軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 迷子の騎士と、森の番犬

事の始まりは、優雅なティータイムから遡ること数十分前。

サンタリア王国から派遣された『フローリア捜索隊』の視点に切り替わる。

隊を率いるのは、近衛騎士団の第三部隊長、バード。

彼は馬上で顔をしかめ、ハンカチで鼻を押さえていた。

「ええい、なんと不快な場所だ! 臭い、汚い、何もない! こんなゴミ溜めのような場所に、本当にあの元婚約者がいるのか?」

彼に与えられた任務は、表向きは『追放された令嬢の生死確認』。

だが、その実態はカイル王太子の私怨による『死体確認』、あるいは『無様に乞食をしている姿を見て嘲笑うための報告書作成』だった。

「隊長、そろそろ地図上の『死の荒野』中心部ですが……」

部下の騎士が怯えた声で告げる。

バードはフンと鼻を鳴らした。

「どうせ野垂れ死んでいるだろうよ。魔力のない無能な女だ。骨の一つでも拾って帰れば、殿下もお喜びにな……ん?」

バードの言葉が止まった。

砂嵐が晴れた先に、あり得ないものが映ったからだ。

それは、緑の壁だった。

見上げるような巨木を中心に、鬱蒼とした森が広がっている。

不毛の大地であるはずの荒野に、そこだけ不自然なほど生命力が溢れ返っていたのだ。

「な、なんだあれは!?」

「森……? 蜃気楼か?」

騎士たちがざわめく。

バードは目をこすったが、幻ではない。風に乗って花の香りが漂ってくる。

「……まさか、隠れ里か? あるいは、希少な資源があるオアシスかもしれん!」

バードの目に欲深な光が宿った。

もし未発見の資源地帯を見つければ、大手柄だ。フローリアのことなどどうでもよくなった。

「総員、突撃せよ! この森を王国領として接収する!」

「おおーっ!」

騎士たちは手柄を焦り、馬に拍車をかけた。

彼らは知らなかったのだ。

そこが、この世で最も危険な『魔境』であることを。

森の入り口に差し掛かった瞬間。

「ギャンッ!」

先頭の馬が悲鳴を上げ、転倒した。

何かに足をすくわれたのだ。

「なんだ!? 敵襲か!?」

バードが剣を抜こうとした時、地面の草が一斉にざわめいた。

いや、草ではない。

地面から無数に伸びたのは、大人の腕ほどもある太さの『 蔦(つた) 』だった。

シュルルルルッ!

「うわぁっ!?」

「足が、足がぁぁ!」

蔦はまるで意志を持つ蛇のように、騎士たちの足や馬の胴体に巻き付いた。

鋼鉄の鎧の上からでも分かるほどの締め付け。

さらに、可愛らしいピンク色の花――【食人スミレ】が巨大化し、パクリと騎士の頭を甘噛みする。

「な、なんだこの植物は! 剣が通じないぞ!」

騎士の一人が蔦を斬りつけようとしたが、カキンッという金属音がして剣が弾かれた。

フローリアの魔力で強化された植物繊維は、ミスリル銀よりも硬いのだ。

「ひいぃぃ! 助けてくれぇ!」

「消化液だ! ヌルヌルした液体を出してきたぞ!」

屈強な近衛騎士たちが、たかだか植物相手に手も足も出ず、宙吊りにされていく。

バード隊長もまた、愛馬ごと蔦にぐるぐる巻きにされ、空中で情けなくもがいていた。

「き、貴様ら! 私は王国の騎士だぞ! 離せ、離さんか植物風情が!」

叫び声は虚しく響く。

スミレの花が、彼の顔の前で「ゲフッ」とげっぷをした。

「お、終わりだ……俺たちはここで養分になるんだ……」

騎士たちが絶望し、死を覚悟したその時だった。

「もう! ダメじゃないですか、スミレちゃん!」

凛とした声が響き渡った。

「……あちゃー」

私は森の入り口に到着し、その惨状を見て額に手を当てた。

やっぱり、さっきの悲鳴は空耳じゃなかった。

目の前では、十数人の武装した男性たちが、私が植えた防犯用の植物たちに捕まっていた。

逆さ吊りにされたり、スミレに甘噛みされたり、くすぐり草に脇腹を攻撃されて笑い転げたりしている。

「ごめんなさいね、怪我はないですか!?」

私は慌てて駆け寄った。

後ろには、少し不機嫌そうな顔をしたレンさんが、剣に手をかけて付いてきている。

「……フローリア。下手に近づくな。こいつらは武装している」

レンさんが低い声で警告する。

確かに、彼らは立派な鎧を着ている。

でも、どう見ても戦意喪失して泣いているおじさんたちだ。

「大丈夫ですよレンさん。見てください、完全に降参してます」

私は一番偉そうな、飾りの多い鎧を着た男性(宙吊り状態)の前に立った。

「あの、大丈夫ですか? うちの子たちが粗相をしてしまって」

私が指をパチンと鳴らすと、植物たちは「シュン」とした様子で蔦を緩め、騎士たちを地面に下ろした。

ドサドサドサッ、と男たちが折り重なるように落ちる。

「ゲホッ、ゴホッ……! き、貴様……!」

隊長らしき男が、顔を真っ赤にして立ち上がった。

そして私を見て、あんぐりと口を開けた。

「フ、フローリア……? まさか、あのフローリア・グリーンか!?」

「えっ? 私のことをご存知で?」

私は驚いた。

こんな辺境の地で、私の名前を知っている人がいるなんて。

よく見れば、彼の鎧には見覚えのある紋章――サンタリア王国の紋章が刻まれていた。

「あ! もしかして、王国の騎士様ですか?」

「そ、そうだ! 私は近衛騎士団のバードだ! ……なんと変わり果てた姿に……いや、変わってないな? むしろ綺麗になって……いやいや!」

バードと名乗った男は混乱しているようだった。

無理もない。

追放された令嬢が、新品のドレスを着て、健康的な肌ツヤで現れたのだから。

「どうしてこんな所に?」

「ど、どうしてだと!? 貴様の生存確認に……いや、違う! この不気味な森の調査に来たのだ!」

彼は気を取り直したように胸を張り、私を指差した。

「おいフローリア! この森はなんだ! この化け物植物どもは貴様の仕業か! どうやってこんな魔境を作り出した!」

「魔境だなんて失礼な。ここは私の庭ですよ」

「庭だと!? ふざけるな! こんな危険なものが庭にあってたまるか!」

ごもっともだ。

でも、荒野で暮らすにはこれくらいのセキュリティがないと不安だし。

「それで、調査に来たということは、お帰りになるんですか? それともお茶でも飲んでいきます?」

私が無害な笑顔で提案すると、バード隊長は顔を引きつらせた。

周りの騎士たちも、「もう帰りたい」「ママ……」と呟いている。

バード隊長は、ちらりと私の背後にいるレンさんを見た。

レンさんは一言も発していない。

ただ、腕を組んで仁王立ちし、ゴミを見るような冷ややかな目で見下ろしているだけだ。

「ヒッ……!」

バード隊長が小さく悲鳴を上げた。

レンさんからは殺気なんて出ていないはずなのに、なぜか騎士たちは一斉に後ずさりをした。

野生の勘だろうか?

「……ふ、ふん! 今日は偵察だけの予定だった! 貴様が生きていて、こんな……魔女のような生活をしていることは確認した! これで十分だ!」

バード隊長は震える足で馬にまたがった。

他の騎士たちも、逃げるように馬に乗る。

「おい、行くぞ! こんな呪われた場所に長居できるか!」

「あ、待ってください!」

私は呼び止めた。

せっかくの来客(?)を手ぶらで帰すのは、元貴族として忍びない。

それに、彼らのおかげで防犯システムのテストができたのだから、お礼くらいはしなくては。

私はポケットから、さっき収穫したばかりの『あるもの』を取り出した。

「これ、お土産です! 道中で食べてください!」

私が投げ渡したのは、拳大の紫色の果実だった。

バード隊長は反射的にそれを受け取った。

「な、なんだこれは……毒か!?」

「いいえ、【 叫び芋(マンドラゴラ・ポテト) 】です! 疲労回復にすごく効きますよ。ちょっと食べる時にコツがいりますけど」

「ま、マンドラゴラだと……!? やはり魔女だ! 貴様は魔女になったんだ!」

バード隊長は顔面蒼白になり、叫びながら馬を走らせた。

「撤退だーっ! 王太子殿下に報告するんだ! フローリアは荒野の魔女となり、呪いの森を作って王国への復讐を企んでいるとなーっ!」

ドドドドド……。

騎士たちは砂煙を上げて、あっという間に地平線の彼方へ消えていった。

「……変な人たち」

私はぽかんと見送った。

復讐なんて考えてもないし、マンドラゴラ・ポテトは本当に美味しいのに。

揚げて塩を振ると絶品なのだ。

「フッ……」

後ろで、レンさんが小さく吹き出した。

「あら、レンさん。笑いました?」

「いや……傑作だったな。王国騎士団も地に落ちたものだ」

レンさんは楽しそうに口元を歪めている。

そして、逃げていった騎士たちの方向を一瞥すると、その瞳が一瞬だけ鋭く光った。

「だが、これで奴らは思い知っただろう。ここは容易に踏み込める場所ではないとな」

「そうですね。スミレちゃんたちが頑張ってくれましたから」

私は足元のスミレを撫でた。

花は嬉しそうに葉を揺らし、レンさんの方にも擦り寄っていく。

レンさんは少し困った顔をしながらも、その葉を優しく撫でてくれた。

「……優しいですね、レンさんは」

「そうか? 俺はただ、君の庭が汚されるのが嫌だっただけだ」

彼はそう言って、私を見た。

夕日が彼の横顔を照らし、琥珀色の瞳が宝石のように輝いている。

「フローリア。もしまた奴らが来たら、俺が追い払ってやる。だから君は、好きな花を育てていればいい」

その言葉は、どんな愛の告白よりも、私の心に深く染み渡った。

私は胸が高鳴るのを誤魔化すように、大きく頷いた。

「はい! 頼りにしてます、私の専属庭師さん!」

数日後。

サンタリア王国の王城、謁見の間。

「――それで? そのざまか?」

玉座に座る国王の代理として、カイル王太子は冷たく言い放った。

目の前には、ボロボロになったバード隊長と騎士たちが平伏している。

「も、申し訳ございません殿下! ですが、本当なのです! 荒野は巨大な魔の森に変貌しておりました!」

バードは必死に弁明した。

「フローリア……あの女は、魂を悪魔に売ったに違いありません! 人の足を食らう植物を使役し、見たこともない巨木を城のように構え……そして、傍らには黒いオーラを放つ魔王のような男を従えておりました!」

「魔王のような男、だと?」

「はい! 一睨みで我々が動けなくなるほどの威圧感……あれは人間ではありません! おそらく、フローリアが召喚した高位の悪魔かと!」

カイル王太子は眉をひそめた。

くだらない。

無能なフローリアにそんな力があるわけがない。

おそらく、野生の魔物か何かに襲われたのを、フローリアの仕業だと勘違いしているだけだろう。

もしくは、自身の失態を隠すための誇張報告だ。

「もうよい。貴様らの無能さには反吐が出る」

カイルは手を振った。

「だが、フローリアが生きていて、何か小細工をしていることは分かった。……マリアベルよ」

「はい、カイル様」

玉座の隣に控えていたマリアベルが一歩進み出る。

彼女は最近、肌荒れを隠すために厚化粧をしていたが、その表情には歪んだ笑みが浮かんでいた。

「私の予知夢が正しかったですわね。国中の花が枯れ、作物が育たないのは、やはりフローリア様の呪いでしたのよ」

「ああ、その通りだ。あの女、追放されたことを恨んで、荒野で呪いの儀式でも行っているのだろう」

カイルの中で、すべての辻褄が合った(と彼は思い込んだ)。

自分たちの失政も、環境悪化も、すべては「悪女フローリア」のせいなのだ。

ならば、彼女を討てばすべて解決する。

国民の不満も、「元凶の魔女」を処刑すれば逸らすことができるだろう。

これぞ一石二鳥の名案だ。

「よかろう。次は近衛騎士団を総動員する。いや、宮廷魔導師団も連れて行け」

カイルは立ち上がり、高らかに宣言した。

「私が自ら出陣し、あの汚らわしい魔女を断罪してくれる! フローリアの首を刎ね、この国に光を取り戻すのだ!」

「おおお! さすがカイル殿下!」

「聖戦だ! 魔女討伐だ!」

広間に歓声が沸き起こる。

誰も気づいていなかった。

彼らがこれから向かう先には、世界樹の加護を受けた最強の聖女と、それを守護する帝国最強の竜公爵が待ち構えていることを。

それは「聖戦」などではない。

ただの「飛んで火に入る夏の虫」でしかないことを。

一方、そんな王国の殺気など知る由もない私たち。

「レンさん、見てください! ブドウが採れました!」

「ほう、見事な巨峰だな。一粒がリンゴくらいの大きさがあるが」

「これを踏んで潰して、ワインを作ろうと思うんです!」

「……君の足で踏むのか?」

「はい! 美味しくなりますよー?」

「……それは、非常に興味深い」

レンさんは真剣な顔で頷き、なぜか少し顔を赤らめていた。

私たちは今日も平和に、スローライフを満喫している。

しかし、その平穏な日々も、もうすぐ終わりを告げようとしていた。

王国軍の侵攻。

そして、レンさんを追って帝国からやってくる「本当の迎え」。

役者は揃いつつあった。

舞台は、この「世界樹の楽園」。

世界を巻き込む大騒動の幕が、切って落とされようとしていた。