軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談144話、引きずり出される感情

つまらないことを考えたのだ。

暗殺者が、相手の前に立って自分の怒りをぶつけようとしていたなんて。

ガルは思う。

まったく暗殺者らしくない。どうして、わざわざブルハの前に立ったのか。

冷徹に、相手の意思や感情など関係なく、無慈悲に息の根を止める。それが暗殺者としてのガルのやり方だ。

らしくない、本当にらしくない。

それだけブルハという魔族は、ガルにとって特別な存在だったのだ。

間違っても、恋い焦がれていた、などということはない。しかしその執着は、激しい憎しみの感情であり、それをぶつけたいと思っている時点で、愛情などという感情と同じなのかもしれない。

暗殺者が執着するなど、愚かしい。普段のガルなら、そう考えるだろう。

ブルハは、そうした普段、普通とはかけ離れた相手だった。

世の中には手遅れということもある。

自分の優位なうちに決着をつけるのが理想。しかしガルはその優位を手放してしまった。奇襲で殺せたのに、つまらない感情で必殺の機を失い、あまつさえ相手の有利なポジションまでプレゼントしてしまったのだ。

密着する距離での対人戦は、サキュバスのもっとも得意とする距離。しかも相手に言葉を投げかけ、囁ける距離など、サキュバスにとっての必殺の位置。

殺すことは感情を削ぎ落とし、無情になること。

しかしサキュバスは相手の感情を引き出し、高め、高揚感と幸福感、快楽の海に沈める。甘い夢と情熱的な感情に思考をグチャグチャに、肉欲のままに相手を虜にする。

その言葉を聞くべきではなかった。

その吐息を感じてはいけなかった。

ぬくもりと、微笑みに騙されてはいけなかった。

優しい夢と、肉の悦びの重ねがけ。抑えられない感情。むしろ突き抜けろ、支配されろと思考が蕩ける。その身を目の前の柔らかな肉の塊に委ねろと、脳が囁く。

押しつける。見下ろす。どうだ、俺の方が強い――そんな子供じみた本能が、目の前のサキュバスを支配している気分にさせる。

主導権は自分のものだ。……だがそれは錯覚だ。艶やかに、甘い吐息の裏で、サキュバスはほくそ笑んでいる。

作り物だ。演技だ。そうやって人を騙して、精気を引き出し、そして喰らう。その時こそ、真にサキュバスが恍惚とした悦びを得る瞬間。

『実につまらないことを考えたものだ』

『!?』

『相手の得意な場に立って、それでもなお自分の方が強いとわからせようとするなんて』

その言葉に、目の前のサキュバスは目を見開いた。

『お前は、俺に理想の相手を見せようとしたようだが……。あいにく、俺はお前ではノれない』

むしろ――

『お前を壊したいという感情が強まるだけだった!』

・ ・ ・

「くっ――!」

ブルハは身を引いた。

ガルを夢の世界に引き込み、夢魔としてのサキュバスのテリトリーに、その精神、感情を引き込んだ。

クイーンとして、その術には絶対の自信があった。そこに引き込まれて虜にならなかったのは、魔王だけである。

その絶対領域を、ガルは自力で切り抜けた。いかような相手をも虜にする――サキュバス・クイーンのプライドは、打ち砕かれた。

これはブルハを傷つけた。

「お前ェェー!!!」

「ほら、所詮、お前の本性なんてそんなものだ」

淡々と、ガルはミスリル剣を手に、下がるブルハを追う。

「甘い笑みの下の本性なんて、所詮そんなもの。あの笑みも嘘。人を見下し、嘲り笑うクズの顔がお前の真の顔だ!」

一皮剥けば、醜い顔というのがサキュバスらしいが、その性根はまさしくそれだ。ブルハは見た目は美人だが、その中身は醜い。

「空っぽ!」

ブルハは叫んだ。

「お前は、空っぽだ、ガル・ペルスコット!」

「今さらそれかよ!」

ガルの振り下ろした剣を、ブルハは爪を伸ばして弾く。魔族としての本性もまた、段々露わになる。

「俺の中身が空っぽなのは、わかりきっている。むしろ、それがわかっていなかった時点で、お前はクイーンじゃない。三流以下のサキュバスだ」

「お前はっ! お前はっ!」

ブルハの感情は荒ぶる。プライドを傷つけられ、喚き散らす。精神的優位に立ち、相手を虜にするサキュバスにあるまじき状況だった。

――空っぽの俺でも、感情はあるんだがな。

ガルは距離を詰め、ブルハを斬りつける。彼女も爪でその攻撃を凌ぐ。

金属に等しい強度を持つその爪は、直撃すればガルとて防具ごと切り裂かれる。しかしその攻撃は、ガルの素早い身のこなしを前に届かない。

逆に、ガルの繰り出す攻撃を防ぐので手一杯だ。

「どうした、ブルハ?」

ガルはさらに剣を速める。

「前に戦った時とは別人のようじゃないか。小狡くて――」

シュッ、と彼女の肌をミスリル剣が切った。

「もっと憎らしかった。歳でもとったか? それとも魔王が死んで、腑抜けになったか?」

「!? お前ぇっ!」

ブルハの爪が、目にも留まらぬスピードで振るわれた。ガルはそれをかろうじて、躱したが、頬をわずかに掠めた。

「調子に乗るなよ、人間如きがっ! 偉大なる魔王様のことを、お前たち人間が軽々しく口にしていいものでは、ないっ!」

速度を増したブルハ。その蹴りを、ガルはとっさにガードしたが、吹き飛ばされた。

ここにきて、スピードとパワーが上がった。どうやら彼女にとっての禁句が、その怒れる本能と身体能力に火をつけてしまったらしい。

しかしガルは、むしろそれを望んだ。無意識のうちに薄らと笑みまで浮かべて。

「そうだ、もっと出せ。サキュバスの本性ってやつを――!」