軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15. 余計な真似を

温かい腕の中で、ユフィは自分に起きた出来事をつぶさに振り返った。シフと共に奇妙な笛の音を聞いたことを覚えている。

ユフィが原因を確認する間もなく、シフが彼女を乗せて凄まじい速度で村へと駆け降りてきたことも。そして、ちょうど近くを歩いていたハルと出くわした後に。

その次は?

刹那の瞬間、数万もの思考を巡らせていたユフィの耳に、ドンという鈍い衝撃音が届いた。

反射的に顔を上げると、村の外縁にある民家に激突しそうになったシフをバンデオンが食い止めたのが見えた。シフとバンデオンの体が互いに絡み合い、地面を転がった。

「痛てて……死ぬほど痛い。シフ、一体何があったんだ?」

シフの速度を殺すことに成功したバンデオンが、倒れて息を荒くしているシフを見下ろしながら尋ねた。赤い目を細めたシフは、答える代わりに悲鳴のような息を漏らしながらよろよろと立ち上がり、ユフィの方へと近づいてきた。

地面に激しく擦られたせいで傷だらけになったシフの姿に、一拍遅れて、自分を抱きしめている温かい腕へと視線を落とした。

そして、自分の代わりにクッションとなってくれたハルの姿が、真っ青な瞳いっぱいに映し出された。

「……ハル?」

「ユフィ……無事、か?」

「あなたが、なぜ……」

ハルを見つめるユフィの視線が空虚に揺れた。刹那の瞬間に連なった出来事のせいで、断片的に切り取られた記憶の中、彼が手を伸ばした光景が浮かんだ。そして、無意識にその手を掴んでしまったことも。

(私、なんてことをしたのかしら)

何よりも自分が彼の手を掴んだという事実が信じられなかった。同時に、彼がなぜ自分に手を伸ばしたのか理解できず、眉をひそめた。

ハルはなぜ自分を救ったのだろう。まさか、かつての罪悪感に駆られて手を伸ばしたのだろうか。もしそうだとしたら、本当に、本当のところ。

「……余計な真似を」

自分の耳にさえ届くか怪しいほどの小さな呟きに、隠しきれない本心がこもっていた。普通の人間に聞こえるはずのない微かな声。

しかし、ユフィとハルの状態を確認するために近づいてきたバンデオンには届いたのだろうか。彼の黒い瞳に驚愕の色が浮かんだ。

「なあ、ユフィ。大丈夫か?」

「ええ、私は平気です」

バンデオンに答えたユフィは、未だ自分を抱きしめたまま苦しげな呼吸を繰り返すハルを見つめ、言葉を続けた。

「ハル。助けていただき、本当にありがとうございます」

「き、怪我は……」

「おかげさまで私は無傷です。あなたは……まぁ」

被曝者の皮膚は非常に脆弱で、ほんの小さな傷でも皮膚が激しく剥がれ落ちてしまう。だからこそ外出時は特に注意が必要であり、決して激しい運動をさせてはならなかった。

そんなハルが、まともに歩くこともできず杖に頼るべき患者の身でありながら、凄まじい速度で飛んできた人間を受け止めたのだ。

地面を転がった背中や脚から流れた血が、水たまりのように床に溜まっていく。腕の包帯も鮮血に染まっていた。

間違いなく腕の肉も削げ落ちているだろう。莫大な出血量に、ハルの顔色は瞬く間に白紙のように染まっていった。

いっそユフィが壁に激突した方が遥かにマシだったと思えるほど無残なハルの傷に、ユフィの表情が珍しく歪んだ。このままでは失血死してしまう。

(はぁ……本当に余計なことをしてくれたわね)

ため息をついたユフィは、乱れた自身の赤い髪を乱暴にかき上げた。

余計な真似だとしても、自分を救うために取った行動だ。負傷させた責任は取らなければならない。

「バンデオン。向こうを向いて」

「え?」

「顔を、背けなさいと言っているのよ」

ユフィが静かな怒りを孕んだ声で告げると、バンデオンは素直に顔を背けた。魔女の家に連れ帰るにしても、今の状態では血液が足りなくなるのは明白だった。

血の代わりに彼の身体を維持させるものが必要だ。そして、ユフィはそれを持っている。

「ハル、私の声が聞こえますか?」

ユフィの問いに、ハルは消え入りそうな動作で頷いた。

「あなたを不快にさせる行動をとります。ですが、あくまで医療行為ですので、耐えてください」

苦痛を全て呑み込んでいる彼の赤紫色の瞳がユフィを捉えた。ユフィは短く息を吐き出した後、彼の頬を両手で包み込んだ。そして、乾いた彼の唇に、自身の唇を重ねた。

大きく見開かれたハルの瞳いっぱいにユフィの顔が映る。反射的に後ろへ退こうとする彼を、ユフィは強固に繋ぎ止めた。

そして、無理やり口を開かせた。ユフィを受け止めた際に口内を噛んだのだろうか、彼の口からは生臭い鉄の味がした。

(好都合ね。これ以上傷を増やす必要はなさそうだわ)

彼の血を舐めとったユフィは、自身の舌を噛み切って血を滲ませた。そして、その血を彼へと注ぎ込む。互いの唾液が混ざり合う、短くも深い口づけ。

魔女の魔力が混じった血は、それ自体が強大な魔力を秘めている。血を交わす契約は、決して彼を死なせはしない。

名残惜しげもなくハルから唇を離したユフィは、血に濡れた自身の唇を舐めた。ハルの視線はユフィに固定されたままだった。しかし、ユフィはハルから視線を外し、シフを呼んだ。

「シフ、ハルとバンデオンを乗せて。師匠の家へ行くわ。バンデオン、もうこっちを向いていいですよ。シフに乗りなさい」

「シフも怪我をしてるだろ。俺は平気だから、そいつを乗せていけ」

「だめです。あなたもシフの速度をまともに受け止めた。内臓が損傷しているはずですから、乗りなさい」

「本当に大丈夫な……」

「バンデオン」

ユフィの視線が向けられると、バンデオンの尾がビクリと跳ねた。

「分かったよ。乗るからそんな目で睨むな。今日はやたらと人に睨まれる日だな……」

バンデオンのため息交じりの愚痴を無視したユフィは、大迷宮の方角を見つめた。

(……何者かは知らないけれど、余計な真似をさせた代償は必ず支払わせてあげるわ)