作品タイトル不明
1話 対立
「父上! ボクは反対です!」
人種王国首都、居城――城というよりちょっと大きめの屋敷程度の規模だが、その執務室に青年の声が響く。
声を荒げる青年は、 人種(ヒューマン) 王国第一王子クローだ。
身長は170cm前後で、顔もそこそこ整っている。ただ普段は覇気に欠けており、額の髪もやや後退し、疲れが溜まっているかのように表情が暗い人物である。
そんな彼が父親である国王、妹の第一王女リリスとの話し合いの席で激昂するほど声を荒げた。
彼は怒鳴るように続ける。
「リリスがシックス公国会議に参加するのは構いません。王の親族を最低1人は連れて行くのが暗黙の了解ですから」
建前上は、『会議中の責任者の補佐、いざという時の交代要員として王の親族を連れて行く』ことになっているが、実際はいざという時の人質でしかない。
しかもこの暗黙の決まり事は人種王国にしか適用されていなかった。
過去、シックス公国会議が開かれた際、幼いクローやリリスが参加したこともある。
「ですがリリスの護衛に『巨塔の魔女』の息がかかった冒険者を連れて行くのは反対です! 今回のシックス公国会議の議題は『巨塔の魔女について』なのですよ? ただでさえボク達は少し前に『巨塔の魔女』に招待されて『巨塔』の視察をしたために、他国から疑われているのです。これ以上、疑われるようなマネはすべきではない!」
「お待ち下さい、お兄様!」
兄クローの発言に、堪らずリリスが声をあげる。
「今回の護衛である『黒の道化師』パーティーには、既に護衛依頼を冒険者ギルドに通して契約済み。こちらから依頼しておいてそれを後から覆すなど、そんな恥ずかしいマネは出来ません。なにより、彼らは最速で冒険者ランクA級まで上り詰めた腕利きです。『 巨塔街(きょとうがい) 』に出入りしているだけで非難するのは如何かと」
「それが問題だと言っているんだ! 先程も言ったように今回の議題は『巨塔の魔女について』なのですよ? にもかかわらず会議の席に『巨塔の魔女』の関係者を連れて行くなど、スパイ行為の助力と非難されてもおかしくない!」
「スパイ行為の助力など! 『 巨塔街(きょとうがい) 』の冒険者依頼をこなしているのは何も『黒の道化師』パーティーだけではありません。他冒険者だって仕事を受けています。にも関わらず、『黒の道化師』パーティーを吊し上げるような発言こそ慎むべきでは?」
「ボクはわざわざ『巨塔の魔女』に関係する者達を護衛として雇う意義が無いと言っているんだ! 護衛など自国の兵士達だけで十分な筈だ。リリスはそれほど忠誠を誓う自国兵士達の実力を信じていないのか?」
「べ、別にそういう訳では……」
リリスが兄の発言に息を詰める。
彼女的には今回のシックス公国会議で、現国王を廃して自身が人種王国のトップに立ち、改革をおこなう予定なのだ。
その護衛として、互いに内情を知り合う『黒の道化師』パーティーを護衛に付けるのは必須。
なぜなら他国のスパイが山ほど人種王国には入り込んでいるからだ。
もしリリスの作戦を知られたら、旅の途中や会議前・会議後に暗殺される可能性が高い。
リリス自身のレベルはマジックアイテムで誤魔化しているが、レベル100である。
人種の中では高いが、他種からすれば強いとはいえない。
武術の心得も無いため、彼女の独力では暗殺者を撃退するのもほぼ不可能だ。
城の中にいる時よりも会議の前後は格段に危険度が上がる。故に実力があり、全面的に信頼できる『黒の道化師』パーティーの護衛は必須だった。
とはいえ、『自国兵士など信用できない。他国と繋がっているスパイが山ほどいるせいでいつ暗殺されるか分からないから、信頼できる護衛を付けたい』とは言えない。
リリスが拳を握り締め、語気を強める。
「今回の護衛に関しては、昨今の治安悪化にともない、あくまでの用心として私の資金で依頼しただけ。兄様といえど、私に対して自国民の忠誠を疑うような発言は謹んでくださいませ」
「その治安を乱したのが『巨塔の魔女』ではないか! 獣人種を文字通り皆殺しにした一件は我が国にも広まり、童でも知っていることだぞ!」
「『巨塔の魔女』様は非合法な手で人種に手を出す獣人種達に鉄槌を下しただけですわ! あれは戦争です、一方的な展開になってしまったのは獣人種が弱かっただけのこと。変な言い掛かりは止めてくださいませ!」
「言い掛かり? どこがだ! 実際、獣人種を皆殺しにしたと『巨塔の魔女』も認めているじゃないか!」
「ですから、最初に犯罪行為をしたのは獣人種であって――」
「落ち着きなさい2人とも」
王族ではなく、兄妹として喧嘩を始めた2人を父親である国王が止める。
国王はストレスから白髪で、頬や手首などが病人のように細かった。
痩せているというより、ストレスによって『やせ細ってしまった』という言葉がしっくりとくる容貌だ。
けれど、言葉には国を支えてきた重さがあり、感情的になった兄妹を止める強さがある。
父親の声に、2人とも感情的になり過ぎたと気付き、互いに気まずそうな顔をした。
2人が落ち着いたのを見計らい、彼は国王として決断を下す。
「クロー、リリス……王族としてこの国を思う2人の気持ちの強さを嬉しく思う。しかし今回はリリスの意見に理がある。王族として一度交わした約定を違えるのは恥ずべきことだ」
「し、しかし父上、相手は冒険者をしている下賎の身。そんな輩と交わした約束事など無いも同然ではありませんか!」
クローの言葉に国王として首を振る。
「例え民と交わしたものだとしても、上に立つ者として一度交わした約定を違えるのは亡国の一歩である。クロー、次代の王として口を慎め」
「し、失礼しました父上……」
叱られたクローはそれ以上反論せず、黙って引き下がる。
兄が黙ったのを好機と捉えてリリスが言質を取りに動く。
「お父様、では『黒の道化師』パーティーを私の護衛につけてもよろしいのですね?」
「構わぬ。しかし、リリスの護衛だからと言って特別扱いはせぬぞ?」
「もちろんですわ! ありがとうございます、お父様!」
「今回のシックス公国会議の議題は『巨塔の魔女』についてだ。魔女について情報を知る者を参考人として連れて行くことで、評価されるかもしれぬからな。全ては国益のためだ」
「それでもお礼を言わずにはいられませんわ」
自身の意見が通ったことで、リリスが年相応の少女のようにはしゃぎ笑顔を零す。
クローは父と妹のやりとりを前に、『父上はリリスに甘すぎる……』と悔しがった。
話し合いが終わり解散となる。
クローはさっさと退席するが、リリスは国王に呼び止められた。
「リリス……」
「はい、なんでしょうお父様?」
「…………」
父親に呼び止められたが、彼はすぐに言葉を話さず暫しじっと彼女を見つめる。
その瞳には疲れ、後悔、悲しみ、迷いなどが浮かんでは消えた。
父親は口を開き、閉じてを繰り返し、
「いや……何でもない。退席を許す」
「? はい、失礼します」
リリスは一礼し、再び執務室を出ていく。
国王はそんな彼女の背中を、父親として最後まで見つめていた。
執務室から出ると彼女は真っ直ぐ自室へと戻る。
後から付いてくるユメ(偽)だけを連れて。
自室に戻ると、気が抜けたように窓際の席に着き、ユメ(偽)へお茶を要求した。
以前なら自身の役目だったメイド長ノノが、2人のやりとりを距離を置いて眺めていた。
その瞳には疑問と不満に満ちている。
だがまさか『魔人国スパイであるノノの淹れたお茶など飲みたくないし、近づけさせたくない』とは言えない。
リリスは長年姉のように慕っていたノノの不満などに気付いていたが、あえて触れず流す。
ユメ(偽)の淹れたお茶を口にしつつ、胸中で再び喜びを露わにした。
(第一段階、成功ですわ! これで私の使命に一歩近付きましたの)
リリスは第一段階である『黒の道化師』パーティー護衛参加の許可が取れたことを、胸中で喜ぶのだった。