作品タイトル不明
第584話、花の都の出来事
カーシュたちがゴールデンウィング号に合流する前まで時間を遡る。
クイント王国の王都セーラに残った者たちは、休暇ということで花の都の観光に繰り出した。
ソフィアはセイジと当然の如くふたりでお出かけ。他の面々も仲のいい者同士で分かれたが、カーシュはひとり、発着場の出入り口に立ち尽くしていた。
至るところに花が咲いている王都の街並みを眺めていると、同じく観光に残ったエルフの治癒魔術師であるダルが声を掛けてきた。
「君が残るのは意外だった」
カーシュの隣に立つダル。
「何かクイントに縁があったかな?」
「……いや、来たのは初めてだよ」
かつての聖騎士は自嘲した。
「ただ……アガタが、いつか花の都が見たいって言っていたから」
「……」
エルフの治癒魔術師は静かに頷いた。
「私も、彼女のことを思い出して……」
十年前、カーシュはひとりのエルフを愛した。その女性、アガタはエルフの魔法騎士であり、魔王軍との戦いの中、クルの森の集落を守り、戦死した。
「――子供の頃から花の好きな子だった。だけど、いつからだったか、ずいぶんと男勝りな性格になって――」
ダルは懐かしむように言った。カーシュとふたり、王都を散策する。
「ところが、とある人間の青年に会って、ずいぶんと淑やかになった。……恋をしたな、と周囲は囁いたものだ」
言われて、カーシュは小さく苦笑した。
「その人からもらった白い花を加工して髪飾りにしていた」
「ビャクの花」
カーシュは、民家の窓枠に飾られている白い花を軽く指さした。
「今がシーズンなのかな? ここではいっぱい咲いている」
「花に詳しい?」
「いいや。同僚から女性には花を送れって言われて」
生真面目なカーシュは、異性との付き合いはそこそこあったものの、こと恋愛に関係する部分については経験が浅かった。
「エンネアではあまり見ない花だと思って買ったんだ。その商人が教えてくれた。クイント王国の花の都には、ビャクの花でいっぱいだって」
「なるほど。彼女は、その花を大変気に入っていた」
ダルは遠い目になる。
「花の都の話を、アガタにも? ……いや、愚問でしたね」
カーシュが先ほど『アガタが、いつか花の都を見たいって言っていたから』と答えた。おそらくその時、アガタに話したからこそのセリフだろう。
「ん?」
ダルが視線を正面に向けた。人の通りの疎らな石畳の道を歩いている。カーシュもそちらを見ると、不意に子供が路地から飛び出し、しかし不自然に引き戻された。
一瞬、悲鳴のような声が聞こえかけたが、すぐにそれも消えた。
「見たかい、カーシュ?」
「ああ……!」
聖騎士として治安を守る者だった経験が、警鐘を鳴らした。人さらいの手口――そう思った時には、カーシュは駆けていた。
路地に駆け込めば、子供がいままさに、大の大人ふたりに袋に詰め込まれている場面だった。
「何をしている!?」
カーシュが一喝した。男たち二人はビクリとする。
「誘拐か、貴様ら!?」
「ち、違う!」
男のひとりが慌てて答えた。もうひとりが叫んだ。
「お前には関係ないだろ!? 失せな!」
「人さらいの現場を見過ごすわけにはいかん!」
つかつかと、カーシュは歩み寄る。男の手の中の袋が動く。中に入れられた子供が暴れているのだろう。
「うるせぇ、人さらいじゃねえ! オレたちはモンテ商会だ! 逃げた奴隷を捕まえただけだ!」
逃げた奴隷――それが本当ならば、商会内の問題であり部外者が口出しするものではない。だが、カーシュは歩みを止めない。
「逃げた奴隷を捕まえるのに、袋詰めにするなんて聞いたことがないな!」
彼の聖騎士としてのキャリアの中で、犯罪組織の取り締まり歴は短くはない。
「むしろ、正規の奴隷ではなく、不当に誘拐する奴のする手口だ」
「っ……!?」
「僕はモンテ商会がどんなものか知らないが、不当に子供を誘拐する悪徳業者ならば、許すわけにはいかない!」
「野郎っ!」
男のひとりがナイフを取り出し、カーシュに突っ込んだ。だが次の瞬間、突きはカーシュの左手に掴まれ、流されて、右の鉄拳を顔面にくらうことになる。
残るひとりが子供を抱えて逃げた。
「逃がさない」
カーシュは走った。様子を見ていたダルは首を横に振ると、通信機を取る。
「――あ、オダシュー君。悪いけど、トラブルが発生してね……ああ、うん。よろしく頼むよ」
・ ・ ・
「――で、その後、モンテ商会に乗り込んだと」
ソウヤは、カーシュ、ダル、そしてアガタというエルフ女性を前に頷いた。
ゴールデンウィング二世号の会議室である。レーラのいれてくれたお茶が冷めてしまった。
ダルは、冷めたお茶をすする。
「逃げた男が、その商会の隠し倉庫に逃げ込んだんですよ。非合法な品をまあ沢山隠していましてですね……。カーシュはそこで、商会の荒くれ者どもと大立ち回りを演じました」
そしてオダシューとガル、通報を受けたクイント王国の王都警備隊が駆けつけて、場を制圧した。
「密輸や犯罪の証拠をしこたま発見。商会員は逮捕されて一件落着――とはいかなかったんですね、これが」
ダルの視線がアガタへと向く。ソウヤは首を傾げた。
「その禁制品の中に、彼女がいたと」
「はい」
隠し倉庫の、よろしくない不正品の中に、カーシュの恋人――死んだはずのエルフ女性アガタがいた、と。