せたらやべえって思ったから料理番を代わってくれたんだろう。ファインプレーだわ。助かるぜ……。あの二人がついていれば、モモだって変な仕上げはしないだろう。風呂上がりに妙な味の飯を食うことになる未来は回避できそうだな……。

「なんだかライナは焚き火の前でまったりしてたけど……あれ、大丈夫なのかしら」

「外気浴ってやつだな……ライナめ、若いくせに随分とサウナが板についてるじゃねえか」

「……モングレルそのウイスキー、ライナも飲んでるわけ?」

「そりゃそうだろ、ライナからもらったやつだしな」

「……はぁ。あの子ったら、お酒飲みなんだから」

まぁしょうがないだろ。ライナはザルだし、会った時からずっと酒好きだったしな。それまで薄いエールやビールをメインで飲んでいたところにウイスキーの登場だ。ハマりもするさ。

出先で羽目を外した時くらい、好きに飲ませてやれよ。あいつも大人なんだから。

「そうだ、シーナ。さっき私のギフトについて話してな」

「……モングレルに教えたの? ナスターシャのギフトを」

「ああ、聞いたよ。俺から聞いたわけじゃないぜ?」

俺はサウナの熱気の中にあってもいまだ形を保っているロックアイスをカラカラと鳴らした。

「誰にも言わないから安心してくれ。んでもって、それだけで勘弁してくれよ。加入するつもりはないんだ」

「……何度も誘われるのは嫌でしょうから、私も言わないけどね」

「そうしてくれると助かる。……風呂は惜しいけどな!」

「貴方本当に風呂の話ばっかりね」

シーナは珍しく自然に笑い、そしてすぐにその笑みを消して、むすっとした顔を作った。

なんだよ。思わず素の笑顔を見せちゃったけど気を許してるわけじゃないんだからねアピールかよ。そういうのやめろよ。俺には結構効くぞそれ。

「……でもね、モングレル。しつこく誘うから言うわけではないけど」

「なんだよ」

「ライナのこと、真剣に考えてあげるべきじゃないかしら」

真剣に。それってなんのこと? とは言わない。ここでしらばっくれたら撃たれるだろうからな。

「……貴方、ライナの気持ちくらい気付いてるでしょ。頭が良いのか馬鹿なのかは知らないけど、人のそういう事に鈍い性質じゃないんだから」

「あー。まぁ……」

ライナ。そうだな、ライナ……。

いやわかってる。もちろんわかってるとも。

ライナが俺に好意を寄せているだろうってことくらい、もちろん普通にわかっているさ。

俺は鈍感系主人公ではないからな……。

「あの子も十八歳よ。故郷を出てギルドマンになって、村に帰ることも断って。きっと、これからは家族とも疎遠になって……。未婚の私達が言うとあれだけどね。あの子が望むなら、若いうちに誰かと一緒になって欲しいのよ」

お前らも別におばさんってほどでも全然ねーだろってのは、今は言うタイミングじゃないから置いといて。

……まぁ、十八歳な。この国じゃそうだよな。そろそろ相手をって年齢ではある。

「私は……昔は婚約者がいたこともあったけど、破談になった。相手にさほど執着してたわけじゃないけど、その時に思ったのよね。“ああ、私は今までこいつのために無駄な時間を使ってしまったんだな”……って」

「無駄な時間か……」

「気づかないふりも貴方なりの優しさなんでしょうけど、ライナの若い時間を無駄にしているということだけは、覚えておきなさい」

「……わかってる。そいつはよーくわかってる」

ライナは、なんだろうな。最初は親愛とかそういうものだと思ってたし、最近までその延長線上にある想いなんだろうと……思ってたんだけどな。

シーナがこうしてわざわざ俺に面と向かって言うあたり、やっぱ間違いないのか。……隣のナスターシャも爪を弄らずに真面目そうに俺を見ているあたり、そうなんだろう。

おっさんの自意識過剰でもなんでもないと。そういうことか……。

いやー……でも……でもな……。

「いつか、そういう話もするだろうさ……いつかはな……」

年齢差とか。俺個人が抱える色々ありすぎる事情とか。

パーティーに所属できないのと同じような理由で、やっぱり俺は誰かとそういう関係になろうとは思えないんだよ。

もちろん、ライナとそういう関係になるってイメージが全然できないこともある。

「ライナは日々成長しているぞ。技術も、精神的にも……もちろん、肉体的にもな。それは老いとも呼ぶのかもしれないが……ライナのそれは、まだまだ瑞々しく、美しいものだろう。モングレル。お前はライナのその成長を見つめ続けるべきだ。きっとライナ自身も、お前に見てもらいたいと思っている」

「……そういうもんかね」

「クランハウスでよく話すからな」

ああ、そういうストレートな話っすか……うーん……。

ライナの成長、か。そうだよな。十八歳……もう完璧に乙女だ。背丈はちみっこいままだが、確かにライナは少しずつ女になっている。

……いつか俺も、ライナの気持ちに向き合わなきゃいけない時が来るんだろう。

「うー、身体がちょっと冷えてきたっス……」

そんな話をしていると、テントの外からライナの気配が近づいてきた。

今の今までライナが女ってことを話していたものだから、どうしても意識してしまう。

「うわぁ、熱気やばいっス……! え、てかシーナ先輩じゃないスか!」

「お邪魔してるわ、ライナ」

「うむ。シーナもサウナに入りたいというのでな」

「はえー……あ、モングレル先輩……」

「ん?」

ライナが俺を見て、驚いたように目を開いた。

えっ、なになに。

「……その氷……ナスターシャ先輩のやつっスか! 盲点だったっス……! ナスターシャ先輩、私のウイスキーのコップにも氷オナシャス!」

「……うむ、構わないぞ」

「はぁ……全く、ライナったら……」

シーナとナスターシャは酒で勝手に盛り上がっているライナに少し呆れていたが、俺としてはそんな通常運転のライナだからこそ安心できた。

「ライナ……俺はわかってるぜ。お前はもうウイスキーのロックがわかる、大人の女だってことをな……」

「えへへ、そうっすか……? いやぁ、氷で飲むウイスキーは最高っスからね……!」

保留。先送り。それを咎められるのも、もちろんわかる。

けど、今のこの関係や居心地の良さを守りたいっていう俺の気持ちは、間違いなく本物なんだよ。