軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第494話、とある魔族の憂鬱

ズィトンは、飛空艇『ラカトン』が飛び去っていくのを見守った。

ここは魔王軍秘密拠点であるガバル城跡地そばに設営した野営地。ズィトンは残ることになった魔王軍将校にして現地指揮官だった。

青肌のコルドマリン人である彼は、人間換算で30代半ば。魔族であるが、その外見は人型亜人とほとんど変わらない。

「……これから1週間は、我々だけか」

独り言ちるズィトン。ここに残るのは1個歩兵小隊30名。飛空艇ラカトン所属の陸戦隊として乗っていたのが運の尽き。ダンジョンに1週間置き去りである。

そこへ黒鱗のリザードマン下士官がやってきた。

「指揮官殿、それでは偵察に行って参ります」

「はい、行ってらっしゃい」

ズィトンは淡々と頷いた。コルドマリン人は表情がほとんど変わらないともっぱらだ。

「わかってると思うが、ここはダンジョンだ。野生のモンスターには気をつけろ」

「承知しております」

「大型モンスター用のサンダーボールを各自ひとつは持たせておけ」

「はあ……」

「どうした?」

ズィトンが聞けば、リザードマン下士官は首を傾げるように体を傾けた。

「我らリザードマンには、あのサンダーボールは持つだけで、こう……」

「発動させなければ実害はないはずだが?」

「そうなんですが……。いや申し訳ありません、個人の感想であります」

背筋を伸ばしたリザードマンに、ズィトンはちら、と視線だけ動かした。

「個人の感想なら仕方ない。諦めろ」

「はい」

「保険だよ。貴様や部下が、その不快な球っころで死なずに済むなら安いものだ」

嘘か真か、ドラゴンさえ無力化できると言われている対モンスター用の携帯兵器である。

「行け」

「行って参ります!」

リザードマン下士官が敬礼した後、偵察分隊へと戻っていく。

そこへオークの副官がやってくる。

「指揮官殿。朝食の用意ができました」

そういえば腹がすいた。ズィトンは頷くと自分の天幕へと足を向けた。野戦食堂に並ぶ必要がある兵たちと違い、指揮官には食事が天幕まで運び込まれるシステムになっているのだ。

「食べるものには差がないはずなのだが」

「は……?」

オーク副官が怪訝そうに眉を潜める。ズィトンは歩きながら言った。

「どうせ何かの合成肉だろう?」

「はい。典型的な野戦食ですな」

「いったい何の肉が使われているんだか」

表情は変わらなくてもボヤきは出る。

「私はあの保存加工された肉の臭いが気に入らない」

「同感です。肉はやはり新鮮なものに限りますな」

オーク副官は相槌を打った。ズィトンは鼻をならす。

「そもそも、魔族の多くの種族において、獲物はその場で狩って喰らうのが普通だったのだ」

「先祖の、野生だった頃の風習ですな。そもそも保存という概念がない」

「食える時に食う。狩猟民族の伝統だ」

次に獲物が得られる保証はない。だから食べられる時に全て平らげる。保存など考えない。

「少人数ならそれでよかったのだがな。軍隊になるとそうはいかんということだ」

「しかし、昔の、人間と戦っていた頃の軍隊は凄まじかったと聞きます。ただひたすら敵の集落を攻め立て、先へ先へと突き進んだ」

「人間を食らって腹を満たした。だから保存のことも考える必要がなかった。人間の集落を見つけたらそこへ攻め込むだけでよかった」

まるで獣だ、とズィトンは思う。

この獣の如き戦い方は、食糧については気にしなくてよいという面もあり、一見合理的に見えるが、実のところ大軍の戦い方としては落第だった。

人数が多いほど、獲物にありつけない者が出てきて、勝ち続けているのに全体を見れば弱体化しているという矛盾を露呈させたのだ。後方にいる部隊から崩壊し、前線で消耗した部隊が下がると、代わりに出てくるのは弱っている連中。

肉食動物は草食動物より多くなってはいけないということだ。

前半は魔族軍が圧倒的優勢を見せても、倒しきれず長期戦となると、人間勢力の逆転を許す。しかもその頃には、魔族各部隊の統制も乱れているという例が散見された。

勢い任せ故に、ノッている時は強いが、流れが変わると途端に各々が勝手なことをしだす。

だから、数にしては大したことがない勇者などにやられてしまうのだ。ズィトンはそう考えたところで、思考が脱線したことに気づいた。

コルドマリン人によく見られる話だ。つい深く物事を考えてしまう。

「副官、君の種族は人肉は食べるかね?」

「基本、何でも食べますよ。我々は雑食なので」

オーク副官が苦笑する。

「そういえば、コルドマリンの方々は……」

「食べられなくはないが、あまり食べたいとは思わないな」

これはコルドマリン人が、肌の色、皮膚の質感などを除けば、人間によく似ているせいとも言われている。生理的に受け付けないという者もいる。

「何の話だったかな?」

「野戦食に使われている合成肉が何の肉でできているか、という話です」

オーク副官はすらすらと答えた。よく人間から、愚鈍で、知能が獣並みなどと思われているオークだが偏見であったりする。もちろん愚かな者もいるが、大抵のオークはそこまで酷くはない。

むしろ巨体を誇る大鬼――オーガのほうが原始的だと思える。

「人肉、使われていないといいですね」

「我々は知らず知らずのうちに食わされているかもしれない」

ズィトンは淡々とした表情のまま溜息をついた。合成肉――得体の知れない何かの肉の混ぜ合わせ。

オーク副官は、先ほどから苦笑が止まらない。

「我々オークは、何の肉でも平気なのですが。……苦手なものがあると苦労しますな、こういう場合」

「ああ、合成肉と聞いただけで憂鬱だよ」

そこでズィトンは立ち止まる。オーク副官もそれに倣った。

「どうされました?」

「いや、この城を破壊したドラゴンは、やはり人肉を食らうのか、と思ったのだ」

「……指揮官殿は、ガバル城の破壊がドラゴンの仕業だとお考えなのでしょうか?」

「ドラゴン以外に、こんな破壊ができるものか」

もしできるなら、それは魔王様くらいだろう、とズィトンは思う。このダンジョンに、城を破壊する厄災級のドラゴンがいる。そう思うと――

「1週間……生き残れるかね」

ぼやかずにはいられなかった。