軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

61 魔女の勘よ

意識を失ってから今日まで四日休んだ。一日休めば十分だと言ったけれど、師匠が『あの頑丈なニナが意識を失ったのなら、五日は休ませるように』と言ったらしい。

七月の下旬ともなると、毎日暑い日が続いている。私は掃除も禁止されて、フレッド君と遊んで過ごした。

今朝、スパイクさんから知らせの鳥が飛んできて、マイヨールが逮捕されたと知らされた。

『マイヨールは国境近くの町で安宿に隠れていたらしい。国境の検問が厳しくなっていて隣国に脱出できず、深夜に移動しているところを捜索隊に見つかったそうだ』

「生きていますよね?」

『大丈夫、生きている。明日の夜にはマイヨールが王城に到着する。君の出番は明後日だ。そのことで打ち合わせをしたい。今日の夕方、アシャール城に行きます。明後日は私も立ち会うよ』

「わかりました。よろしくお願いします」

わかりましたと返事をしたけれど、いい解決策は思いついていない。

美術館職員たちの嘘の記憶をマイヨール自身に取り除いてもらいたいけど、マイヨールが「はいわかりました」と取り除くとは思えない。下手したらもっと悪い嘘の記憶を職員に植え付けかねない。

あああ、どうしたらいいのか。

朝食は『貧乏騎士のパン』にした。パンを卵と牛乳を混ぜた液に浸してからバターで焼いたものだ。

私はそれに糖蜜をかけ、シナモンを振って食べるのが好きだ。フレッド君もこれが大好きで、このパンにすると朝から二枚食べる。

「これ、なんでびんぼうきしのパンていうんだ?」

「さあ、私は由来までは知らないんだけど、レクスさんは知ってますか?」

「貧しい退役軍人が固くなったパンを美味しく食べるために工夫したレシピ、ということらしい」

「レクスはなんでもしってんな。すげえよ」

「レクスさんは優秀な学者さんで人気の小説家ですから。博識なの」

「はくしき……」

レクスさんがチラリと私を見た表情に恥じらいがあった。(おぉ、王子の恥じらい)と思ったら顔がニヤけた。

「言うそばから自分で笑ってるじゃないか。からかわないでよ」

「からかっていません。笑ったのは、王子が微笑んでるなあと思ったからです」

「え? おうじ? レクスが?」

「見た目が王子様みたいだって意味です」

「うん、おうじにみえるな」

「やめなさい、二人とも」

レクスさんが顔を赤くして注意するものだから、私とフレッド君はチラと目を合わせてから笑ってしまう。

明後日に私が為すべきことの憂鬱さを、笑っている間は忘れることができた。

夕方になってスパイクさんが馬に乗ってアシャール城に来た。なぜか自動車の音がすると思ったら、スパイクさんの黒い馬の後ろから、クローディアさんが派手な色の自動車に乗って小道を進んでくる。車輪と座席のシートが深紅だ。すごいね。

「あのくるま、かっこいいなあ。オレもあれにのりたい」

「あれは、ダイラム社の最新型だね」

「たかいのか?」

「うん。とても高価だよ」

男性二人が窓の外を見ながらちょっと興奮した感じに会話している。

私は(あの二人が来るってことは、マイヨールの件が大変そうってことよね)と気が重い。

「ニナが倒れたんだって? 私も二十八人はちょーっと多いかなと思ってたのよ」

「そう思っていたなら、クローディアが途中で止めるべきだったのでは?」

「あらスパイク、初対面のニナがどこまでやれるかなんて私にはわからないわよ。心配性の母親みたいに口出ししたくなかったし。それにニナは平然とこなしていたわ」

「ええ、私もあの時は全く問題ないと思っていたんです。だからクローディアさんには何の責任もありません」

お茶を淹れ、砂糖衣の焼き菓子をカットして出した。パラフィン紙に包まれていたあのお菓子を私が美味しい美味しいと繰り返していたら、レクスさんが同じのをまた買ってきてくれたのだ。

「私はマイヨールには睡眠魔法をかけようと思っていたんだが、クローディアは魔法で動きを封じたほうがいいと言うんだ。ニナがマイヨールの記憶を見るのに都合がいいのは、どちらかな?」

私は迷っていることをつっかえながらも全部言葉にして伝えた。

マイヨールがなぜこんなことをしたのかを知るために、私が記憶を見ることは決めていること。

できれば彼の意識がはっきりしている時に記憶を見たいけれど、そうすると手を触れている間に私の方がマイヨールに記憶の操作をされるかもしれないこと。

職員たちから捏造された記憶を取り除きたいが、彼らの同意を得る方法が思いつかないこと。同意なしで記憶を取り除くのは、何が起きるかわからないからやりたくないこと。

「マイヨールに意識がないとどの程度まずいんだい?」

「記憶と妄想が一緒になってしまうんです。明らかに妄想とわかればいいですけど、わかりにくい妄想だったら、私に事実か妄想かの判別がつくかどうか」

「僕の意見を言ってもいいですか」

レクスさんが初めて口を開き、スパイクさんが「どうぞ」とうなずいた。

「小説の取材をしていて聞いた話です。産科で帝王切開をする際に麻酔をかけるのですが、赤ん坊に害がないよう、かつ痛みを感じないように麻酔をかけるそうです。つまり産婦は医師の質問に答えられるくらいには麻酔がかかっているわけです。その際、産婦は聞かれたことを正直に答えるだけでなく、普段なら絶対に言わないようなこともしゃべってしまうことがあるそうです」

「ふむ。麻酔をかけるにしても、微妙な匙加減が必要ってことだね」

スパイクさんが自分の顎に手を当てて思案しているが、クローディアさんは小さく何度もうなずいて同意した。

「いいんじゃないかしら。尋問に麻酔を使うことが法的にどうなのか知らないけれど」

「殿下と相談だな。我々魔法協会は法令順守を第一にしている組織だからね」

つまり、法的責任は王家になんとかしてもらいましょうってことか。

「麻酔を使って尋問するとしたら、私はこの件から外れていいってことですね?」

「いや、それはない。麻酔が効いている間にニナが記憶を見るのがいいと思う」

「そうね。ニナにはいてもらわないと。明後日、必ずあなたの出番があるわ。魔女の勘よ」

「……わかりました」

クローディアさんが急にそわそわし始めた。居間の天井や床をキョロキョロと見回している。真夏だというのに寒そうに腕を擦り、スパイクさんをチラリと見た。

「スパイク、私はそろそろ失礼するわ」

「そうだな。私も帰るよ。我々は殿下に麻酔を使う方法を提案してくる。明後日は九時には城に集合だ」

「わかりました。ご足労頂いてありがとうございました」

帰って行く二人を見送って、レクスさんがポツリと漏らした。

「あの二人、逃げるように帰った気がするんだけど、考えすぎかな」

「いえ、私もそう感じました。どうしたんですかね」

「スパイクさんは長居をしない人なんだと思ってた。だけどクローディアさんの様子を見るに、あの二人はここに長居したくない理由があるのかも」

古城だけに幽霊が、とか? まさかね。

そんな気配を私は全く感じたことないし、私は幽霊の存在を信じていないけど。

「それと、やっぱり電話を引こうと思う。僕が電話を引かないせいで、いろんな人にここまで足を運ばせるのが申し訳なくなってきた」

「私の仕事のせいですよね。電話は私が引きます」

「いや、それはおかしいからダメ。僕が引くよ。ウィリアムには前から電話を引くよううるさく言われているんだ」

「そうですか。では、お世話になります」

フレッド君はまだ魔力切れの心配があるから、長い会話に知らせの鳥で付き合わせるわけにいかない。

電話はこれからの生活に必要な道具となっていくんだろうなあ。

スパイクさんたちがいる間は静かにしていたフレッド君は元気いっぱいで、(やっと終わった)みたいな顔で畑へと出ていった。

たぶんブルーベリーとスイカに魔法をかけるんだと思う。