軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第82話 蛇の巫女、そして眷属

扉を開くと、中は暗く、そして広い空間だった。滑らかに磨かれた石床が、ずっと奥まで続いている。

背後から照らす橙の光は、まるで闇に阻まれるように、入ってすぐのところまでしか届かない。俺は『 明かり(ライティング) 』の魔法を使い、可能な限り広い範囲を照らそうとするが、やはりずっと先まで見通すことはできない。

「この闇は……剣精の光でも、減衰させる力を持っている。『蛇』の影響かもしれないね」

「何にせよ、進むしかないな。周囲には気を付けてくれ」

皆が頷き、前衛、中衛、後衛に分かれて進んでいく。隣を歩くアイリーンとコーディは集中を研ぎ澄ましていて、肌がビリビリとするほどの威圧感だ。

しばらく進むと背後で扉が閉まった。暗がりに潜んで、伏兵が待ち構えている――そんな想像もしたが、予想とは全く違っていた。

「っ……何が起きてるの……!?」

「これは……幻影か。しかし、なぜこのような……」

周囲の風景が一変する。明るくなった広大な廊下――その見上げるほどに高い左右の壁には、目まいがするほどに精細で、巨大な絵が描かれていた。

空中に浮かぶ島。それは四角錘の形をしていて、底は雲に覆われていた。まるで、雲の上に島があり、それで飛んででもいるかのように。

実際のところは、今の文明を遥かに超えた魔法の力で空を飛んでいたはずだ。その力を生み出していた者こそが、『ベルサリスの蛇』。

目の覚めるほど青い空の絵。空中回廊を抜けた先は、空を歩く道だった。そんな錯覚すら覚えてしまう。

だが、その絵だけでなく、俺たちを驚かせたのは――幻影として浮かび上がった、廊下を行き交う人々の姿だった。

「これは……かつて、この都市に暮らした人たちの……きゃっ……!」

幻影の女性が現れ、ミラルカの体を通り抜けていく。実体のない幻影であれば不思議はないが、俺も目の前にいきなり子供が現れ、自分の体を通り抜けていかれて、落ち着かない気分を味わった。

「……ディック、これは、『蛇』が見せているものなの?」

「確証は持てないが……この先に居る何かが見せているんだろうな」

シェリーが宿している分霊は、やはり『蛇』とは繋がっていない。だからこそ、この幻影を蛇が作っていると予想しても、確証までは持てないのだろう。

振り返ると、まさにヴェルレーヌの前に大柄な男の幻影が現れたところで、ヴェルレーヌは横に避けた。ユマの前には少女の幻影が現れ、元気に走っていく――その先には、ミラルカを通り抜けた女性がいる。どうやら、親子のようだ。

ミラルカの言う通り、かつてこの都市で暮らした人々の姿なのか。だとしたら、なぜそんなものを俺たちに見せるのか。

――それとも、『蛇』が自分で見ているだけなのか。それならば、やはり『蛇』は、自分を置いて行った浮遊島の住人たちに、今でも執着を抱いている。

「……師匠?」

気が付くと、師匠が立ち止まっていた。彼女は顔を伏せたままで、その横を何人もの幻影が通り過ぎていく。

「……どうして……今まで……」

ほとんど聞き取れないほど小さな声で、師匠が何事かを呟いている。

その姿を見せられること自体が、彼女にとって耐えがたい苦痛であるかのように、彼女は自分の左腕を、右手で掴みしめていた。

「師匠、しっかりしてくれ。これはただの幻影だ」

「っ……」

師匠の手が、腕に食い込みそうになっていた。その手を外させると、彼女は目が覚めたように俺を見る。

目が覚めるほど白い彼女の肌が、さらに血の気をなくして青ざめている。憔悴しきった様子で、師匠は泣きそうな顔でこちらを見ていた。

(……この幻影の人々を、師匠は知っているのか。それでも彼女は、この迷宮の全ては知らなかった。なぜそんなことが起こりうる?)

不老不死である師匠は、千年前から生きている。しかし浮遊島が落下した際のことを、彼女は他人事のように話していた。

本当に、覚えていないのだとしたら。浮遊島が落ちた衝撃で当時のことを忘れてしまったのか――あるいは。

誰かに、記憶を封じられたのか。その記憶が、ここまで来て蘇っているのだとしたら、彼女をこの先に連れていくべきなのか、迷いが生じる。

「この先に進むことを躊躇うのなら、あなたは待っていてくれてもいい。僕たちがすべてを終わらせて、戻ってくるから」

コーディは責めることも、突然足を止めた師匠に疑心を持つこともなく、そう言った。

彼女は俺たち魔王討伐隊なら、必ずことを成せると信じているのだ。他の皆もまた、それは同じだった。

「……大丈夫。ごめんなさい、立ち止まったりして。こんなことしてる場合じゃないのに」

「気にするな、師匠殿。こんな光景を目にして、動揺するなという方が難しい。しかし、この幾らでも湧いてくる幻影を見る限り、この都市の過去の繁栄は相当なものであったようだな」

ヴェルレーヌは統治者であった頃のことを思い出したのか、行きかう人々を見守るような視線を向けていた。

――しかし、その時だった。ユマが杖を構え、通路の先へと向ける。

「ディックさん、この奥から、今までと違うものが……!」

ユマが言った瞬間だった。通路の奥からこちら側に向かって、壁画の青空が赤く染まっていく――そして、幻影は骨の姿となり、朽ち果てて消えていく。

悪意か、憎しみか。ユマが今までと違うと形容したものは、俺には負のものとしか感じられなかった。

変わっていく光景を前にした師匠の顔は、見ていられないようなものだった。その場に崩れ落ちそうになる彼女を抱きとめる。

「これは……この都市がこうして滅びたということを、示唆しているのか……?」

ヴェルレーヌの言う通りなのかどうかは分からない。幸せそうだった人々の姿は消え、残ったのは禍々しく変化した浮遊島の姿だけ。

青空に浮かんでいた浮遊島の絵画が、飛来した何者かに襲撃されている姿に変わっている。

「…… 竜(ドラゴン) ……違う、半分は人の姿をしてる……」

アイリーンの言う通り、俺が知っている火竜と人を掛け合わせたような巨大な何かが、浮遊島に炎を吐きかけている。一体や二体ではない、数えきれないほどだ。

浮遊島は敵対する者によって総攻撃を受け、そして地上に落ちた。ここに暮らしていた人々は――その戦いの中で命を落としたか、島の外に逃げたか。

それが事実だとしたら、師匠ともう一人はどうやって生き残ったのか。いずれにせよ、この先に進まなければ、何も確かなことは分からない。

気が付くと、師匠が俺の腕をきゅっとつかんでいた。そして顔を上げると、彼女の目は赤らんでいたが、少しだけいつもの様子を取り戻していた。

「……ありがとう、ディー君。もう大丈夫」

「そうか……いや、無理はしなくていい。コーディの言う通り、進めなくなったら、待っていてくれても構わない。自分を追い込む必要はないんだ」

「うん。もう、足は引っ張らないから。私も連れて行って」

俺たちは再び歩き出す。再び周囲は暗闇に戻り、俺の作った明かりを頼りに進んでいく。

そしてたどり着いた通路の奥の扉。それは触れる前に、内側にゆっくりと開いていく。

扉の向こうの部屋は、天井から降り注ぐ光で照らされていた。

そこに浮かび上がる姿は――まさに、蛇。途方もない大きさの胴体を持つ蛇が、そこにいた。

その人間を十人まとめて一飲みにできるほど巨大な頭部――その額に、人間の上半身が生えている。ほとんど裸のような姿をした銀色の髪の女が、蛇と一体化している。

言葉を発することもできないでいる俺たちを前にして、女の目が薄く開いた。

「……ベルサリスを侵す者は誰ぞ。その小さな命を無為に散らし、何とする」

「お前が……『ベルサリスの蛇』か。今も、ここを守り続けているのか?」

女の瞳が、見上げるほどの高みから俺を見下ろす。

その姿を見て想像できる答えは一つ――あの人の姿をした部分は、師匠の親友だ。

「あれでは……まるで……」

ヴェルレーヌの言葉の続きは、俺にも想像できた。代わりにミラルカが、震える声で言う。

「『蛇』は……人と一体化することで、封印されていたというの……?」

「そんな……それでは、魂はいつまでも、この迷宮の底で……そんなことをしては、人としての感情が、保てるわけが……」

千年。その長い時をたった一人で過ごしたとすれば、誰も正気を保ってはいられない。

「あの六人の人形は……少しでも人間の面影を求めて、作られたものだったのか」

「そんな……じゃ、じゃあ、この『蛇』って……あの女の人は……っ」

コーディの言葉にアイリーンが取り乱す。二人が思い至った答えは、あまりにも寂しすぎるものだった。

蛇と一体化している女性は彫像のように無表情のまま、俺を見ている。ずっと動かなかったその視線が、師匠に向けられた。

師匠の目からは、とめどなく涙が零れていた。

俺以外の全員は、彼女がなぜ泣いているのかも理解できずに、ただ戸惑っているばかりで――『蛇』の人の部分は、浮遊島の人間の特徴を備えた宝石のような瞳で、ただ師匠を見つめている。

「……なぜ、生き残りがいるのか。全てが立ち去ったあと、この場に現れる者がいるとしたら、それは人形であると見なす」

「……違う……私は……私は……」

「揺さぶりをかけるとは、なかなか油断ならないな。師匠は人形じゃない……外にいたあいつらとは違う。お前が作ったものじゃないんだよ」

『蛇』は俺に視線を向けた。関心など無いという顔で、それでも自分の言葉を否定した俺を見ていた。

「この島からどのように人が消えたかは、お前たちにも見せたはず。私はこれより、私を創りしものたちの無念を晴らさなければならない。そのために、もう一度このベルサリスを浮上させる。我らを害した『人の姿をしたもの』は、全て滅ぼさなければならない」

「っ……何をふざけたことを言っているの。地の底にあるこの迷宮が、浮上するですって……? そんなことをしたら、王都は……!」

50万人が暮らし、千年の間に営々と築き上げられた王都の全てが崩れ去る。

千年間地底に沈んでいた浮遊島に、それだけの力が残っているのかはわからない。だが、蛇はそれができると言う――。

やはり俺たちは、少しでも早くここに来なければならなかった。『蛇』をここで止めなければ、王都アルヴィナスは壊滅する。

そして今の蛇の言葉で、全員が事情を知った。この迷宮がかつて地上にあり、そして外敵によって、都市に暮らしていた人々がいなくなったのだということに。

「さっき見せられたのは……千年前に、本当に起きたことなの……?」

「……でも、この都市には、魔物以外には……『蛇』の魂しか残っていません。ここに暮らしていた人たちは、きっと脱出したんです。そうでなければ、魂が迷っているはずです」

アイリーンとユマの話を、師匠は顔を伏せたままで聞いている。

その姿を見ただけで、俺は気づかずにいられなかった。彼女は真実を思い出している。この都市に本当に起きたことが、何なのかを。

「地を這う者よ、お前たちは私の力を恐れ、絶やすことなく監視を続けようとした。私の作り出した眷属によって排除されても、再びここまで侵入してきたのは、私を再び眠りに就かせるためか。翼を持つ蛇に手が届くと思うのか?」

初めは無機質だった言葉が、明確な意思を持ったものに変わる。それは、蛇が――彼女が久しぶりに人間と対話したからだろうか。

俺たちを敵視している。翼を持つ蛇――浮遊島の動力であった存在を敵に回すなど、今までとは比にならない難関だ。

だが、決して苦難でも、超えがたい試練でもない。

妖精の力を借りてここに来たのは、蛇の顔を見て帰るためではない。師匠を犠牲にすることなく、王都の崩壊を防ぐため……つまりは。

「蛇よ……お前が何のためにもう一度目覚めたのかは分かった。この迷宮の上に王都を作ったのは、初代アルベイン王の意志だろう。お前を封印し続けることを、彼はおそらく義務として背負った。自分の仲間が、蛇を封じるために身を捧げたことが理由だ」

「っ……まさか、あの人の姿をした部分は……!」

ミラルカが声を上げる。あれは元から蛇の一部だったのではなく、誰かが犠牲になり、蛇と一体化した結果だ。それを知った仲間たちは、動揺が隠せなかった。

「なぜ……王都の民をいつか巻き込むかもしれないと知っていて、そんなことを……?」

コーディに問われ、俺は考える。想像するしかないことだが、答えは今まで得た情報から見えていて、必ずしも的外れではないと思った。

「……自分の仲間が犠牲になったことを、人々に忘れさせないためだ」

そのためなら、例え王都が滅ぶかもしれないとしても構わない。そんな狂気じみた考えに至る理由は一つだ。

それが間違っていないということは、奇しくも『蛇』自身が示してくれた。

「国を救った者が、ただ無償で犠牲を払う英雄であったということはない。あの男……アルベインは、救おうとした民までを、私の道連れにしようとした。私はそれからのことは知らない。贄の魂が擦り切れるまで待ち、自らの意思を取り戻すまでは、ここでただ待ち続けていた」

贄――あの人間の部分には、もう元の人格は残っていない。

「……あんたは……師匠のことを覚えてないのか?」

「……やめて、ディー君。お願いだから……そんなこと、聞かないで……っ」

師匠が声を絞り出す。蛇はその首を、俺たちとほとんど同じ高さまで下げると、残酷な事実を告げた。

「私が守るべき者たちの生き残りは、一人もいない。私の気分を害さないうちに、立ち去るがいい」

――魂が、擦り切れている。その言葉通りの答えに、やるせなさが満ちる。

何を責めればいいのか。『蛇』を創り出し、見境なしに復讐しろと命じた何者かか。そんなことをしても意味はない。

自分を犠牲にして国を救うなんてことは決してしたくないと思っていた。その気持ちは、今でも変わっていない。

犠牲になる気も、誰かを犠牲にすることもない。ただ、それだけの話だ。

「師匠、今は戦わなくてもいい。俺たちのことを見ててくれ」

「……ううん。私も、戦わなきゃ……私が何もしなかったら、彼女と友達だったことが、本当になかったことになっちゃうから」

『蛇』の人の部分は、師匠の友人。それを聞いて皆の瞳には、敵意ではない闘志が宿る。

「……負けられない。例え神様みたいなものでも、私たちには関係ない」

「こんな言い方をするのは何だけど……蛇よ。貴女はもう、眠るべきだ。もし無念を晴らせというなら、それは僕たちに託してくれてもいい」

コーディの申し出に耳を貸すことはない。蛇は首を持ち上げ――そして、蛇の前方の足元に、二つの魔法陣が現れる。一方は大きく、もう一方は人ひとりが中にちょうど入れるの大きさだった。

大きな魔法陣から姿を現したのは、翼を持つ巨人だ。十人を薙ぎ払えるほどの巨大な片刃の直刀を持ち、全身を鎧で包んでいる。

もう一体は、爬虫類のような下半身を持つ、 蛇人(ラミア) のような姿をした女性だった。頭を覆う鉄仮面を付けており、その中から長い髪が伸びている――上半身には金属の小片を継ぎ合わせて作られた 鉄片鎧(ラメラーアーマー) を身に着けていて、右手には三叉の矛を、左手には体の全面すべてをカバーできるほど大きな盾を持っている。

「 蛇人(ラミア) ……我が魔王国でも、種の起源が知られていない魔物ではあったが。もしや、この迷宮から生まれたというのか……?」

「そうかもしれないし、蛇の眷属っていうことで、偶然同じ姿だったのかもな」

ヴェルレーヌに答えながら、俺は瞬時に作戦を組んだ。前衛の三人のうち、アイリーンは巨人を、コーディは蛇人を相手にする。そして俺が相手にするのは、『蛇』だ。

中衛と後衛の皆にも指示を出す。能力強化の魔法によって、全員の判断速度を上げている――これで、俺からの指示を送ってからの遅れは最小限に減らせるだろう。

(――行くぞっ!)

「おぉぉぉぉっ!」

「――鬼さんこちらっ! こっちが鬼だけどね!」

「見せてもらおうか……蛇の眷属の力が、どれほどか……っ!」

俺は剣を携えたまま、空中に駆け上がる――跳躍した瞬間に転移を発動させ、一瞬で蛇の頭部まで飛び上がると、魔法で強化した剣で斬りかかる。

―― 斬撃回数強化(スピリット・ブレード・アタックライズ) ――

瞬間、蛇の頭を覆うように不可視の壁が生まれる――無数の斬撃を壁が防ぎ切り、俺の魔力と敵の魔力がせめぎ合って、眩いほどの光を放つ。

そして俺は空中で、彼女と視線を合わせる。光をものともせずに目を開いたまま――その上半身には、遠目には見えなかったが、全身に呪文のような文字が浮かび上がっていた。

贄となるために、自ら施したものなのか。本来なら、彼女も被害者であったのかもしれない――だが、戦わなければ何も希望は見出せない。

「我を憐れむか。地を這う者よ、自らの身の程を知れ」

「憐れんでるんじゃない……もっと違う形で会ってればと思っただけだ……っ!」

彼女の手がこちらに向けられ、俺の剣を防いだ魔力の壁が強さを増し、空中に投げ出される。蛇の長大な胴体が動いて、俺に追い打ちをかけようとする――しかし。

蛇の顎が俺に食らいついてきた瞬間、俺は短距離転移を使い、蛇の後方に回る。そして魔力の斬撃を一点に集約し、『突き』を放った。

ゴォン、と轟音が弾け、蛇の頭が突いた方向に吹き飛ぶ。だがその一撃を、蛇は柳のように受け流していた――したたかなことに、魔力の壁も完璧に展開している。反応が一瞬遅れながらも、俺の技の前に割り込んだのだ。

俺は蛇の首を蹴り飛ばし、距離を取る。そしてもう一度攻勢に転じるとき、同時に他の皆の状況を把握した。

(私の打撃が全然通らない……でも、これならっ!)

アイリーンはすでに八体まで分身を増やし、その一つ一つが赤い魔力を纏いながら、あらゆる方向から巨人に攻撃を繰り出している。

「「「「――修羅双掌波っ!」」」」

四体の分身が、巨人の足に集中して攻撃を入れる。ぐらりとバランスを崩しかかる巨人だが、剣を突いて踏みとどまり、床を削り取りながら強引に剣を後ろに薙ぎ払い、アイリーンの分身を消し飛ばす。

「おあいにくさまっ……はぁぁっ! 『羅刹烈旋蹴』っ!」

巨人の肩を足場にして、アイリーンの本体が敵の顔面を横薙ぎにする一撃を放つ。研ぎ澄まされた蹴りは巨人の鉄仮面を轟音と共に断ち割り、その下にある顔が見える――だが、それだけでは終わらない。

「『修羅残影拳・百花乱舞』!」

再び分身を作り出したアイリーンが、巨人に八方から猛襲をかける。それを見上げていたミラルカが、陣魔法を完成させる――装備破壊を狙っていたのだ。

――『限定殲滅型六十六式・粒子断裂陣』――

鎧さえ壊してしまえば、あとはアイリーンの打撃で倒しきれる。

「しまった……っ、アイリーン、逃げなさいっ!」

だが、巨人の鎧の下にあったものは――肩に直接埋め込まれた、無数の攻撃用の魔道具だった。

「きゃぁっ……!」

「――アイリーンッ!」

巨人の肩から炎が吹き上がり、巻き込まれたアイリーンは、身体を庇うようにしながら落ちていく。

ただの炎なら、アイリーンは体を覆った魔力で防げるはずだ。しかし彼女の服は焼け焦げ、髪を結んでいた紐も燃えて、桃色の長い髪が広がる。

「させないっ……!」

すかさず助けに向かったのは師匠だった。転移してアイリーンを拾い上げ、巨人の追撃を避けるために連続で転移し、中空でアイリーンに回復魔法を使う。

さらに追撃しようとする巨人を牽制したのは、シェリーとコーディだった。魔力で射程を伸ばした鞭で打ちすえられ、下からしゃくりあげるように光弾を撃ち込まれて、巨人はようやく怯み、たたらを踏む。

その隙を突いて、コーディと交戦していた蛇女が動く。仮面の奥の瞳が怪しく輝き、放たれたのは魔力の光線――それからコーディを突き飛ばして守ったのはヴェルレーヌだった。

「くぅっ……!」

「っ……ヴェルレーヌさんっ……!」

しかしヴェルレーヌの展開した防御魔法を一瞬のせめぎ合いの後に貫き、光線がヴェルレーヌの肩にかすめる。服が破り裂けるが、ヴェルレーヌは燃えるように瞳を輝かせて、スカートの中に仕込んでいた短剣を蛇女に投げ放つ。蛇女はそれを盾で防ぐが、次の瞬間にはコーディが肉薄していた。

コーディの剣技に追随できる者などいない――俺以外に。その認識を塗り替える光景が、そこにあった。

蛇女が、盾でコーディの光剣を防いでいる。ただの金属なら紙のように切り裂く光剣が打ち返される姿は、信じがたいものだった。

盾に隠れながら、蛇女が笑ったように見えた。見えずともそれを感じ取ったコーディの殺気が、冷たく、どこまでも研ぎ澄まされていく。

「――甘く見るなっ!」

コーディが吼えた。彼女がそれほど闘志を剥き出しにする姿を、俺はとても久しぶりに見た――だが。

盾を回り込むようにして光弾を撃ち込む戦法に出ようとしたとき、コーディの持つ光剣の威力がわずかに弱まる。

(コーディ、退けっ!)

それを初めから知っていたかのように先読みし、蛇が大盾を突き出しながら勢いで突進する。

それでも退かず、さらに斬りこもうとした。しかし光剣を受ける直前に大盾を魔法で強化し、蛇はコーディの剣をついに捌いて、反撃の隙を見つけ出す。

「―― 光幻影(ライトブリンク) っ!」

三叉の矛が走り、コーディを貫こうとする――だが、一瞬だけ早くコーディは光を屈折させて自らの位置を蛇に誤認識させ、矛の直撃を免れた。

「うぁぁっ……!」

しかしコーディの腕を掠めた矛の三叉に分かれた刃の一つが腕を切り裂き、血しぶきが上がる。さらに追撃を仕掛ける前に、俺の思考を師匠が読み取り、蛇女の矛を妖精の剣で受け止めた。

「……私の仲間は……絶対に、殺させないっ……!」

師匠は蛇女に肉薄する――彼女もまた、肉体を魔力で強化できる。しかし瞬間的に膨大な魔力を注ぎ込んでも、蛇女と剣を交えて押し合うだけで限界だった。

アイリーンはユマの前に立ち、ぼろぼろになりながらも、巨人に向けて構えを取っている。ミラルカは再度詠唱を始め、巨人の魔道具を破壊しようとする。

だが、その時には既に遅かった。蛇の胴体全体が発光し――防ぎようのない無数の魔力弾が、俺たち全員に向かって放たれる。

(地を這う者よ。翼持つ蛇の力を知り、自らの無力を知るがいい)

何も考えず、皆を守れる位置に転移し、全力で魔力の壁を展開する。

ミラルカの陣魔法のように特殊な魔法でなければ、広範囲を破壊するためには甚大な魔力が必要になる。そんな魔力を扱える存在などいないと、見くびっていた。

相手は『蛇』――この島を動かしていた、途方もない力を持つ存在だというのに。

「私に勝った勇者を……銀の水瓶亭の力を、見くびるなっ!」

ヴェルレーヌが叫ぶ。召喚魔法で呼び出した名も知らぬ巨大な魔獣が、ユマ、アイリーン、シェリーの盾となる。

俺は全員を守ろうとする。限界も、自分の体が壊れることも構わず、皆の盾となる。

「ディックさん、だめっ! だめぇぇっ……!」

ユマの声が聞こえる。だが、こうなってしまった以上は、リスクを背負うべきは俺――ギルドマスターである俺だ。

――後衛から皆をサポートしていれば、それでいい。魔王討伐の旅の間に、俺はそれを真理だと考えていた。

だが、実際にはどうだ。

いつでも俺が皆を守れるという自信の上で、傍観者を気取っていただけじゃないのか。

蛇の顎が開かれ、そこからも魔力弾が打ち出される。衝突の刹那、俺はもう一度、誰かの叫びを聞いたような気がした。