軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヒドロアの帳で誓いの言葉を

結婚式。……まさか、この私が結婚することになろうとは。

婚約から時間が経ち、いざその当日を迎えてもまだ、私には実感というものが足りなかった。

この日のために誂えた晴れ着は窮屈だ。特注の物なのだから似合ってはいるのだろうが、それでもどうも衣装に着られている気がしてならない。

ステイシーさん。あの素敵な人と夫婦になるのか。

……ああ、緊張する。嫌だなぁもう。いや、結婚はとても嬉しいことだけど……。

この緊張の中で、私は失敗せずにいられるのだろうか。

うう、お腹が痛い。

「ウィレム様。また背筋が曲がっておられますぞ。ただでさえ小柄なのですから、せめて堂々としなくては格好が付きませぬ」

ああ、アーマルコよ。

お前は主人がこの佳き日を迎えてもなお口酸っぱいままなのだな。

今はそのいつも通りの日常感が、胃に優しいかもしれないが。

「各地から貴族やその代表者も、お二人のご結婚をお祝いに続々とやってきております。既に街中はウィレム様とステイシー様を祝う者たちで賑わい、多くの宿が満室だとか」

「ウッ、胃が」

「祝われているのですから、堂々とされたら良いではありませんか」

「そ、そんな考え方ができるような人生を歩んできた覚えはない……」

「やれやれ。そんな度胸ではベッドの上で女性をリードできませぬぞ。良いですかウィレム様、この私が妻と共に過ごした夜は……」

「やめろ! お前の夫婦仲が良いのは知ってるから! それを私に聞かせるんじゃない!」

全く、アーマルコは何十年経っても惚気話をやめないな。

内容が生々しいものだから一層困る。

……おかげで変な緊張の取れ方をしてしまった。釈然としない。

「本日はまず神殿にて、誓いの儀を行います。静謐な儀式ですので、こちらの参加者はあくまで最小限。もちろん周辺の警備は固めていますが……なので、そう無駄にやきもきする必要などありませんでしょう。大勢の人前に出る式典などは、明日からですぞ。ささ、支度は整っているのですから、早く移動しましょう」

「う、うううっ! わかってはいる! わかってはいるが!」

「なんですかこの期に及んで……」

アーマルコに背を押されるが、まだだ。まだ心の準備が整っていない。

「……私は、結局ステイシーさんを……口説けていない……」

「……」

「無言で背中を押すなって!」

「時間も押しているのです。押して参ります」

「アーマルコぉー……」

ぐいぐいと部屋を追いやられ、廊下に出た。

「あら」

……そこには、女神がいた。

ステイシーさん。最初に会った時とは随分と印象も変わったけれど……それでも煌めくほどに美しい、私にとっての女神だ。

「おー……普段の格好もピシッとしてるけど、今日の格好は更に決まってるねぇ! ウィレムさん!」

「あ、ど、どうも……ステイシーさんもとても、女神様のようで……美しいよ」

ドレス姿のステイシーさんは、本当に美しかった。

アップにまとめた黒髪の活発さはそのままに、引き締まった身体には艶やかな白のドレスを纏っている。まるで神話の戦女神を見ているかのような気持ちだ。

お世辞ではなく、本当に女神のようだったんだ。

「……ほら、司教様を待たせちゃいけないよ。早く神殿に行きましょう」

「あ、は、はい」

ステイシーさんは私の褒め言葉をどう受け取ったのか、さっさと先を歩いて行ってしまった。

……目が合わない。困ったなぁ。嫌われたのかなぁ、やっぱり……。

誓いの儀。

それはヒロドアの神殿にて、月の女神に愛を誓うための儀式だ。

不貞や裏切りを捨て、女神の前で不変の愛を宣誓する。その儀式はとても古いもので、何百年も形を変えずに残り続けているという。

立場上、色々な式典に出席したことのある私ではあるが……この誓いの儀だけは初めてだ。初めての式典は何でも緊張する……うう、あらかじめ流れは聞いているし、私達がやることも多くはないが……胃が痛い。

馬車で大神殿まで移動し、別室で待機。そのまま精兵達に警護されつつ、神殿内へと進んでゆく。

「すごい蝋燭の数ね」

「う、うん。そうだね。すごい雰囲気だ」

神殿に踏み入ると、ステイシーさんが驚いたように呟いた。

彼女の言う通り、今夜の神殿内はいつもと様子が違う。そもそも夜にこの神殿を訪れること自体が珍しいのだが、今日は神殿のあらゆる場所が蝋燭の火によって照らされ、暖かな輝きに包まれていた。

こうした雰囲気の中では、本当に月の女神にお会いしているかのような錯覚を覚える。……私の中にやましい気持ちなどはないが、緊張はする……。

やがて、神殿の奥に並んだ少数の聖歌隊が月夜の聖歌を歌い始めた。

これがまた長い。歌も退屈だ。様々な式典で聞く歌なのもあって、ちょっと眠くなってしまう。……だがこれも儀式の一つだ。耐えなければならない。

「……ウィレムさん、不安な顔をしてる」

「……え」

神殿に聖歌が響く中、横からぼそりとステイシーさんが呟いた。

「私と結婚するの、嫌だったり?」

「ちっ、……違うよ。そんなことあるはずがない」

「本当に?」

「神に誓ってもいい。本当に。この気持ちが嘘だというのなら……その場で神罰を受けてやってもいい」

誓いの儀を前にした宣誓だった。

ちょっと格好がつかないと思ったけれど……ステイシーさんは、良い笑顔を浮かべていた。

「なんか、照れるなぁ……そういうの」

「あ、ごめんなさい……」

「ううん、嬉しいの。女神とか、神に誓っても良いとか……ウィレムさんは、私のことを本当に想ってくれているんだって、そう思うとすごく嬉しくなる」

……嘘をついているようには見えなかった。

「逆に、私がさ……ウィレムさんへの気持ちを示せていなかったんじゃないかって、反省してる」

「え?」

「……このレゴールに来てから、色々と勉強して、慣れない人付き合いなんかもしたけど……あまり、上手くいかなくてさ。私ってウィレムさんの妻として、役に立ててないなって」

「そんなことない。そんなことないよ」

「やっぱり私、剣術ばっかりやってたから駄目なんだなぁって……ごめんね。ウィレムさんのために頑張ってはみたんだけどさ」

「貴女はとても立派で、素敵な人だよ。ステイシーさん」

卑屈になりかけた彼女に、私は聖歌にも負けないくらいの声を上げていた。

「ステイシーさん。貴女は人付き合いが苦手な人だ。活発で、剣が上手で、とても賢い……だけど、人と関わることを苦手としている。ただそれだけ。そのせいで今はまだ、目に見える結果が出ていないだけなんだよ」

ステイシーさんは一見すると、ちょっと荒っぽくて明るくて、活動的に見える。

けれど実際の彼女は、内面に孤独を抱えている。人と関わることを苦手としている部分が強くあって、決して外向的なタイプではなかったんだ。

だからこのレゴールに来てからの日々は、挨拶や紹介ばかりでとても疲れる思いをしたと思う。慣れないことをして体調を崩したこともあったし、不安定になりかけた時もあった。

けど彼女は、苦手な分野にもめげずに頑張っている。その努力は……そうか。私のため、だったのだね。

てっきり、なにか別の理由があるものかと……そうじゃなかったのか。

私に……妻として働ける力を見せたかったと。そういうことだったのか。

「私は……よその貴族のように、貴女を窮屈な鳥かごに閉じ込めたりするつもりはない。ステイシーさんの輝ける場所は、そういう場所だけじゃないんだ」

「……けど、私は妻としてウィレムさんを……」

「そうだね。支えて欲しい。けれど、ステイシーさん。私はステイシーさんの輝きを曇らせたくない。貴女は剣豪令嬢のまま、昔窓辺で本を読んでいたあの時の君のままで、いて欲しいんだよ」

私はステイシーさんの好きなことを知っている。本が好きで、剣術が好きで、軍略が好き。

……最近はその多くを自ら封印していたけれど、私のためにとそんなことをする必要はない。

「私は……輝いているステイシーさんの姿が好きだから。だからどうかこれからは、自分を曲げないでいて欲しい」

「……ウィレムさん」

「なんだったら、ステイシーさん直属の部隊を……」

「それ以上は駄目だよ」

ステイシーさんに言葉を尽くそうとしたその時、彼女の手が私の手を強く握りしめた。

強い力だ。つ……強すぎてちょっと痛いくらい……。

「す、ステイシーさん……?」

「それ以上、貴方からの愛を感じてしまうと……衝動的に、愛を返したくなってしまう」

こっちを見ている。

なにか、すごい感情の籠もった目で……。

ま、まるで何か猛獣に睨まれているかのような……。

「……それでは、祭壇の中で誓いの言葉と口づけを」

ハッと我に返る。

どうやら歌が終わり、次の段階へと進んでいたらしい。

「来て」

「は、はい」

祭壇の上には天蓋があって、布が垂れ下がってヴェールとなっている。

中での言葉は周囲の人間には秘されるが、神には届けられる。つまり、ヒドロアに誓いを捧げる場所だ。この中に入ってから言葉と……ああ、いよいよだ。ステイシーさんと、口づけを……き、緊張してきた。

「入って」

「う、うん。もちろんわかってるけど……」

そんなヴェールの中へ、ステイシーさんはどんどん先に進んでゆく。

力強い人だ。それになんだか、急いでいる? 焦っている……?

中央にある本当に小さな置物のような祭壇を二人で囲み、向かい合う。ここで誓いを交わすんだ。

予定通りに、間違わないように……。

「わ、私は……ステイシーを妻に迎え、月が砕け散るその時まで、彼女を愛することを誓いま……んッ!?」

私が誓いの言葉を言い終わるや否やのタイミングで……口づけが交わされた。

ステイシーさんの方から。力強く。……長く、情熱的な口づけだった。

「……――っはぁ。……私の命が潰えても。月が砕け散っても。ウィレム。貴方を私の知恵と剣で、護ります。貴方を……愛し続けます」

「……はひ」

頭がぼーっとして……なにがなんだか、わからない……。

「私も、ウィレムさんのことを好きなんだって。愛しているんだって。証明し続けるから……だから」

あれだけ情熱的な口づけをしておいて、言葉に詰まるステイシーさんの顔は仄かな光の中でも真っ赤に染まっていた。

「……結婚しましょう」

「……よろこんで」

ああ……なんだか、肝心の部分をステイシーさんに言われてしまった気がする……。

けど……今はそんなことが、ちっとも気にならないや。

そうか、これが……幸せっていうやつなんだろうな……。