軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第129話、乱入する放浪者

すべての動きが止まった。フードを被った人物が、ひたひたと歩く以外は。

ガルに迫っていた仮面のデ・ラも、本来なら動きの止まった敵の隙を見逃さないガルも、ソウヤとバルバロの剣戟も、ピタリとやんでしまう。

それだけの何か、有無を言わさぬ空気が、その人物から発せられていたのだ。

「さて……」

老いた男の声だった。涼やかに、落ち着き払ったその声は、張り上げるでもなく、しかし聞く者の耳に届いた。

「人間と魔族の戦いと見受けるが?」

「……だったら、何だってんだよっ!」

デ・ラが声を荒げた。

「くそっ、気に入らねぇなぁ。何だコイツはよ!」

ガルに向けていた体を、その人物のほうへ向けるデ・ラ。そこで目の前の敵が隙を見せていることにハッと気づくガルだったが、先に受けた傷が思いのほか深く、動けなかった。

ソウヤはバルバロから一度距離を取り、フードの老人に呼びかけた。

「爺さん、見てのとおり今は取り込み中だ。ここは危ないから避難してくれ!」

一般人がこの戦闘の巻き添えになるのは避けたいソウヤである。もっとも、この老人が、どこか不思議な気配をまとっているのが気にはなるが。

「なるほど」

頷いたのか、フードが小さく上下に動いた。

「だが、心配は無用だ、若いの。私は、そこの仮面の魔族たちに用があってな」

「ケッ、オレらには用はねえんだよ、ジジィ!」

その瞬間、デ・ラは加速した。あっという間に距離を詰め、両手の鎌を振り上げる。

「死ねよやぁー!」

その瞬間、光が一閃した。老人の手には、光輝く剣。その目にも留まらぬ一撃は、デ・ラの胴を切り裂き、白い仮面を割った。

「グワアアアアアアーッ!!!!」

「デ・ラ!」

バルバロが、相方の元へ駆ける。

ソウヤは呆然となる。老人はマントの下に剣を携えていた。

だが、剣を抜く瞬間が見えなかった。居合いとでも言うのか。

――あ、やべ、見とれてる場合じゃねえ!

ソウヤは、慌ててバルバロの後を追う。相棒に駆け寄ると見せかけて、バルバロは老人のほうへ突撃をしたのだ。

巨漢が迫る中、老人は静かに前へと歩く。堂々と、近づく敵をまるで恐れていないように。

「爺さん、危ないぞ!」

思わず叫んだソウヤ。バルバロが大剣を振り上げ、力一杯振り下ろした。老人は右手の剣を滑り込ませて、斬撃を阻止する。

普通なら、重量に加え、パワーを乗せた上段からの一撃を、常人が片手で防げるはずがなかった。剣は折れ、そのまま老人の体を真っ二つにしただろう。

だが、そうはならなかった。

老人の剣にバルバロの大剣がぶつかった瞬間、その剣が弾かれ、あろうことかバルバロの大剣を頭頂部にグサリと跳ね返したのだ。仮面が割れ、魔獣の顔が露わになるバルバロ。額からは血が噴出する。

「ウガアアアっ!!!」

老人は、バルバロの傍らを何事もなかったように抜ける。それと同時に、剣を一振り。バルバロの鎧が裂け、血が溢れ出た。

「下がれ、バルバロ!」

仮面を失い、血まみれのデ・ラが叫んだ。斬撃を受けたが、致命傷ではなかったようだ。

「チクショウ! オボエテロヨ!」

次の瞬間、デ・ラが光に包まれて消えた。転移魔法だろう。バルバロも同様の光と共に消滅した。

「逃げやがった!」

歯噛みするソウヤだが、すれ違いざまに老人は小さく笑った。

「なに、まだ二人残っている」

トカゲ魔族とダークエルフの魔術師コンビだ。彼女らは、魔法でミストの動きを抑えているのだが、そのミストもドラゴンの力で引っ張るため、見えない綱引きが彼女たちの間で繰り広げられていた。

「お、お師匠様。なんか、ヤバいのがこっちへ……来ます!」

ダークエルフの女魔術師マーロが、脂汗をびっしりかきながら言った。ミストの動きを封じるので手一杯だった。

「迎え撃っても、いいですかっ!?」

「なにバカ言ってるの! アタシ一人に、この女を止めろって無理じゃない!」

カイダが泣き言を漏らす。師匠の威厳なし。

そこで老人は立ち止まって、左手で顎を撫でた。

「さて、私は女性を手にかけるつもりはないんだ。……降参してくれると手間が省けるのだが――」

「人間如きが、舐めるな!」

マーロは、ミストへの重力魔法を解除し、老人に向けて、無数の氷の魔法を放った。

「至近距離、避けられませんよっ! アイスブラスト!」

「……それが、よけてしまうんだな」

いつの間にか、老人は氷の塊群を超えて、マーロの眼前に立っていた。これまた目にも留まらぬ早業だ。

老人の手が、マーロに向けられ――刹那、ロケットもかくやの勢いでマーロの体が空へぶっ飛んでいった。

「ああ、これはいかん、勢いを間違えてしまったなぁ」

老人は、点ほどにまで遠くへ飛んでいったダークエルフを見上げて呟いた。何らかの魔法を使ったのは明らかだ。

弟子が虚空の彼方へ消え、カイダは目を剥く。

「くっ、覚えてなさいよっ、あんた!」

トカゲ魔族も転移魔法で逃げた。重力魔法が消え、ようやくホッと息をつくミスト。

ソウヤは開いた口がふさがらなかった。

この得体の知れない老人が、魔族を一人で撃退してしまったのだ。

「爺さん、あんた、何者だ……?」

ただの人間とは思えなかった。途中から、ソウヤはほぼ見ているだけだった。

――敵じゃなくてよかったぜ、本当。

それが偽らざるソウヤの本心である。

「放浪者だよ」

老人は穏やかな口調で答えた。

「風の向くまま流離う、年寄りだ。……ただ――」

一瞬、その穏やかさに重いものが混ざる。

「つい先日、魔族がとある集落を襲ってね。そこの住民を殺して魂を奪っていったのが、どうにも気にいらなくて、ここまでやってきた次第だ」

君たちも、その口かね?――老人の言葉に、ソウヤは頷いた。

「ああ、ここに来る前に、集落がひとつな。ただ、魔族とは知らなかったが」

そういえば、自己紹介がまだだった。

「オレは銀の翼商会のソウヤだ。……あんたは?」

「ジンだ。人は、私のことを放浪者、あるいは放浪の魔術師と呼ぶがね」

フードをとって現れたその素顔。髭をたくわえ、髪は白く、六十かそれ以上と思われる皺の刻まれた顔立ちだ。しかし目元は優しく、穏やかな好々爺といった雰囲気をまとっていた。