作品タイトル不明
第545話、大陸侵攻軍の影
魔王軍アラガン級飛空艇『レーレラ』号の艦長ソルテは、本来なら屈強な体躯を持つ悪魔種族だった。
だが霧の海の魔女リムの手によって、意識を保ったまま、解体されてしまった。
このリムという人間――いや、人間と呼んでいいかわからない魔女は、一言でいえば狂っていた。
無邪気な子供のようでありながら、嬉々として笑う時、背筋が凍るようなおぞましさを感じさせた。
本来なら躊躇う行為も平然と、一切の躊躇なく実行する様は、魔族が人間を拷問しながら解体するそれ、そのものだった。
相手のことを『生き物』として扱っていないのだ。
それは恐怖だった。
相手が正常であればこそ、その感情や思考には自然とストッパーが掛かる。怒りや煽りで感情を揺さぶり冷静さを欠かせたり、あるいは同情を誘うなどとやりようがある。
しかし、狂人には常識もモラルも通用しない。怒りや同情といったものがあっても、それは常人とは範囲が異なるのが普通である。……そもそも重ならない、あるいは遠いから、狂人なのだ。
「さて、このまま生きたままオブジェに改造してやろうと思うのだけれど、尋問の途中だったことを思い出したわ」
リムは満面の笑みを浮かべた。
「ここからはお喋りの時間よ。アタシを満足させられたなら、体を元に戻してあげてもいいわ」
「うぅ……」
「でも、嘘は嫌いなの。騙そうとしたり間違いを言ったら、アナタの体がどんな形で再接合されるかわからないわ。まあ、それはそれでアタシは楽しめるから、どちらでもいいんだけれど」
魔女は笑った。本当にどちらでもいいのだ。むしろ改造したくてしたくてたまらないのだ。
手加減などしないし、取り返しがつかないことになっても、反省しない。ためらわない。
ソルテにしろ、人間の魔族への敵視の感情など理解していたから、野蛮で残忍な拷問も覚悟していた。話が通じるとも思っていなかったが、リムの行為は、その想像すら軽く振り切った。
偏見に凝り固まった平均的魔族であるソルテでさえ、戦慄する行為を平然とこなしたのが、霧の海の魔女だった。
・ ・ ・
ゴールデンウィング二世号の会議室で、ソウヤたち銀の翼商会幹部と、エイタ船長を加えての打ち合わせが行われた。
「魔族艦長から、現在の魔王軍についていくつかわかった」
ソウヤは、脳裏にこびりついた光景のこともあって表情は険しい。
「まず、前回訪れた際の、飛空艇による王都奇襲攻撃な。爺さんの予想どおり、いずれ来る魔王軍による大侵攻を前の、威力偵察だったそうだ」
一同は顔を見合わせた。いつものように美味しいお茶をいれてくれたレーラは、会議室の端で座っていたが、複雑な顔である。
「魔族艦長……ソルテというんだが、彼によると、人類側の防空能力が低ければ、現状の戦力をもって侵攻を開始する動きがあるんだそうだ」
つまり――と、クラウドドラゴンが口を開いた。
「あの時、サフィロ号を差し向けず敵飛空船を見逃していたら、魔王軍が侵攻を開始していた可能性があったってこと?」
「可能性の話だが、そうなっていたかもしれない」
ソウヤが頷くと、ライヤーが口をへの字に曲げた。
「こっちはまだ飛空艇を配っている最中だぜ。いま、侵攻されたら――」
「大変よろしくないことになっていただろうね」
ジンが頷いた。
「地上の戦力ならまだしも、飛空艇軍団を阻止するのは難しかっただろう」
「それで――」
カマルがソウヤを見た。
「魔王軍がいつ来るかわかったのか?」
エンネア王国の情報畑のカマルにすれば、母国への報告もあるから気になるところだろう。ライヤーが先に言った通り、飛空艇が配備されたばかりであり、エンネア王国では戦力増強中の真っ最中なのだ。
「ソルテが言うには、魔王ドゥラークは、魔族勢力の統一を優先させているらしい。魔族を一致団結させてから、人類に対して本格的侵攻を仕掛けるつもりだ」
「ということは、その魔族統一が終わるまでは、人類への総攻撃は始まらないということで間違いないのか?」
「一応、そうなっているが……その予定を繰り上げて攻撃をしたいと考えている連中がいる」
「それは誰だ?」
「ソルテのレーレラ号が所属していた大陸侵攻軍だ」
魔王軍大陸侵攻軍は、人類との開戦となれば侵攻を担当する軍となる。建造が終わり、訓練を終えた飛空艇や、その他戦力が続々送り込まれているという。
「まだまだ規模は予定されている戦力の3割に満たないそうだが、いずれ数が揃ったら、一気に攻撃を仕掛けてくるつもりらしい」
「でも、連中は人類側の防備が手薄なら、現有戦力で攻めてこようとしていたのよね?」
クラウドドラゴンの言葉に、ミストが首肯した。
「そう。相手が弱体なら、わざわざ揃うのを待つ必要はないもの」
「魔王はまだ先と考えているが、前線は戦争がしたくてウズウズしているってことだ」
ソウヤは鼻をならす。
「人類側の防空能力のなさを考えれば、大陸侵攻軍の考えることにも一理はあるんだ。時間を与えれば、オレらが配った飛空艇が戦力化して、戦うことになるわけだから」
今なら攻め放題――とまでは言わないが、かなり楽な戦いができるのではないだろうか。もちろん、そんなことになったら元勇者として、ソウヤはもてる戦力をもって立ち向かうが。
カマルは腕を組んだ。
「我々人類側には戦力も時間も必要だ。魔王がどれくらいの時間で魔族統一を図るのかは知らないが、前線の連中はもう仕掛けてくる気満々ということか」
「潰したほうがよくない?」
ミストは言った。
「連中がどこにいるかわかっているんだし」
「そうなのか?」
カマルが目を丸くすれば、ミストは眉を吊り上げた。彼女はソウヤと共に、リムの尋問の場に立ち会っている。
「ニーウ帝国」
「!? ニーウ帝国だと……!?」
カマルが愕然とした。
「グレースランド王国のさらに西――というか同じ大陸の国じゃないか!」
「そ。魔王軍大陸侵攻軍は、そこを隠れ蓑に戦力を待機させているらしいわよ。魔族艦長の話だと、ニーウ帝国は魔族が皇帝に化けて支配しているって話よ」