作品タイトル不明
67話 南条さんとの会話
南条さんの用意してくれた車に乗り込み、自宅まで送られる道中、社内で俺は彼に話しかけられていた。
「それにしても御見それしました。まさか組長相手にあれだけの啖呵を言い切るとは、お嬢があなたを気に入る訳です」
「えっ、もしかして南条さん聞いていたんですか?」
「はい、実はお嬢を別室で待機させた後、自分はお二人の部屋前で万一を考えて待機していたんです」
「待機…ですか…?」
「はい。親父からのご命令でして、こう言われたんです。『万が一、ワシが暴走しそうだと判断したら飛び込んで来てくれ』と言われましてね、まぁ親父もお嬢の事になると歯止めが利かない時がありますので……」
南条さんは淡々と話すが、俺は顔面の筋肉が引きつった。
「あのぉ、もしも、もしもですよ? 俺が源五郎さんの逆鱗に触れる事を言っていたらどうなっていました?」
「そうですねぇ。聞きたいというなら話しますが……」
バックミラー越しに映った南条さんが薄く笑う。
その顔はどこまでも無機質で、怒りの形相以上の迫力を感じた。
「いえ、結構です……」
あの時の命知らずの振る舞いをこの人に聞かれていたと知って、車内の空気が一層重くなった気がした。
彼からすれば尊敬している親を侮辱されたに等しい。それもこんな一般の小僧にだ。正直、俺がいくら星良の彼氏とはいえ気に入らないと思われても不思議ではない。
もしかしてこの人、内心では怒り心頭状態なんじゃ……。車で送迎を提案したのも、まさか人気のない場所まで俺を連れて行くため……じゃないよな?
このまま自宅に送り届けられず……そんなよからぬ想像が広がり、意志とは無関係に表情が更に引きつってしまう。
そんな俺の様子から何を考えているの察したのか、彼は穏やかな口調で話しかけてきた。
「ご心配なく。大道さんに対して妙な気なんて起こしませんよ」
いや、そう言ってくれるのはありがたいです。でも俺の心をまるで読んでいるかのように接せられると逆に不安感が増します。
「そう警戒しないでください。親父が認めた相手に難癖をつけるヤツなんてウチの組にはいませんよ」
そう言いながら数日前、北條組の構成員にストーカと難癖をつけられたんですけど……。
「あれは例外です。他の連中はちゃんと弁えてますよ」
ですから心を読まないでください。
本気で読心術でも使えるのではないかと思うほど、的確に心中を察せられて愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「でも大道さん。あなたの選んだ道は本当に険しいですよ」
ミラー越しに俺を捉えるその双眸は真剣そのものだった。
「お嬢と親父に認められたあなたに我々がとやかく言う資格はありません。ですからこれはあくまで忠告です。この先の人生、お嬢と交際した事が理由であなたに不利益が生じる可能性は捨てきれません」
「それは、覚悟の上です。ですがそれが理由で星良と別れる気はありません」
「分かっています。私は決して、お嬢と別れてほしいとか、そんな事を言いたいわけじゃありません。ただ北條組の若頭として勝手に忠告しているだけです。裏の世界と繋がりを持つと、大なり小なり人生のどこかで不都合が起きる事もあるとね。ここ最近、ウチの名前を勝手に持ち出す輩も居ると噂になっていますし……」
「そんな命知らずなヤツが居るんですか?」
「決して不思議じゃありませんよ。大きな組織の名を悪用して甘い汁を啜る馬鹿もいます」
その言葉はとても重かったが、確かに言っている事も一理ある。
だがそんなものは初めから理解しているし、何より星良の元から離れる理由にはならない。
「ご忠告ありがとうございます。ただ、俺はその程度の困難を理由に星良を蔑ろにしたりしません」
ミラー越しにこちらを見つめる南条さんの顔をハッキリ見つめながら、俺は決して引かなかった。
「ふふっ、本当にあなたは大した人だ」
これまで纏っていた重い空気は霧散し、南条さんは小さく笑った。
自惚れかもしれないが、彼も心の底から俺を認めてくれた気がして少し嬉しかった。
そこからは特に会話もなく、自宅が目視できる距離まで辿り着く。
「大道さんの御宅に到着しました」
自宅前で南条さんは車を停めてくれた。
停車した車のドアを開けながら、ここまで送ってくれた南条さんにお礼を口にする。
「ありがとうございます。わざわざすいません。こんな手間かけちゃって」
「お気になさらず。お嬢の大事な人をお送りするなんて、むしろ若頭として誇らしいぐらいです。親父も仰っていましたが、今後は大道さんも我々に遠慮することなく言いたいことはズバッと言ってくださいよ」
「そうですか。じゃあ1つだけお願いしていいですか?」
「ええ、何なりと」
「その、俺のことは誠也で構いません。俺も北條組の皆さんとはもっと仲良くしたいので、どうか俺にも気を遣わず接してください」
こんな頼みをされるとは予想外だったのか、しばし南条さんは目を丸くしていた。だがすぐに気さくに笑って頷いてくれた。
「分かりました。では今後もお嬢をお願いしますね誠也さん」
これまで彼のことが威圧的に見えていたが、この時に向けてくれた笑顔はとても優しく穏やかなものだった。
気が付けば走り去っていく車に向け、俺も笑顔で手を振っていたのだった。