軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談143話、サキュバス・クイーン

酷い臭いだ。濃厚な香水の香りは、頭がクラクラするほど不快だった。

ガルは、明らかに城主の居住区画と思われる一帯に差し掛かっていた。

王座の間に、かのサキュバス・クリーンがふんぞり返っているに違いない。そうは思っても、姑息なサキュバスのこと、裏をかいて私室などに隠れている可能性もなくはなかった。

――あいつは卑怯者だ。

正面から戦うことはできるが、どちらかという策を張り巡らせるほうだ。サキュバスやインキュバスといった夢魔は、ベッドの上が本領だから、魔王などのように堂々と玉座で待ち構えているようなタイプではないかもしれない。

何ともしまらないと思いつつも、王座の間に行く前に、ブルハが潜んでいないか辺りの部屋を探索した。

警備の魔族はいなかった。ここまでの戦いで出払っているのか、ブルハが自分の周りに兵を配置することを望まなかったのか。

――あるいは。

仲間たちが戦ってきた強力な魔族や幹部。それらがその守衛の役割だったのかもしれない。

ブルハを討つために来て、道半ばで斃れた仲間たち。それを思い出せば、ふつふつと熱い感情が込み上げてくる。

カリュプスを壊滅させたあの憎きサキュバス。あいつに復讐できるのを、一日千秋の思いで生きてきた。

それがようやく叶う。この三年は長かった。

――まさかここまで来て、逃げ出しているんじゃないだろうな……?

あの逃げ足の早いサキュバスである。部下を盾に時間を稼ぎ、とっとと逃げ出した可能性もある。

先の魔王軍が壊滅した時も生き延び、残党を率いていたのである。しぶとさはゴキブリ以上かもしれない。

「ここは……」

寝室のようだった。ただしやたら大きなベッドに、さらに強い香水が充満した部屋は、ガルの眉間にしわを寄せさせた。

ここが夜な夜なさらってきた人間の精気を吸い取るために使われたブルハにとっての楽園、食事処。性欲を高め、しかし性の体臭を消すために、ふんだんに漂う臭いは、吐き気をもよおすほどの酷さがあった。

「鼻が曲がる」

とにかく不快。部屋にあるものすべて、臭い、色、飾りが唾棄すべきものに思えた。ここまで見た目は部屋としてまだ自然に見えるのに、醜悪さを感じさせるものもない。

「サキュバスは、皮を剥げば醜悪な顔をしているという……」

この部屋そのものが、そういったサキュバスの本性を表している気がした。その人の生活が持ち物や部屋に現れるとは、よく言ったものである。

好き嫌いでいえば嫌いだが、ガルは、ブルハというものを存分に感じ取り、ますます憎悪を高めて歩き出した。

一呼吸するたびに、置かれた物を見るだけで、ここまで嫌な気分にさせる相手もいない。不快度合いが上がるたびに、それが力になっていくようにガルには感じた。

もちろん、戦いの場では冷静さが鍵だ。怒りの感情は、力を高める錯覚を与える。視野が狭くなり、ためにためた感情が力に伝わり最強になる気分になる。それが落とし穴である。

ここまでガルの憎悪を刺激して感情を乱れさせようという作戦であるなら、やはりブルハというサキュバスは大した策士と言える。……非常に腹立たしくあるが。

そして王座の間に到着した。

ガルは隠れることはしなかった。そこにある気配が、一つだけしか感じられなかったからだ。

案の定、そこに雑兵や幹部魔族がいることはなく、玉座に一人の美貌の女がいた。

下品だった。

男を惑わす女の武器を全面に押し出した肌露出が強い服装。胸が大きく、それでいて腰回りは細く、しかし尻は大きく曲線を描く。太ももの肉感が実に艶めかしい。

あまりに完全過ぎて、作り物めいていた。ガルの不快度合いがさらに上がる。体だけでなく顔もよい。亜麻色の長い髪、切れ長の目。儚げで、しかし発情したメスを感じさせる肌色。前と姿が微妙に違うが、それでも本人だとガルにはわかった。

しかし奇妙なこともある。彼女は玉座に座ってはいるが、肘掛けの上に行儀悪く尻を乗せていた。まるで見えない誰かが座っていて、そこに侍っているようだった。

――ああ、そういうことか。

ガルは察する。こいつは、亡き魔王の幻を見ているのだ。

一歩一歩、玉座へと歩くガル。その足取りは堂々としたもので、衣装が衣装なら、自分こそが玉座にふさわしい王だと感じられるくらいだった。

やがて、玉座の前でガルは止まった。ブルハは、睨むように目を寄越したが何も言わなかった。

何者かと問い質すことも、侵入を咎めることも、手下を呼ぶこともしなかった。

ガルもまた黙っていた。言いたいことは山ほどあるが、何から口にしたものかわからなくなったのだ。

言おう言おうと思って準備したのに、実際にその場に立った時、ふと我に返る現象、それに似ている。

ぶつけたい思いがあった。ひとたび口を開けば、それは押し止めることなく全て吐き出してしまわなければ気が済まないという予感があった。

だが、おそらくそれは叶わない。他者とのやりとりは不思議なもので、言いたいことの全てを言えることはほとんどない。大体が半分も言えずに、後でああ言えばよかった、などと後悔する。

宿敵であった。倒すことが悲願でもあった。だからこそ思いは強く、高く、そして荒々しい。全部をぶつけてやらねばならない。気が済まない。

この澄ましたサキュバスの感情を乱れさせ、自分の行いを、悔やませてやらねばならない。ただ殺すだけでは、この怒りはおさまらない。激しく後悔させ、惨めに謝らせて、命乞いさせて、そして殺してやらねば、仲間たちの仇討ちにはならない。

煮えたぎる憎悪はマグマの如く。吐き出す息は、熱がこもっているようだった。

「……殺さないの?」

ブルハがポツリとそんなことを言った。自分を殺しにきた者を前にしながら、敵意もなく、ただ疑問に思ったから聞いただけという軽さだった。

「あなたの熱情、とても好きよ。まるで愛のよう……」

ブルハは肘掛けから尻を上げた。

「もし怒りが人を悪魔に変えることができたなら、きっとあなたは素敵な悪魔になれたでしょうね……。おいで」

すっとガルの首に、ブルハは手をかけた。

「楽しみまショウ? 全身全霊をかけて体を合わせて、あなたの熱を私の中に注いで……ブツけ合いまショウ、全テヲ――」