軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73 『あの子』

魔法協会の馬車に乗ってから師匠に質問した。

「師匠はなぜマイヨールの力を封じる役目を引き受けたんですか?」

「協会に所属している魔法使いたちに聞いてみたんだよ。そうしたら、記憶に干渉できる魔法使いはニナしかいないから、全員がニナに丸投げしようとしていた。人の記憶を消すのがどういうことか、他の魔法使いたちは何も知らないから気楽な感じだったのさ」

「それは仕方ないです。私はその役目を引き受けるつもりでした」

「引き受けてどうするつもりだったんだい?」

私はマイヨールの能力に関する記憶を消そうと思っていた。

己の力を忘れれば、もう他人の記憶に干渉することはないだろうと思った。ただ、フランチェスカさんから彼女と母親に関する記憶も消すよう頼まれたから困っていた。

「能力の記憶を消すなんて、そう簡単にいかないよ。能力に目覚めた記憶までさかのぼって、膨大な記憶をひとつ残らず消すことになる。それにニナは相手の同意を得ずに記憶を消したことがない。マイヨールが抵抗して、ニナの記憶をめちゃくちゃにするかもしれない。私はそれが恐ろしかった」

「麻酔を打つか、魔法で眠らせる方法は?」

「殿下がマイヨールを警察に引き渡した以上、マイヨールと私たちは面会室のガラスか柵で仕切られている。面会者が簡単に注射をするわけにはいかないよ。持ち物を検査される」

「あっ……。では魔法で眠らせるのは?」

「面会中に長時間眠らせるのは無理だ。職員に気づかれる。結局、私が面会をしているふりをしながらマイヨールの能力をできるだけ短時間で閉じるのがいい。だから急いで首都まで出てきた。マイヨールは力を使えなくなるし、その後は長い年月を刑務所の中で過ごす。私はそれで十分だと思うけどね」

フランチェスカさんは地方にいる母親を心配していた。そっちはどうしたらいいのか。

私がそう言うと、師匠は首を振った。

「娘は貴族と結婚したんだろう? 母親が心配なら自分の目が届くところに住まわせて、マイヨールが出所できる頃には護衛をつければいい話だよ」

「でも……」

「マイヨールはただの人間になるんだ。力を失った苦しみがこの先の人生で待っている。それ以上の罰を与えろというのは、過剰な要求じゃないかね。もはや報復に近い」

スパイクさんは黙っている。師匠と話し合いをして、師匠の意見に賛同したのだろう。

「私は評議会では自分の判断でやれと言ったけど、ニナはマイヨールの能力を封じる以上の罰を下す必要があると思うかい?」

「それを皆さんに聞きたかったのですが……」

「ニナの力は他の魔法使いとは異質だ。みんなにニナの危険を理解してもらうのは難しい。それに、魔法使いは一匹狼ばかりだ。ニナにそこまで寄り添って考えてくれと言っても難しいんだよ。魔法使いが協会に所属しているのは、そのほうが都合がいいからさ」

「でも、クローディアさんは私を気に入ってくれましたよ?」

クローディアさんが優しい顔で私を見た。

「師匠と弟子、 姉妹(きょうだい) 弟子は別だわ」

「なるほど……。とりあえずフランチェスカさんともう一度話し合ってみます」

「それがいい」

クローディアさんが師匠の手に自分の手を重ねた。

「ラングリナ師匠は、『あの子』のことを思い出しているんですよね? あの時と同じようなことになるのが心配なんでしょう?」

『あの子』って? 何の話だろう。師匠は何も言わず、クローディアさんが私を見た。

「ニナは聞いていないのね。師匠、『あの子』の話をしてもいいですよね?」

「そうだね……かまわないよ」

師匠は窓の外を見たまま返事をした。私の隣に座っているスパイクさんは『あの子』のことを知っているらしい。師匠と反対側の窓の外を見たまま動かない。

クローディアさんが『あの子』について話を始めた。師匠に配慮してか、名前は出されない。

『あの子』はクローディアさんが独立した直後に弟子入りした子で、魔法薬を作るのが得意な少女だった。

当時、毎月魔法薬を代理で受け取りに来る貴族の使用人がいて、その男が『あの子』に惹かれていたことを、師匠は薄々気づいていた。『あの子』はまだ十五歳だった。

ある時、遠方から依頼を受け、師匠が留守のタイミングであの使用人が来る。

「私がいる間に薬をこちらから貴族の屋敷に届けなさい」

「それだと半月も早く薬を渡すことになって、効き目が薄れます。私がちゃんと応対するので大丈夫ですよ」

というやり取りがあり、師匠はそれ以上強く反対する理由が見つからず、仕事先に向かった。

結果、師匠がモーダル村の家へ戻ったときに『あの子』はおらず、貴族に問い合わせたら使用人も戻っていなかった。

知らせの鳥を送ることができる子だったから、連絡がない以上もう生きてはいないと思われた。それでも師匠は警察に届け、自身で何年も『あの子』を探したけれど、『あの子』と使用人は見つからないまま。

「『あの子』は使用人の男を好いているようには見えなかったそうだから。さらわれた挙句に無理心中でもされたんだろうねえ。師匠はそれ以来、長いこと弟子を取らなかった。やっと弟子を取ったと聞いて見に行ったら、三歳の子供だったから驚いたわよ。そうよ、ニナ、あなただったの。今回だって師匠はニナのことが心配で心配で、面倒な役目を買って出たのよ」

「師匠……」

そんな話、知らなかった。村の人たちも一切私に言わなかった。

そういえばお世話になっていた二十年間、一度も留守番をさせられたことがない。

遠くに行かなきゃならない仕事のときは、荷物持ちという名目で私も一緒に連れていかれた。

弟子は十七歳で成人したら独立させられるのが普通なのに、私は二十三歳まで弟子としてお世話になった。

「私、大切にされていたんですね」

「嫌だわ、今頃気づいたの? 師匠は口下手なのよ。わかってあげて」

「クローディア、お前は口数が多すぎるよ」

「あら、怒られちゃった」

師匠もスパイクさんも窓の外を見たままだ。やがて馬車は拘置所に着いた。

「ニナ、クローディア、スパイク、私がマイヨールの能力を閉じるまで少々時間がかかる。さすがに王家も法の世界に口は出せないから、我々は静かに素早く事を進める。三人は拘置所の職員に怪しまれないよう、マイヨールに話しかけているふりをして時間を稼いでおくれ」

私たちはうなずいて、馬車を降りた。