軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.散策

翌日。

朝食を終えたオパールはさっそく家政婦に領館内を案内してもらった。

館内はよく管理されており、変える必要のある箇所は特に見当たらない。

このままでかまわないと意思表示するためにも、館内の鍵の管理は今まで通りコナリーと家政婦に任せることにした。

ただし主人夫妻の部屋の鍵はコナリーから、書斎と図書室の鍵だけは家政婦から返してもらうことにする。

家政婦は職を失わないと知ってか、こわばっていた体から力は抜けたが、よそよそしさは変わらずだった。

まだここに来てから二日なのだから当然だろう。

しかし、時間に関係なく拒絶されているとオパールは肌で感じていた。

それは家政婦に限らず、領館に勤める使用人全てに感じることだった。

そんなことには慣れているのでかまわないが、問題はダンカンである。

「屋敷については後回しでいいのよ。ただ農地については急がなければいけないのに、ダンカンがねえ……」

「先代の土地管理人がダンカンさんのお父さんだったらしいです。ダンカンさんのお父さんは頑固で融通が利かず、領民が病気や怪我で作業を休むことさえ許さなかったそうですよ。そんなところを先代の公爵様は気に入っていらっしゃったとか。それでダンカンさんは厳しく育てられてしまったんですって。でもみんなが言うにはダンカンさんはまだ少しの思いやりはあるそうです」

「そうなのね」

オパールがぼやくと、ナージャが集めたばかりの情報をさっそく教えてくれた。

以前のマクラウド公爵家と違ってこんなに頼もしい味方がいる。

オパールはわざとらしく愚痴を続けた。

「ダンカンに便利な新しい農機具を勧めたら『悪魔の道具』だって言われて突っぱねられてしまったのよ。このあたりの人たちはみんな信仰心が強いのかしらね?」

「ダンカンさんはご自分の理解を超える未知なるものは全て悪魔の仕業だって言って拒絶するらしいです。疫病も鉄道も若い女の子たちも」

「若い女の子たちも? どうやらダンカンの弱点を知ってしまったみたいね」

オパールは明るく冗談めかして答えながらも、ナージャの情報収集能力に改めて驚かされていた。

この短い時間でよく集められたと思う。

本来ならナージャも警戒され疎外されてもおかしくないのだ。

「いつも本当にありがとう、ナージャ」

「なんてことはないですよ。ダンカンさんが悪魔を信仰するなら、私はオパール教の信者の一人ですからね」

「待って、変な宗教を信じないで。あと、ダンカンは悪魔を信仰しているわけじゃないわよ」

心からの感謝を口にすれば、ナージャはにんまり笑って胸を張る。

オパールは突っ込みつつも噴き出した。

そして午後のお茶を飲み終えると領館の周囲も見て回ろうと思いつき、犬のクロードの散歩に行くことにした。

ナージャに支度を手伝ってもらい、クロードを連れて玄関に向かう。

そこにコナリーがゆっくりと近づいてきた。

「――奥様、どちらへいらっしゃるのですか?」

「クロードの散歩に行こうと思って」

「お一人でですか?」

「遠くには行かないわ。このあたりをちょっと見て回るだけ」

「ですが……」

「クロードが一緒だもの。この子は賢いから大丈夫よ」

この土地や人にまだ慣れていないので、クロードにはリードをつけている。

それが窮屈なのか、早く外へ行きたいのか、クロードは落ち着きがない。

その様子を見てコナリーは疑わしげな顔になったが口には出さず、了解したとばかりに玄関扉を開けて頭を下げた。

「ありがとう、コナリー」

「いってらっしゃいませ」

クロードははしゃいでいるが、オパールを引っ張ることはなく、玄関前の階段を下りていく。

片手で帽子のつばを直したオパールは、どちらへ行こうかと考えた。

領館の敷地は広大で、前庭だけでも歩いて回るには半日はかかるだろう。

「さてと、どこへ行こうかしらね。クロード」

まだ一歳にもならないクロードはやんちゃではあるがとても賢くて、今回の旅のお供として皆に可愛がられていた。

そして今も、立ち止まったオパールの隣でお座りをして待っている。

「そうね。まずは領館の周囲を見て回りましょう」

館の周りだけならそれほど時間はかからないだろうと、オパールは歩き始めた。

クロードは走りたいだろうに、オパールの歩調に合わせて歩く。

この旅の間にクロードの面倒をよく見てくれた若い従僕に後で走らせてくれるよう頼もうと考えながら歩いていると、少し先に別の若い従僕が現れた。

「あら、ジュリアン。こんなところで会うなんて、あなたもお散歩かしら?」

「いいえ。コナリーさんに、奥様のご様子を見てくるようにと申し付かりました。このあたりは緑が深く、うっかりしていると迷ってしまいますから」

「そう……。では、コナリーに感謝したほうがいいわね。心配してくれているんだから」

オパールが素直に答えると、ジュリアンはにこっと微笑んだ。

その笑顔は人懐っこいがどこか影があり、こういうところが女心をくすぐるのだろう。

「奥様、リードは私が預かります」

「――ありがとう」

ここは任せたほうが話に集中できるだろうと、オパールはリードをジュリアンに渡した。

クロードは一度後ろを振り向いたが、誰がリードを持とうと気にならないのかすぐに前を向く。

「昨日まで、北の港――パスマ港へ行っていたようね?」

「――はい。この領館の壁材である石材を輸入したんです。それらが船からきちんと下ろされるか、確認のために」

「石材をまた輸入して……増築でもするのかしら?」

「修繕のためですよ。先月の嵐で大木が折れて壁を傷つけたのですが、予備の石材はその時に全て使ってしまったのです。それで新たに備蓄しておきたかったようですね。コナリーさんはこの領館を常に完璧にしておきたいらしいので」

「そうなのね」

答えたオパールは領館を見上げた。

白壁の館はまるで毎日磨いているかのように輝いている。

これだけの館を維持するだけでも多くの資金が必要だろう。

(まあ、それはかまわないけれど、それが領民の負担からなるものだとしたら間違っているわね)

オパールはそのあたりも一度帳簿を確認して見直してみようと決めて、散策を続けた。

ジュリアンは館周辺のことをあれこれと指さして教えてくれ、途中で庭師などに会えば紹介してくれる。

「ジュリアンはここにきてどれくらいになるの?」

「まだそれほど長くはありません。ですから、新米の私に皆が優しくしてくれます」

「そう。それはよかったわね」

上手くはぐらかされたような気はしたが、オパールは深く追及しなかった。

知りたければ他の誰かに聞けばすぐにわかる。

そこで別の話題に変えた。

「ジュリアンから見て、ダンカンはどんな人物かしら?」

「そうですね……。厳しい方ではありますが、実直で勤勉、信頼のおける方です」

「ずいぶん褒めるのね。誰にも言わないから本当のことを言ってほしいわ」

「……女性の『誰にも言わない』って言葉は信用しないようにしているのですよ」

「あら、それでは文句は言えないわね」

冗談めかしたジュリアンの言葉に、オパールは声を出して笑った。

それからもジュリアンは色々なことを言って笑わせてくれる。

オパールにとっては意外にもジュリアンは素晴らしい案内人で、初めての散策は楽しいものになったのだった。