作品タイトル不明
38.鉱山
公爵夫人が草刈りを手伝ったという話はあっという間に広がった。
はじめは誰も信じなかったが、麦わら帽子をかぶったオパールが草刈りを必要とする土地に現れるたびに疑う者は少なくなっていった。
またオパールが直接出向くことのできない土地でも、大鎌が支給されると単純にも信じたのだ。
そして従来の鎌より倍の速さで草を刈ることができる大鎌に皆は喜び、オパールはどこへ行っても喜んで迎えられるようになっていた。
最初にオパールが公爵領にやって来た時とはかなり違い、皆の顔から怯えは消えて笑顔も見える。
オパールは次に手を打つべきことを考えながら、犬のクロードの散歩をさせていた。
「――ダンカンを上手く説得されたようですね?」
「ええ。ありがとう、コナリー。あなたが外にいるなんて珍しいわね」
「屋敷だけでなく、領地全体に目を配るのが私の役目でありますから。せめてこの宮の敷地内くらいは実際に歩いてみなければなりません」
「では実際に歩けないときは代わりの者を派遣するのね。ジュリアンのように?」
コナリーの言葉は好意的だったが、それが心からのものでないことは顔を見ればわかる。
人懐っこいクロードもコナリーは苦手らしく、しっぽを股の間に隠していた。
「奥様は実際にお出かけになるようですが、本気でパスマ港へいらっしゃるおつもりですか?」
「ええ、そうよ。明日には発つわ。そう伝えたでしょう?」
「ですが奥様がわざわざ出向かれる必要はないのではないでしょうか?」
「どうして?」
「パスマはあまり治安のいい場所ではありません。港で働く者たちは荒っぽく、破落戸も多い。ですから、代理の者にお任せになったほうがよろしいかと思います」
「……私は一人じゃないわ。もちろん護衛も連れていくもの」
オパールがそう答えると、コナリーは肩を軽く竦め、それから深々と頭を下げた。
「差し出がましいことを申しました」
「かまわないわ」
オパールはあっさり許すと、クロードを連れて屋敷へと戻りながら今後のことを改めて考えた。
パスマ港にはもうすぐソシーユ王国から農機が届くのだ。
オパールはその荷揚げに立ち会うと同時に、港から北部地域の視察をする予定だった。
この公爵領の一番の収入源である鉱石のほとんどが川を利用してパスマ港へ運搬され輸出されるのだが、鉄道はこの領館近くの駅まで一本敷かれただけ。
川の水量は一定ではなく流域も限られているので、陸路よりは使えるといった程度で輸送手段としては不安定だった。
そのため、各鉱山を鉄道で結び、またパスマ港を整備することが、農業改革と同時にクロードと掲げた目標である。
鉄道事業に関してはクロードのほうが詳しいが、オパールにもできることはあるのだ。
クロードが今の仕事を片付けてやって来た時にすぐに取り掛かれるように準備を進めていたかった。
(それに北部にある鉛鉱山もできれば閉山したいし……)
産出量と採掘に伴うリスクを考えると今はかろうじて黒字ではあるが、近いうちに赤字になるだろう。
クロードとも閉山するということで意見は一致している。
しかし、鉱夫や近隣住民の生活を考えると今すぐにというわけにはいかないのだ。
彼らが閉山後もその土地で暮らしていけるのか、移住しなければならないのかを考えなければならない。
農機の扱いに関してはオマーの個人的な部下を派遣してもらっているので、オパールの出番は少ない。
ダンカンとは新しい農機を受け入れるとの約束を取り付けており、オパールは派遣された者たちに港で軽く状況説明をしてから鉱山へと向かうつもりだった。
鉄道のおかげでパスマ港までは時間はそれほどにかからない。
問題はそこから鉱山への道程である。
川を遡るよりは馬車でのほうが早いが、少なくとも二日は要するところばかりなのだ。
(主要都市への物資輸送も大切だけれど、それにしても効率が悪いわ)
書斎に入ったオパールは地図を眺めながら考えた。
パスマ港に繋がる唯一の鉄道は疫病が蔓延する以前に敷かれたものだ。
それからしばらくこの地は混乱していたが、内戦が治まってからの四年の間に何も着手されていないのは資金がなかったからだろう。
国家として整備するべき土地は無数にあり、反抗的なこの土地が後回しにされたのもわかる。
それならばやはり四年前、マンテストに技術者を派遣している場合ではなかったのだ。――通常ならば。
(恩を売られたわね……)
アレッサンドロ国王が技術者を海外に派遣することを許可したのは将来的な投資でもあったのだ。
マンテスト開発が成功して大きな収益を上げている今、投資家たちは新たな投資先としてボッツェリ公爵領への投資を検討したはずである。
少なくともヒューバートは恩を感じて投資するだろうと、アレッサンドロは当時そう判断したはずだ。
直接本人に面会して、ヒューバートの甘さには気付いただろうから。
おそらくクロードは全てを承知で援助してくれたのだろう。
(まあ、どんな思惑があろうとも助けられたのは事実で、感謝してもしきれないんだけどね)
しかし、クロードにもアレッサンドロにも予想できなかったことが、オパールとヒューバートの離婚かもしれない。
とはいえ、それさえも上手く利用されたような気がする。
オパールにはボッツェリ公爵領の整備のために投資できるだけの潤沢な資金があるのだ。
(……まあ、仕方ないわよね)
たとえオパールが無一文でも、クロードはプロポーズしてくれたと信じられる。
オパールがこの土地は嫌だと言えば受け入れてもくれるだろう。
だがそんなことでクロードの愛情を試したりなどしない。
あるものは使う、できることはすればいいのだ。
余計なことを考えずに、オパールは再び地図に意識を戻した。
閉山を考えている鉛鉱山――リード鉱山はわざわざパスマ港まで運んでいては単純に考えても利益は出ないとわかる。
むしろ今までよく黒字でいられたなと思うほどだ。
それならばパスマ港よりももっと近くに港を造ってそこから運び出したほうが経費はかからなかっただろう。
地図上で見るだけの地形ではあるが、港に適した場所も近くにあるのだから。
「海流の問題かしら……」
一人呟いたオパールは改めて地図を真剣に見つめ、各地の鉱山に印をつけていった。
そして眉をひそめる。
「これはひょっとして……」
まさかとは思いながらも地図上に指を置いてゆっくりと動かした。
頭の中にはさまざまな考えが浮かんでは消えたが、全て推測でしかない。
オパールはいきなり立ち上がると、書架からタイセイ王国の貴族名鑑を取り出してボッツェリ公爵の欄に目を通した。
予想通り、先代公爵はソシーユ王国の貴族――セイムズ侯爵と縁戚関係にある。
しかし、予想していなかった繋がりもあった。
(いえ、これは陛下もご存知のはずよ)
他国から嫁いできたオパールはまだまだ勉強中だが、自国の貴族の縁戚関係を国王であるアレッサンドロが知らないわけがない。
それでもと思い、オパールは急ぎ手紙を書いた。
クロードへ宛てたものを一通、オマーへ一通、そしてもう一通。
ちょうど全てに封をした時、ジュリアンがノックをして書斎へと入ってきた。
「明かりを点けにまいりました」
「ありがとう。私はもう部屋に戻るから、あとをお願い」
「かしこまりました。それでは、そちらのお手紙もお預かりいたしますね」
「――ええ。お願いするわ」
机の上に置いた手紙に気付いたジュリアンに答えて、オパールは立ち上がった。
ジュリアンはオパールが出ていきやすいように一歩下がると、頭を下げる。
そんなジュリアンにちらりと視線を向けて、オパールは書斎を出ていったのだった。