作品タイトル不明
第496話、野営地の災厄
直感に従い、ソウヤは待ち伏せをやめて捜索に切り替えた。
ちっとも現れない後続の魔族兵を探す。ソウヤとリアハが前衛、レーラとフォルスは後衛で進めば、早々に目的のものを見つけた。
死骸で。
ソウヤは、木にもたれて座り込んでいる影竜を見た。
「大丈夫か?」
「我が、連中に後れを取るとでも思ったか?」
「思いたくはなかったがな」
ソウヤは、影竜の傍らにしゃがむ。
「怪我をしたのか?」
「連中が痺れ玉を使ってきたのだ。……なに、少ししたら感覚も戻るだろう」
影竜は苦笑した。ぐったりしているのはそれが理由か。
「しかし、ドラゴンをしばらく動けなくするって、どんだけ威力あるんだよ?」
「油断した。まさかここまで強い痺れとはな」
「影竜様、いま治癒を――」
レーラが膝をついたが、影竜は首を横に振った。
「不要だ。もうだいぶよくなった」
ドラゴンの再生力が働いているのだ。だが、その再生や治癒力を以てしても、しばしじっとしている必要があるのは、やはり強力な武器だったのだろう。
「ソウヤ、連中があの痺れ玉を持っているなら、不用意に突っ込むのはなしだな。人間なら、簡単に捕まる」
影竜は、お前も危ない、とフォルスを見た。
「我でも、連中の半分はやれただろうが、おそらくその辺りで無力化されていただろう」
「過信は禁物ってことだな」
ソウヤは考える。ここに4人の魔族兵の死体がある。影竜が痺れ玉と呼ぶ武器を使ってきたようだが、それでもきっちり始末したらしい。先ほどの1人と合わせて、5人。全部で30人ほど。6分の1を排除した。
「やっぱ力押しは、リスクが高いか」
「そうだな。ここは影の竜らしく、姿を隠して葬るのがよいと思う」
「何か手が?」
「野営地は破壊しないように、始末したいと言っていたな?」
影竜はニヤリとした。
「我の毒のブレスを使おう」
無色透明の毒の吐息。闇に隠れ、姿を見せないうちにポイズンブレスで相手を毒殺ないし無力化する。
ドラゴンと言えば、力で蹂躙する姿が想像しやすいが、その中でも影竜はかなりトリッキーである。
「毒……ですか」
レーラが心持ち眉をひそめた。リアハも複雑な表情を浮かべたが、反対はしなかった。
「ソウヤは?」
「……味方の安全優先だ。それでいこう」
本番は、ダンジョンを離れた魔王軍の飛空艇の追跡であり、ここの野営地の敵の排除は必要ではあるが、重要度で言えば低い。憂いを残すことになるが、最悪放置という手もあるのだから。
が、それはそれで気持ち悪い。
「こいつらに時間をかけ過ぎるのもよくないからな」
・ ・ ・
魔王軍ラカトン陸戦隊の野営地。
早朝の偵察隊に続き、別方向を捜索する偵察分隊が出た。残りの魔族兵は、指揮官はそれぞれの仕事。兵たちは休憩組と陣地の警戒組、そして昼食の準備組に分かれていた。
何事もなく、穏やかに流れる時間。
このダンジョンは晴れの日が多く、ときどき恵みの雨が降る。ダンジョン内の環境は奇々怪々である。
そんな平穏な時間は、静かに、ひっそりと終わりを告げた。
野営地の周囲に立っている歩哨が突然、苦しみ出して倒れた。見えない凶器。風に乗ってやってきた死神のタッチに、魔族兵がひとり、またひとりと咳き込む。泡を吹き、血を吐いて倒れていく。
「ガっ……」
手を伸ばし倒れる魔族兵を見やり、オークの副官は駆け寄る。
「おい、どうした!?」
耳をすませば咳き込む声が、いくつも聞こえた。もがき、吐血して倒れていく兵たち。そしてわずかに感じた臭気に、副官はとっさに口元を押さえた。
「……これは毒か!?」
「副官殿!」
別のオーク兵が駆けてくる。
「大変です! 毒の空気が流れ込んできています!」
「お前は野営地から脱出しろ。まだ生きている奴が入ればそいつも連れ出せ! 急げ!」
「はいっ!」
オーク副官は顔をしかめ、指揮官の天幕へと急いだ。手の先にわずかに痺れを感じた。オーク族は毒に対して高い耐性がある。先ほどのオーク兵がまだ動けたのはそれが理由だ。
しかし、そのオークですら痺れを感じる毒というのは、猛毒と呼んでいい。毒耐性を以てしても、長居すれば保たない。
「指揮官殿!」
天幕へ入れば、青肌の魔族指揮官ズィトンがベッドに横になっていた。
「指揮官殿!?」
「……やあ、貴様は無事か?」
ズィトンは小さく手を持ち上げた。
「大丈夫ですか!? 指揮官殿!?」
「あぁ、何とか持ち直しているが、どうかな。毒消しを打ったんだが」
指揮官の救急ザックの中にあった魔法薬の毒消しを使ったらしく、容器が落ちていた。
「まだ、体が痺れている。胸がムカムカしている……」
「毒の空気が野営地に流れ込んでおります! すでに毒耐性のある者以外はやられたかと……」
「オークは耐性があるんだったな……。貴様は大丈夫か?」
「わずかに痺れがあります。我々でも、ここに留まれば助からないでしょう」
「……そんな毒の情報はなかった」
ズィトンは口元を引きつらせた。
「このダンジョンに、毒を吐くモンスターや地形の情報は確認されていない。やはり、このダンジョンで何かが起こっている」
「立てますか?」
副官はズィトンに肩を貸した。ほっそりしたコルドマリンの成人男性は、オークの力であればさほど苦なく支えることができる。
「とにかく移動しましょう。その毒消しも、効果がないかもしれません」
「それだけの猛毒ということか」
ズィトンは眉間にしわを寄せた。
「ガバル城の壊滅にも、関係しているのだろうか……?」
二人は天幕を出て、野営地を脱出する。途中、毒にやられた魔族兵の死体をいくつか見かけ、陰鬱な気分になった。
脱出できたのは5人。ズィトン以外、全員オークだった。