軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5、可愛いしか書けない

「こちらが最上階の部屋の鍵です」

ギルド職員から鍵を渡されたジークは、

「ついでにマリのギルドカードも作りたいんだ。身分証として」

と、机に銀貨を一枚置いた。

「登録料は銀貨一枚だったよな?」

「はい。こちらの申し込み書に記入をお願いできますか?」

「わかった」

しかしジークは書こうとしてペンを止めた。

眉に皺を寄せて猛烈に悩む。眉間が大峡谷となった。

「ダメだ、俺には書けない」

額に片手をあてて天井を仰ぐ。

「全ての記入欄に〔可愛い〕と書くことしかできない!」

「わかる。番だもんな」

「本人に書いてもらえば?」

「人間ちゃんにペンなんて重いものを持たせるつもりか!?」

「そうだよ、あの細い指が折れたらどうするんだよ!」

冒険者たちがあーだこーだと騒ぐ。

茉莉花は逡巡して、ぽつりと尋ねた。

「……人間ってそんなに弱いのですか?」

日本ではペンを持つのは普通だった。

こちらではペンを持つことさえ心配されるのだ。

それほどに環境差や種族差があるのだろうか、と。

ジークは、少し困った顔で言った。

「人間だけの村だったら個人差くらいですむんだろうけど。この大陸では多種多様な種族がいて、人間と他種族の差が平均で1対100ほどの実力差があるんだ。この大陸についてはダンジョンで幾らか教えただろう、強い種族が多いと」

「はい。私、種族って人種のことだと思っていました。強い人種が多いって。だってジークは人間の姿なんですもの」

「あ~、そっか、そこからか」

ジークが苦笑する。

「人間の姿の理由は幾つかある。ひとつ、最初は人間と穏やかに交友することが目的の人化だった。ひとつ、本来の姿だと本能が暴走することがあるんだ。人間の姿だと感情の制御がしやすいんだよ。ひとつ、人間の姿だと他種族との婚姻が可能なんだ。ただ、どの種族も本能が強いから同種族と結婚することがほとんどだけどね。ひとつ、サイズ的に人間の姿だと便利なんだ。種族によっては巨体を誇る種族もあるから。他にも色々あるけど人間の姿は実用的なんだよ」

「俺はマリがダンジョンで頑張っていたことを知っている。だからマリのレベルが赤ちゃんでも、赤ちゃんではないことも理解している」

ジークがペンと申し込み書を茉莉花に渡した。

「自分で書いてみる? 書き方を教えてあげるから」

「はい!」

瞳をキラキラと輝かせる茉莉花。

ジークは胸を押さえて、マリは可愛さだけでできている、と心の中で叫んだのだった。

「ここが名前。マリって書いてごらん。うん、可愛い名前だね」

「ここが年齢。16歳なんだ、可愛いね」

「ここが種族。人間。そう、上手く書けたね。可愛いよ」

一行一行書くごとにジークは可愛いと感涙せんばかりである。ゾッコンメロメロのトロトロの骨抜きクラゲのようだった。

「すげー。息をするように可愛いと言っているぞ」

「いいなぁ、番だもんなぁ」

「俺も番に会いたいよぉ、番に会えるんだったら何でもするのに!」

「でもよぉ、人間には番の感覚がないんだろ?」

「ジークは苦労するな」

「番のための苦労だったら苦労じゃないよ」

「番の感覚云々よりも一番の問題は人間ちゃんのか弱さだな」

「だよな。それが問題だよな」

冒険者たちは主婦の井戸端会議のごとく盛り上がっている。茉莉花に触れるのが恐いので壁から離れることはないが、人間のいる空間に慣れてきて軽口が増えてきていた。

その間に茉莉花は書き終えて、ギルド職員から冒険者の手引きの小冊子をもらっていた。

「あの! ギルドでダンジョンの水を売ることはできますか?」

鞄から茉莉花が取り出したガラスの保存瓶の水を見てギルドの職員の目が爛々と光った。鑑定持ちらしく一目で品質を見定める。

「まさかこの水はダンジョンの地底湖の水ですか?」

「はい。百階にある地底湖の水です」

「「「うおおお!!」」」

数人のギルド職員が歓声を上げて茉莉花に勢いよく近寄ろうとして根性で足を止めた。人間の扱いは慎重に。ギルド職員として叩き込まれた教育が感情に勝ったのだ。

「保存状態は良、水質も良。地底湖の水なんて滅多にダンジョンから持ち帰れない逸品です。ましてや百階の水です。価値は計り知れません。査定には時間がかかりますので預り証を発行します。代金は明日になりますがかまわないでしょうか?」

「はい、お願いします」

「マリ様、私はフローラと申します。鑑定能力がありますのでお任せください」

「フローラは信用できる有能なギルド職員だ。マリの担当になってもらうといい。人間にも詳しい」

ジークが口を挟む。

「私の親戚に人間と結婚した者がいるのです。マリ様、困ったことがありましたらご相談ください」

「ありがとうございます」

ぺこん、と茉莉花が頭を下げた。

フローラはスパイダーシルクのクッションを箱に入れて、ずっと箱の側で付き添ってくれていた。さりげなくサポートしてくれたフローラに茉莉花は感謝をした。その上フローラは絶世の美女であった。

ダンジョンマスターといい、フローラといい、この世界には美人がいっぱいと茉莉花は感嘆した。

ジークも美形である。

そういえばジークの種族は何だろう、と茉莉花は思ったのだった。