軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第83話 千年の孤独と約束の地

『ねえ、ディック。あなたって、どうして魔王討伐隊を志望したの?』

それは、いつのことだったか。

魔王討伐の旅を終えて、王都に帰る途中。アルベイン王国とエルセイン魔王国の国境にある街で、宿を取った夜のことだったろうか。

普段は可能な限り男部屋と女部屋で分かれていたので、夜に女性陣と顔を合わせることはなかった。しかしその日だけは、ふと夜の散歩に出かけた俺の後を、ミラルカがついてきていた。

俺はまだ、その頃はミラルカを優秀な魔法使いとして認めつつも、一対一で話すのは苦手だと感じていた。それは、初対面で冴えない顔をしてると言われれば、なかなか好感は持てない。

しかし寝間着姿でついてきていた当時十二歳の彼女は、容姿だけを言うのなら、守ってやりたい妹のように愛らしかった。口を開けば、毒舌の嵐なのだが。

俺と一緒に町の高台に上がったミラルカは、勝手についてきたにも関わらず虫にさされそうと文句を言っていたので、魔法で保護してやった。「ありがとう」と言われた気がするが、物凄く小声だったと記憶している。

『どうして勇者になんてなろうと思ったの? あなたには似つかわしくないじゃない』

『似つかわしくないと言われてもな。そのときは、志願したい気分だっただけだ』

『気分で志願なんて、気軽にできるものじゃないわ。SSSランクに認められたのは、この国では私たちだけ。それは、望めば他のなんにでもなれるっていうことよ。それなのに、魔王討伐を選ぶ理由がどこにあるの?』

ミラルカの指摘は鋭かった。だが、俺よりも一回りは子供の発想だとも思った。なぜなら、彼女は自分が魔王討伐を志願することも、同じように不自然だと言っているようなものだったからだ。

その妙に自分を老成したものと考えている部分が、当時のミラルカに見抜かれていて、お気に召さなかったのかもしれないとも思う。

『あなたはあまり、表舞台に出たくはないみたい。なのに、こんなに目立つことをしてよかったの?』

いつもなら真面目に答えず、はぐらかしていたところだが、その時は状況が違った。

ミラルカだけになら、少しは自分の本音を言ってみてもいいかと、気の迷いを起こした。

『……魔王は、そこまで悪い奴じゃなかった。魔物は人間に害を与えるけど、それも対策をすれば何とかなることだ。そういうことが分かったのは、俺たちが少人数で魔王国に入り込めたからだ。王国軍が動いたら戦争になって、この国境線だって変わってただろ』

『人が死ぬことが嫌だから、自分の手で魔王討伐したいと思ったの?』

『誰でも嫌に決まってるさ。まあ、俺も別に死にたいわけじゃないからな。自分を犠牲にするとか、そういうのを美談にしたがる奴らは好きじゃない』

俺たちを送り出した人々の中に泣いている者がいたことは、いい気分がするものじゃなかった。彼らは俺たちが死ぬかもしれないと思っていて、同情で泣かれているとわかっていたからだ。

13歳でも、それくらいの判別はつく。俺たちはその力を恐れられもしたが、子供であるという一点において、大人たちは優越感を感じていたのだ。

ユマとミラルカも、魔王討伐して帰ったあとは、顔も知らなかった親戚が取り入ろうとしてきたりと色々あったらしい。二人に相談されたあと、俺はギルドの力を使って、そういう輩を軒並み静かにさせた。

金と権力は人を狂わせる。初めからそう分かっていれば失望もしないし、ミラルカとユマが傷つくよりは、彼女たちに人の汚い部分が見えないように守ったほうがいい。

――そんなことを考えていながら、アイリーンとのことを誤解されてミラルカを傷つけたり、ユマに会いに行かずに寂しい思いをさせたりもした。

俺のやっていることは矛盾しているのだろう。ミラルカはずっと前から、そのことに気が付いていて、歯がゆく思っていたのだと今ならわかる。

『あなたはもっと、自分の考えていることを言うべきだと思うわ。黙っていたら、どれだけいいことをしても、みんなにわからないじゃない』

『そうでもない。魔王を倒したことはミラルカやみんなも証明してくれるし、五年後まで護符を預かるってことで魔王に停戦を約束させたが、これは『いいこと』って言えるほど、善人らしいやり方じゃないだろう』

『大事なものを預かっておくなんて、まだ優しい方法じゃない。あなたって、本当に……』

ミラルカは何か言おうとして、やめてしまう。本当にバカとか、そういうことを言おうとしたのだろうか。

『……ねえ。あなたは王都に帰ってからも、故郷に帰ったりはしない?』

『しないぞ。何をしたいかは内緒だけどな』

『そう……じゃあ、当面は監視してあげられるわね』

『監視? 監視って、ミラルカが俺のことをか?』

困惑して問いかけると、ミラルカは高台に作られた木の柵に腰かけて、月光を浴びて輝く金色の髪を撫でつけながら言った。

『あなたを放っておくと、ひとりで魔王討伐みたいなことをしそうだから』

『みたいなことって……魔王ほど強いやつはそうそう出てこないと思うぞ』

『いいのよ、あなたはきっとするから。こうなったら仕方がないから、私が監視していてあげる。あなたがおいたをして、私に嫌われることがあっても、私はあなたを嫌いながら監視するわ』

俺は本当にミラルカが年下なのかと、そのとき本気で疑った。早熟の天才であった彼女の精神年齢は、俺と同じか、それ以上に高くてもおかしくはなかったが。

『ミラルカは、俺がどんなことをすると嫌いになるんだ?』

それを聞かれると思っていなかったのか、ミラルカは目をぱちぱちと瞬く。そして、その顔が耳まで赤く染まった。

『……それは言わないでおくわ。教えたらあなたが調子に乗るから』

『はは……そうか。それなら、いつかまた思い出したら聞くよ』

『永久に思い出さなくていいわ。それが調子に乗っているっていうのよ』

ミラルカは怒ってしまったようで、先に高台から降りていく。彼女に危険などあるはずもないが、俺は後から見失わないようについていった。

ミラルカが、勘違いしていたことが一つある。

俺が魔王を一人で討伐するようなことは、まずないということ。

本当に俺一人しか戦える人間がいなければ、それもあるのかもしれない。

しかし俺は、すでに出会ってしまった。

できないことはないと自負する俺でも、それぞれの得意とする分野においては、決して勝てないと思う仲間たちに。

一人では、世界の誰より強くなることはできない。

だから俺は、一人で戦ったりはしない。一人よりも、仲間を集めたほうが強いと知っているから。

魔王討伐隊の四人と別れたあと、俺がギルドを作ることを望んだ理由。

それは、仲間を作りたかったから。

五人で旅した時のことを、死ぬまで忘れないだろうと分かっていたからだ。

――闇。

暗闇の底にいる。

俺の腕はまだ動く。目も開き、俺の右手には、折れた剣が握られている。

左手の先にあるのは、師匠の持っていた妖精剣。俺はそれを握り、両手に剣を携え、立ち上がる。

巨人が、そして蛇女が。そして『蛇』の頭部に埋め込まれた女の半身が、俺を見下ろしている。

仲間たちとの間に残ったかすかな魔力の繋がりは、彼女たちが無事であることを教えてくれる。しかし、誰も立ち上がる気配はない。

「地を這う者よ。勝てぬと知りながら、なぜ立つ」

「……俺は、一人じゃ大したことはできないんだよ」

答えるが、『蛇』に意味が通じるわけもない。それでいい、理解してもらう必要はない。

「最強の剣士、最強の武闘家、最強の魔法使い、最強の僧侶。ほかの三人も、俺にできないことができる。誰だって、そういうものを持ってるんだ」

「……しかし、お前たちは無力。どれだけ人の手を束ねても、私には決して……」

「届くさ。届かせてみせる。そのための方法を、俺は知ってる」

胸の中に入れて持っていた『コア』が胎動する。

レギオンドラゴンを倒したときに手に入れたコア。魔物の核は、他の道具に加工する以外に、そのまま利用することで魔物の特性を得ることができる。

屍の竜、『 霊装竜(レギオンドラゴン) 』の特性――それは。

無数の死霊の力を集め、自らの装甲とし、力の源に変えるというもの。

同じことを、生者である俺が行えばどうなるか。

まだ、みんな生きている。俺の呼びかけに応じてくれる――ならば俺は、戦える。

(みんな、頼む……少しの間でいい。俺に力を貸してくれ……!)

答えの代わりに、パーティ全員との魔力の繋がりが蘇り――一つずつ、流れ込んでくる。

折れた剣を、コーディの剣精が補う。光剣の宿した途方もない力に、俺は心からの畏敬を覚える。

体を覆う魔力は、鬼と人の混じり合ったもの――これが、鬼神化。抑えようのない闘争への衝動と、全てを破壊するための膂力が四肢に宿る。

猛り狂う意識の中で俺が正気を保っていられるのは、ユマのおかげだ。魂は鎮められ、どこまでも冷静なままで、勝ち目のなかった敵と対峙していられる。

「――力を集めたところで、何が変えられる。何かを守れるとでもいうのか!」

蛇がはじめて声を荒げた。確信する――今の俺の力を、脅威に感じているのだと。

抗う俺を断罪するように、蛇が巨人に命令を下す。振り下ろされる巨大な剣を前にして、俺はただ、左の手に下げた妖精の剣を振り抜いた。

――六十六式・ 鬼神断裂斬(ラクシャーサ・ザッパー) ――

巨人の剣が、俺に届く前に止まる。次の瞬間、砂のごとく微細な粒子となって爆砕し、破壊は巨人の腕にまで伝搬する。

蛇女が瞳から光線を放つが、鬼神の魔力に覆われた俺には届かない。今度は反撃のために剣を使うこともなく、ただ魔法を詠唱する。

―― 双蛇侵蝕(ヒュドライーター) ――

ヴェルレーヌが呼び出す『満たされぬ者』と、シェリーの使う『幻影双蛇』を組み合わせる。一度に一体しか召喚できない『満たされぬ者』を、蛇の分霊の力を利用することで、一度に二体まで増やすことができた。

蛇女の矛を、そして盾を、満たされぬものが食らいつき、奪い取る。装備を失った蛇女はもはや相手ではなく、俺にいくら光線を放っても霧散するだけだ。

――浴びているうちに光線の仕組みを理解した俺は、防壁を変質させて反射し、蛇女の仮面を撃ち抜く。仮面が弾け飛び、蛇女は額から血を流してその場に倒れこむ。

「もう、残りはお前だけだ。終わりにしよう」

蛇は何も言わなかった。ただその頭部に全身全霊の魔力を纏い、その顎を開いて、俺に向かってくる。

捨て身の特攻。それを全力で受けきり、ねじ伏せられるか――今の俺にとっても賭けではあったが、逃げるという選択はありえなかった。

仲間たちの力を借りているというのに、格好悪い姿は見せられない。

ミラルカの声が聞こえる――こんな時のために、ずっと研究していたとっておきがあると。

俺はためらいもなく、それを使う。

流れ込んでくるミラルカの知識――通常の三倍の思考速度に加えて、ミラルカの速度まで加えた俺は、陣魔法を瞬時に完成させることができるようになっていた。

「――うぉぉぉぉぉぉっ……!」

――零式・ 極破(リミットバースト) ・ 逆十字(リバースクロス) ――

俺の持てる力すべてで強化した、ふたつの剣。

転移魔法によって蛇の顎を貫通しながら、十字に重ねた剣を振りぬく。

同時に撃ち込まれた破壊陣は、蛇を体内から破壊していく――連鎖する自壊は、全てを破壊しつくすまで止まることはない。

それが『零式・絶滅自壊陣』。特定の敵を完全に破壊しつくすために作られたものだが、ミラルカが今までずっと使わずにいた陣魔法の秘奥だった。

蛇の力を正面から浴びても俺が無傷でいられたのは、なぜか――蛇の魔力は一度目よりも多く収束していた。それでも、俺が貸してもらった皆の力が勝ったということか。

空中で振り返ると、蛇は崩壊しながらも、首を地面に垂らし――そこで力尽きた。

地面に降り立ち、消えかけた『彼女』に、俺は近づいていく。

「……負けた……地を這う……者に……ただの、人間に……」

どんな言葉をかけてやればいいのかと思った。

ただ浮遊島を動かすために作られ、『人の姿をしたものを滅ぼす』というあいまいな命令に従わされて――そして、消えていく。

何も言えずにいる間に、辛うじて立ち上がった師匠が歩いてくる。

師匠はもう崩壊の始まった『彼女』の体を抱き上げ、そして、ぽろぽろと涙をこぼした。

「ごめんなさい……私が、あの時代わりになってたら……私が……っ」

必死で声を絞っても、『彼女』は反応しなかった。

しかしその何も捉えていなかった瞳が、師匠に向けられ――ひととき、わずかな輝きを取り戻した。まるで、長い夢から覚めたかのように。

「……いいえ……あなたは、何も謝らなくて、いいの……」

「っ……!」

『彼女』の残された右手が動き、師匠の頬に触れた。

自我を無くし、人を滅ぼすためだけに目覚めた『蛇』ではなく――かつて人であった彼女が、ようやく解放されて、師匠の前に戻ってきたのだ。

「……私こそ……ごめんなさい……ひとりに、させて……」

「いや……違うの、悪いのは……悪いのはっ……」

師匠が千年の間をともに生きられる相手は、同じ浮遊島で生まれた彼女しかいなかった。

しかし蛇と一体となり、滅びの意思を封じ込めるには、互いのうちどちらかが蛇の贄となるしかなかった。

そして彼女は、初代アルベイン王のパーティに加わって、蛇にその身を捧げた。

その場面を、師匠も見ていたはずだ。だが、覚えていることなどできるわけがなかった。

二人に全てを押し付け、生き残りの『遺された民』は消えた。都市がそのままであったのなら、全員が命を落としたとは考えにくい。

師匠はこの運命を導いた全てを憎んだだろう。あるいは、仲間を探したのかもしれない。

それでも見つからず、絶望し、最後に残ったものは死にたいという感情だけだった。

そのために彼女は俺を見つけ、俺を育て、そして殺してほしいと願い――俺はそれを叶えることができず、彼女は狂気に身を落とした。

――そして今も、俺は師匠から親友を奪ってしまった。例え、そうするしか彼女が解放されることがなかったのだとしても。

俺はいつも、師匠を泣かせてばかりだ。今も彼女の涙を拭ってやることさえできずに、ただ見ていることしかできない。

そんな俺を、今まさに消えてゆこうとする『彼女』が見る。

師匠と同じ髪に、瞳の色。しかし、人として生きていたころは、さぞ快活だったのだろうと思わせる雰囲気があった。

「……あなたの……名前は……」

「……ディック。ディック・シルバーだ」

「そう……ディック……この子を……リムセリットを……」

「いやっ……行かないで、ディアーヌ……やっと戻れたのに……なのに……っ」

すでに胸の下あたりまでが、崩れ去っている。それでもディアーヌは、最後まで笑い、リムセリットの頬に触れた。

「……泣き虫は、変わらないね、リムセ……また、あの約束の場所で……花冠を……」

蛇を千年間封じ続けた偉大な女性は、自分が守り切った王都の民の知らぬところで、永い眠りについた。

「……どうしてぇぇっっ……!」

消えていくディアーヌをかき抱くようにして、リムセリットは――師匠は、子供のように泣きじゃくった。

倒れていた皆が起き上がり、師匠を見ている。服がぼろぼろになり、ヘッドドレスも外れてしまったヴェルレーヌが、俺に歩み寄る――額から血が伝っているが、彼女は気にするなというように首を振り、俺の肩を叩いた。

誰も、何も言わなかった。俺と師匠だけを残して、この場を後にする。

俺だけにできることがあると、ヴェルレーヌは言葉にせずに伝えた。何が答えだとも分からないまま、俺は泣いている師匠の前に膝を突き、彼女を抱きしめた。

ディアーヌを求めようとした手が、俺の背中に回る。鎧の上からでも分かるほど、師匠は俺にきつくしがみついて、大きな声を出して泣き続けた。

王国を救ったなどという思いは、どこにもなかった。救ったのはディアーヌであり、俺のしたことは、蛇を殺すために彼女の命を絶ったということだけ。

千年前に戻ることができるのなら、俺はふたりを救ってやれただろうか。できもしない夢想を、心が求めてやまない。

――だが。

ほんのわずかな希望が、この闇の底にも残っていた。師匠を抱きしめたまま、顔を上げた俺の視線の先に、あの妖精がいる。

妖精の唇が動き、声が聞こえてくる。それは、俺だけに伝えられたもののようだった。

「ありがとう」

確かにそう言って、妖精は飛んでいく。その先には、外で待っているだろうミラルカたちがいる。

人の感情を介さないかに思えた妖精が、確かに感謝の言葉を口にした。

消えていく前に、人としての自分を取り戻したディアーヌのように。

「……師匠。いや……リムセリット。ずっと泣いてたら、ディアーヌも安心できなくて、これからも見てなきゃいけなくなるぞ?」

師匠の背中を撫でながら、俺は言う。リムセリットという名前は、師匠の本名だと分かっていても、口にすることが落ち着かなかった。名前がないから付けてほしい、彼女はそんなことも言っていたが、こんな形で知ることになるとは思っていなかった。

しかし名前を呼ぶことで、師匠の身体の震えは少しずつ小さくなっていく。

そして彼女はそっと体を離すと、真っ赤になった目を俺に向けた。唇が何度か言葉を発しようと動くが、なかなか声が出せない。

「ゆっくりでいい。少しずつでいいから、声を聞かせてくれ」

「……全部……思い出したの。私が……リムセリットって呼ばれていたころのこと」

「……そうか。辛かったな」

今は、全てを聞かなくてもいい。俺たちの時間は、これからも続いている。

師匠の腕が、今度は俺の首に回る。こちらに身を乗り出して預けてくるような抱擁を、俺はしっかりと受け止めてやれる――昔よりは大人になったのだから。

地底都市の城の天窓から差し込む光の中で、俺は師匠の背中を撫でながら、消えていったディアーヌの姿をもう一度思い返した。

彼女は歴史の陰で人々を守り続けた。そのことを、俺はずっと忘れない。

この国はまだ、彼女に胸を張って見せられるほど褒められたものじゃないが――変わっていくべきで、俺もできることはしていかなければならない。

その前に、まずは共に戦ってくれた仲間たちを労わなければならない。俺のギルドの皆も、レオニードさん、ロッテ、カスミさんも、待っていてくれるはずだ。

「……さて。師匠、そろそろ行こうか。ディアーヌの思い出は、もし話せるときが来たら話してくれ」

泣き止んだ師匠は俺を見上げる。そして、久しぶりにくすっと微笑んで言った。痛々しいほどに赤い目は、この際気にならない――笑ってくれるのなら。

「……ディー君がディアーヌを好きになっちゃうかもしれないけど、いいの?」

「上等だ。なんなら、一晩中飲みながらでも……」

「ふふっ……ディー君、そんなこと言ってたら、みんなに後ろから刺されちゃうよ」

「え……うわっ!」

振り返ると、出て行ったはずの人々が、それぞれのポーズでこちらを見ていた。

「師匠さん改め、リムセさん……ディックと飲み明かすとか、それはちょっとフライング違反っていうかね?」

「ディックのアフターを予約するなんて、なかなか隅におけないな。簡単に乗ってしまいそうなディックもディックだけど」

「ふぅん……泣いている女性を慰めるときには男らしくなれるのね」

「ミラルカさん、今日は順番にお願いしても大丈夫だと思いますから……一番手をお願いしますっ! えいっ!」

とん、とユマがミラルカの背中を押す。そして前に出された彼女は、めいっぱい不満そうな顔をしながら、腕を組んで俺の前まで歩いてきた。

師匠はすでにいつもの調子に戻り、笑顔で俺を見ている。ミラルカは何かを待っており、俺が助けを求めるようにヴェルレーヌとシェリーを見やると、なぜか無言で頷きを返してくる。

戦いのあとの労いということであっても、とても簡単に連発できることではない行為を、どうやら今ばかりは皆としなくてはならないらしい。

「……仕方ないからしてやるなんて言ったら、殲滅するわよ」

その決め台詞を聞けば俺は一も二もなく負けを認めるほかはない。師匠のみならず、六人全員と――と考えると気が遠くなる思いだったが、俺は自分で言っておいて後ずさりをするミラルカを前にして、どう鉄壁の守りを攻略したものかと考えるのだった。