軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20 マジで出くわす5秒前

一週間後の日暮れ時、私は馬車に揺られ、町の中心に建つバロウ男爵家の屋敷に向かっていた。正面の座席には、バロウの若様ことフィリップ・バロウの姿がある。

この日の昼過ぎ、予定通り王都から魔獣討伐部隊の小隊が到着したらしい。男爵邸でささやかな歓迎の宴を開くということで、若様に伴われて向かっているところなのだ。

……正直、気が進まない。

嫌われ王女だった私はものすごく交友関係が狭いので、アドルファスを除けば魔獣討伐部隊に知り合いはいない。まさか顔見知りに会うことはないだろうけど、正体を隠している身からすれば、王都や貴族に関わることや人からは、極力距離を置きたいのだ。

それに、昼間一緒にいられない分、夜は可能な限りロウェルと一緒に過ごしたい。

なので歓迎会への参加も断ろうとしたのだけど、聖女である私も討伐部隊と一緒に仕事をすることになるのだからと、若様に押し切られてしまった。

「本当に、討伐部隊の隊長さんにご挨拶したらすぐに失礼しますからね! ロウェルの寝かしつけまでには帰りたいので」

ロウェルについてはすでに教会にお迎えに行き、ダンさんとハンナさんに預かってもらっている。夕食やお風呂は問題ないと思うけれど、夜寝る時はママがいないとぐずってしまうので、絶対にそれまでには帰らなくてはならない。

「もちろん、それで大丈夫だよ。今日は顔合わせだけだから。ただ、明日の朝、我が守備隊と魔獣討伐部隊とで方針会議を開く予定でね。悪いんだけどロジーにも出席してもらいたいんだ」

「えっ、私もですか?」

ランチのピーク前なら可能だとは思うけど、そういう会議って、お偉いさんが出席するものなのでは……?

そう言うと、若様は呆れたように眉を寄せた。

「当たり前だろう? なんといっても君は、世にも稀な聖女なんだよ。我が守備隊の……いや、バロウ男爵領の超重要人物なんだからね」

「そんな大袈裟な」

「はぁ……ロジーは本当に謙虚というか、自己評価が低いよね。本来なら、警備のためにも男爵邸に住まいを移してほしいくらいなのに。やっぱり、今日からでも僕と一緒に男爵邸に住まないかい? 君とロウェルのために、最高の部屋を用意するよ!」

若様がファッサァと髪をかき上げ、そのまま流れるような動きで片手を差し出してくる。私は右の手の平を若様の方に向け、ビシッと胸の前に出した。

「それはご遠慮します! 今までどおりの生活を続けるのが、守備隊に協力する条件の一つなんですからね!」

最近の若様は事あるごとに外堀を埋めようとしてくるので本当に油断ならない。

それに、聖女の仕事を疎かにするつもりはないけれど、私にとってはリコリス亭での仕事や生活も大事なのだ。

若様は「残念だなぁ」と苦笑し、引っ込めた手でもう一度髪をかき上げた。

「ま、ロジーの気が変わるまで気長に待つとしよう。今日のところは美しい君をエスコートできるだけで良しとするよ」

そう言って、若様がパチンとウィンクを寄越す。私は、あははと頬を引き攣らせた。

「こんな普段着でエスコートも何もない気が……って、本当にこの格好で参加しちゃって大丈夫なんですか? 貴族のお屋敷のパーティーには場違いなんじゃ……」

私が身にまとっているのは普段どおりのブラウスとスカートだ。ドレスどころかワンピースですらない。

今日出勤して初めて歓迎パーティーのことを知らされたのだ。まぁ、仮に前もって分かっていたとしても、よそ行き用の服なんて持っていないのだけど。

もちろんアクセサリーも身に着けていない。……唯一、結婚指輪は鎖に通して首にかけているけれど、服の中に仕舞っているので傍目には分からないはずだ。

「全く問題ないよ。ほら、僕も盛装じゃないしね」

盛装ではないと言うが若様はビシッとした守備隊の隊服をまとっていて、かなりきちんと感がある。

「あぁでも、もし気になるようなら今からでも買いに寄ろ――」

「わーっ、このままで大丈夫です!」

「遠慮しなくても、美しい君に似合う美しい服を、五着でも十着でもプレゼントするのに」

「結構です!」

毅然とお断りする。本当に最近の若様は油断できない!

「心配しなくても、社交界と聞いてイメージするような畏まったパーティーではないよ。守備隊には僕以外に貴族階級の者はいないわけだし、魔獣討伐部隊の隊員もほとんど平民出身だと聞いているよ」

「あ、そうなんですね」

男爵家のお屋敷でのパーティーということで身構えてしまったけれど、それなら普段着の私が参加してもそれほど浮かずに済むかもしれない。

「ああ、だけど、今回派遣されてきた小隊には、貴族階級の者も何人か参加しているようだね。特に隊長は、すごい大物だよ!」

「へー。大物って誰なんですか?」

なにやら興奮気味の若様の手前、一応聞いてみる。

聞いたところできっと分からないだろうけど、などと思っていた私は、続く若様の答えに息が止まるほどの衝撃を受けた。

「デュアー将軍だよ」

「っ⁉」

ドクン、と心臓が跳ねる。

(え? あ? は……? 今、なんて……?)

ぱくぱくと口を開け閉めしてから、ようやく言葉を絞り出した。

「あ、の……デュアー将軍って……まさか、アドルファス・デュアー将軍のことじゃない、です、よ、ね……?」

「よく知ってるね。ああ、そうか、ロジーは以前は王都に住んでいたんだったか。デュアー将軍は若き英雄として、王都で大人気だそうだからね」

どうか別人であってくれという願いは、あっけなく否定された。

「な、な、な、なんで将軍自らがこの辺境まで……⁉」

そんなことあるわけないと油断していた一週間前の自分を張り倒したい。

え、ど、どうしよう⁉

二度と会わないつもりだったから、再会した時にどんな顔をしたらいいかなんて、全く考えてなかったんですけど~~~⁉

「それだけ我が領の魔獣大量発生を重く見て下さっているのだろう。討伐隊の出迎えは父がしたから僕もまだお目にかかれていないんだけど、お会いするのが楽しみだよ」

「わ、私はお会いしない方がいいんじゃないですかねー……。しがない平民ですし……」

動悸がやばい。できれば今すぐ帰りたい。心臓の不調ってことで帰っちゃ駄目でしょうか?

「大丈夫だよ。聖女である君は、貴族にも並ぶ地位を保証されたも同然なんだから。でもそうだなぁ、デュアー将軍はたいへんな男前だと聞くから、ロジーを会わせるのは僕としてはちょっと心配だな。デュアー将軍に一目惚れなんてしないでね?」

「し、しませんよ!」

今更「一目惚れ」することだけは絶対にありえない。なんたって初対面じゃないので!

「それに、惚れてもロジーが辛い思いをするだけだよ。噂では、デュアー将軍は奥方一筋で、どんな美女に言い寄られても決して靡かないらしいから」

「へ、へー……」

バックンバックンしていた鼓動が、急速に落ち着いていく。

(奥方一筋……ってことは、もうヒロインちゃんと再婚してるってこと、だよね……?)

時期的に原作より展開が早い気がするけど、私という最大の障害が消えたためにスムーズにハッピーエンドを迎えられたのかもしれない。

そんな新婚らぶらぶハッピーな状況なら、離縁届を置いていきなり出奔した非常識な元妻のことも、大目に見てくれるんじゃないだろうか。

元妻と不意打ちで顔を合わせるのは気まずいかもしれないけど――。

(いや、なんなら私、顔覚えられてなかったりしない……?)

結婚式や初夜を入れてもほんの数回しか会ったことのない、三年も前に離縁した元妻の顔なんて、とっくの昔に忘れてしまっているんじゃないだろうか。

それに、服装や髪型も、王女だった時とはまったく違うわけだし。

(うん。私だって気づかれない説、あるね!)

考えれば考えるほどそんな気がしてきて、私はどうにか平静さを取り戻したのだった。

――なーんて思っていた時が私にもありました。

男爵邸の大広間で始まった歓迎の宴。

元夫アドルファス・デュアーの青いまなざしに射貫かれ、私は狼に睨まれた子ヤギ状態になっていた。