軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第1話 雑草令嬢と断罪の宴

「フローリア・グリーン! 貴様との婚約を、この場をもって破棄する!」

王宮の大広間。

シャンデリアの煌めきが暴力的に降り注ぐその場所で、カイル王太子の怒号が響き渡った。

音楽は止まり、華やかなドレスに身を包んだ貴族たちの談笑は、瞬く間に凍りつく。

数百の視線が、部屋の中央に立つ二人の人物――いや、三人に突き刺さった。

一人は、壇上で勝ち誇ったように胸を張る金髪の青年、カイル王太子。

その腕に絡みつき、怯えたような表情を作りながらも、口元には隠しきれない嘲笑を浮かべているのは、男爵令嬢のマリアベル。

そして、彼らから数段下がった冷たい床の上で、一人静かに佇んでいるのが私、フローリア・グリーンだ。

「……婚約破棄、でございますか?」

私はゆっくりと顔を上げ、王太子を見つめた。

周囲からは「ああ、哀れな」「ついに捨てられたか」「地味な女だったからな」という嘲笑交じりのヒソヒソ話が聞こえてくる。

けれど、私の内心は、周囲が想像するものとはまったく違っていた。

(あ、やっぱり? よかったぁ……!)

叫び出しそうな喜びを、必死に無表情の仮面で押し殺す。

だって、そうでしょう?

王太子妃教育という名の拘束時間は長いし、お茶会では誰も植物の話を聞いてくれないし、何よりあの堅苦しいドレスのせいで、ここ数年まともに土いじりができていなかったのだから。

しかし、カイル王太子は私の沈黙を「ショックで言葉も出ない」と解釈したらしい。

さらに声を張り上げ、私を指差した。

「なんだその顔は! 自分のしでかした罪を考えれば当然の報いだ! マリアベルに対する陰湿な嫌がらせの数々、そして何より……貴様のような『雑草』しか生やせない無能が、次期国母の座に居座っていたことが最大の罪なのだ!」

雑草。

その言葉に、会場中からドッと笑いが起きた。

フローリア・グリーンの魔法適性は『植物』だ。

だが、歴代の強力な樹木魔法使いとは違い、私が魔法を使うと、ペンペン草やクローバー、あるいは名もなき野草がポコポコと生えてくるだけ。

攻撃力皆無。防御力ゼロ。

ただ地面を緑にするだけの、王族の伴侶としてはあまりに恥ずかしい『ハズレ魔法』。

それが、世間における私の評価だった。

「見てみろ、マリアベルのこの聖なる輝きを!」

カイル王太子が促すと、マリアベルはおずおずと前に進み出た。

彼女が両手を組んで祈るポーズをとると、ふわり、と薄い光の粒子が舞い上がる。

それは淡いピンク色の花びらの形を模しており、幻想的な光景を作り出した。

「わぁ……! なんて美しいの」

「これぞ聖女様の御力だ」

「それに比べて、フローリア様の魔法ときたら……」

称賛の声に包まれ、マリアベルが頬を赤らめる。

「カイル様、そんな……フローリア様が可哀想ですわ。彼女なりに一生懸命、草むしり……いえ、草を生やしておられたのですから」

「優しいな、マリアベルは。だが、その優しさがこの女を増長させたのだ!」

カイル王太子は私を睨みつける。

私は心の中で、冷静にマリアベルの魔法を分析していた。

(あれは、ただの光の屈折ね。質量がないから土壌改善には役立たないし、光合成の役にも立たない。見た目が綺麗なだけの、プロジェクションマッピングみたいなものだわ)

植物学者としての血が騒ぎ、つい観察してしまう。

実用性ゼロの光魔法に、なぜあそこまで熱狂できるのか不思議でならない。

ふと、私は足元に視線を落とした。

磨き上げられた大理石の床。

その継ぎ目のわずかな隙間に、微かな緑色が見えた。

(あら……こんなところに)

人々が私を罵倒している最中だったが、私はたまらずしゃがみ込んだ。

ざわっ、と周囲がどよめく。

「おい、泣き崩れたぞ」「ついに膝をついたか」なんて声が聞こえるが、違う。

私はそっと、人差し指でその隙間に触れた。

(かわいそうに。こんな硬い石の下で、息が詰まっていたのね。お水も足りていないし、踏まれて痛かったでしょう)

私の指先から、ほんのりと温かい魔力が流れ込む。

誰にも気づかれないほどの、微弱な魔力。

すると。

ぴょこん、と。

石の隙間から、小さな双葉が顔を出した。

それは私の呼びかけに応えるように、青々とした葉を揺らす。

(うんうん、元気になった。強い子ね)

愛おしさがこみ上げてくる。

私が求めているのは、きらびやかな宝石でも、中身のない愛の言葉でもない。

こういう、生命の息吹なのだ。

私がしゃがみ込んで微笑んでいる(ように見えたらしい)のを見て、カイル王太子は気味が悪くなったのか、一歩後ずさった。

「……き、貴様、反省もせず何をニヤニヤしている! その不敬な態度、もはや許し難い!」

王太子の怒号で、私はハッと我に返り、立ち上がった。

危ない、危ない。つい植物との対話に夢中になってしまった。

「申し訳ございません、殿下。床の石があまりに冷たいもので」

「口答えをするな! いいか、フローリア。貴様には厳罰を与える!」

カイル王太子は、まるで処刑宣告でもするように、高らかに宣言した。

「貴様を国外追放処分とする! 行き先は、西の果てにある『死の荒野』だ!」

会場が、息を呑む静寂に包まれた。

死の荒野。

かつて魔王戦争の激戦地となった場所であり、強烈な瘴気が立ち込め、草一本生えない不毛の大地。

凶悪な魔獣が跋扈し、人が住むことなど到底不可能な、文字通りの地獄。

そこに令嬢を一人で送り込むなど、実質的な死刑宣告に等しい。

私の父であるグリーン伯爵ですら、顔色を変えるどころか、「家の恥晒しがいなくなって清々する」と言わんばかりに冷ややかな目で私を見ていた。

普通なら、ここで泣いて縋り付くのが正解なのだろう。

「どうかお慈悲を!」「死にたくありません!」と。

けれど。

(死の、荒野……?)

私の脳内で、その言葉が甘美な響きを持って反響した。

死の荒野といえば、広大な土地だ。

誰の所有物でもない、見渡す限りの大地。

あそこには、誰もいない。

うるさい王太子も、嫌味なマリアベルも、世間体を気にするお父様もいない。

つまり。

誰にも邪魔されず、朝から晩まで、好きなだけ土を耕し、種を撒き、植物を育てられるということではないか?

(……え、最高じゃない?)

あそこは瘴気が濃すぎて植物が育たないと言われているけれど、それは『普通のやり方』ならの話だ。

私の魔法と知識があれば、なんとかなるかもしれない。

いや、なんとかしてみせる。

更地から自分だけの庭を作るなんて、ガーデナーとしてこれ以上の贅沢があるだろうか。

私は、こみ上げる歓喜を必死に噛み殺し、殊勝な態度で頭を下げた。

「……謹んで、お受けいたします」

「ふん、ようやく自分の立場を理解したようだな。二度と私の前にその地味な顔を見せるな!」

カイル王太子は満足げに鼻を鳴らし、マリアベルの腰に手を回して去っていった。

貴族たちも、まるで汚いものを見るような目で私を見ながら、散り散りに離れていく。

私は一人、大広間の真ん中に残された。

けれど、ちっとも孤独ではなかった。

ポケットの中に手を忍ばせる。

そこには、小さな木箱に入った『一粒の種』がある。

亡くなったお母様が遺してくれた、枯れかけた茶色い種。

どんな鑑定士に見せても「ただの枯れたゴミです」と言われたものだ。

でも、私にはわかる。

私の指が触れるたび、この種の中からドクン、ドクンと、力強い心臓の鼓動のような脈動が伝わってくるのを。

(お母様。やっと、この子を植えてあげられる場所に行けるわ)

ポケットの中の種が、嬉しそうに熱を帯びた気がした。

翌朝。

私は最低限の荷物だけを持って、国境へ向かう馬車に乗せられた。

ドレスは剥奪され、平民が着るような麻のワンピースに、着古したローブが一枚。

貴族としての身分証も、宝石も、すべて没収された。

御者は無言で、私を罪人扱いして一度も目を合わせてくれない。

馬車はガタゴトと揺れながら、王都の華やかな街並みを離れ、荒涼とした西へと進んでいく。

数日後。

馬車が止まったのは、赤茶けた岩と砂が広がる断崖絶壁の前だった。

「ここから先が『死の荒野』だ。降りろ」

御者は短く告げると、私が降りるやいなや、逃げるように馬車を走らせて去っていった。

砂煙を上げて遠ざかる馬車を見送り、私はくるりと後ろを振り返る。

そこには、絶望的な光景が広がっていた。

空はどんよりとした灰色に濁り、大地はひび割れ、生き物の気配はまったくない。

風が吹くたび、ヒュオオオという不気味な音が岩肌に反響する。

鼻をつくのは、硫黄のような刺激臭と、饐えた瘴気の臭い。

「うん、素晴らしいわ」

私は大きく伸びをした。

皮肉ではない。本心だ。

「一面の更地! 岩石のミネラルも豊富そうだし、何より……」

私はしゃがみ込み、ひび割れた地面に掌を押し当てた。

目を閉じ、意識を深く、深く沈めていく。

一般的に、魔法使いは『大気中のマナ』を使って魔法を行使する。

けれど、私の使い方は少し違う。

私は、植物の声を聞き、大地の脈に直接干渉するのだ。

(聞こえる……)

死んでいるように見える大地の下。

遥か地底深くには、まだ微かに星の脈動が残っている。

瘴気という汚れに蓋をされて、呼吸ができずに苦しがっている大地の声が。

「苦しかったわよね。今、楽にしてあげる」

私はポケットから、母の形見の種を取り出した。

干からびて見えたその種は、私の魔力に反応し、琥珀色の光を放ち始めていた。

「さあ、ここが貴方の新しいお家よ。思う存分、根を伸ばして」

私は足元の固い土を少しだけ掘り返し、種を埋めた。

そして、ありったけの愛と魔力を込めて、その場所に口づけをするように両手を重ねる。

「――芽吹きなさい。【 創世樹(ユグドラシル) 】」

瞬間。

ズズズズズ……ッ!

地鳴りが起きた。

地震かと思うような揺れに、私は慌てて立ち上がり、数歩下がる。

埋めた場所の土が盛り上がり、爆発的な勢いで『緑』が噴き出した。

それは雑草なんて生易しいものではなかった。

太さ数メートルはある巨木が、ドリルのように回転しながら空へと伸びていく。

荒れ狂う瘴気をその葉が吸い込み、浄化し、キラキラと輝く清浄な空気に変えて吐き出していく。

バキバキバキッ!

巨木の根が岩盤を砕き、地下水脈を掘り当てたのだろう。

枯れ果てたはずの地面から、清らかな水が湧き出し、小川となって流れ始めた。

「わあ……思ったより元気すぎるかも」

私の目の前には、わずか数十秒で、天を衝くような大樹がそびえ立っていた。

その枝葉はドームのように広がり、半径数百メートルを優しい木漏れ日で包み込んでいる。

先ほどまでの荒涼とした景色が嘘のように、足元には色とりどりの花が咲き乱れ、心地よい草の匂いが満ちていた。

【雑草】だの【無能】だのと罵られた私の魔法。

けれど本当は、私の魔力は強すぎて、普通の植物では耐えきれずに枯れてしまうだけだったのだ。

だから、雑草のような生命力の強い草しか生やせなかった。

でも、この『世界樹の苗木』なら。

私の全力を受け止め、こうして世界を書き換えることができる。

「ふふ、これで雨風はしのげるわね。それに……」

見上げれば、太い枝の一部がうねり、まるで私のために用意されたかのようなツリーハウスの形状を作り始めていた。

過保護な木だこと。

「ありがとう。これからよろしくね」

私が幹を撫でると、大樹はザワザワと葉を鳴らし、喜びを伝えてきた。

こうして、私の追放生活――もとい、極上のスローライフは幕を開けた。

……はずだった。

「……ん?」

ふと、新しくできた小川のほとりに、黒い影があることに気づいた。

岩かと思ったが、違う。

それは、ボロボロの服を着て倒れている、大柄な男性だった。

「あら、先客?」

私は不思議に思いながら、彼のもとへ近づいていった。

まさかそれが、国さえも揺るがす『伝説の竜公爵』だなんて、この時の私は露ほども知らなかったのだ。