作品タイトル不明
第199話 魔神具の力、そして神の座へ
「……っ、魔神具が……搭乗者があなたになったことで、反応している……」
「反応……?」
「そう……魔神具は、『遺された民』が作ろうとした偽りの神に対抗するもの。魔力感応型対神装具……乗り込む人によって大きくその力が変わる……!」
「――ゴァァァァァァッ!」
咆哮と共に、擬神が俺たちに向かって攻撃してくる。空間の歪みをぶつける攻撃ではなく、それは純粋な魔力による攻撃――周囲を破壊し尽くすあの攻撃だった。
『――お父さんっ!』
飛行戦艦が世界中の霊脈から集めた力が、スフィアの声と共に、俺に『接続』される。
流れ込んでくる――この世界が生き続けようとする力そのものが、魔神具に流れ込み、新たな力を与えてくれる。
『失われた者たちの意志を受け継ぐ者よ。目覚めの時は来たれり』
『――力ある言葉を唱えよ。そして魔神具は、覚醒の時を迎える』
魔神具そのものが俺に訴えかけてきているのか、それとも遺されていた意志そのものが語りかけてきているのか。
そのどちらでもいい。全てはできることをやってから考えればいい――。
「……我が声に答え、在るべき姿に戻れ……『 翼神再醒(リバースウィング) 』!」
マキナが乗り込んでいた金属の殻は、『心臓』だった。
乗り込んだ者の能力に応じ、そして注ぎ込まれた魔力量が大きければ、魔神具は在るべき姿を取り戻す。
『腕』だけではない。両足、頭、そして翼――その一つ一つが魔力を圧縮して物質として形作られていく。
まさに『魔神』。五体と翼を得たその姿は、金属の外殻に身を包んだ翼持つ巨人。
かつて空に憧れ、そして空から落とされた浮遊島の民の遺志が、形を持って蘇っていた。
『……マキナ……魔神具を……その者に、渡しては……』
ヒューゴーの声が聞こえる。擬神の放つ破壊の力を、魔神が展開した防壁が抑え込んでいく――それはどれだけ高度な技術を持っていても、人間が作れる領域のものではない。
「――ガァァァァァァッ!!」
擬神はまだ余力を残していた――周囲の空間を歪ませながら、魔神を破壊し、押し返そうとする。魔神具を手に入れようとする意志よりも、脅威が勝ったのだ。
「ディック……このままでは……っ」
世界中の霊脈を通じて得た魔力でも、擬神の力を抑え込めていない。魔神の外殻がひしゃげ、吹き飛び、再生し――少しずつ、押されていく。
(魔神具は俺の力、マキナの力、そして霊脈を通じて流れて込む力を反映している……それでも足りないのか? 異空の神の力は、どこから……っ)
――擬神の後方に位置している、クヴァリス。
その後ろにある空間が大きく裂けている。裂け目の向こうに見えているのは――異空の神がいた『神の座』なのか。
あの場所から、生物の気配は感じられない。どんな光景が広がっているのか、想像がつかない。
人間の営みを理解しようとしないものが、俺たちの世界や第二世界だけでなく、他の世界の人々の命を、何の感情もなく奪ってきたのかもしれない。
繰り返させはしない――もう、終わらせなければならない。
だが、今持てる力だけでは、異空の神の化身となった『擬神』を倒すには足りない。
『――ディック、しっかりしなさい!』
『ミラルカ……』
ミラルカの声が聞こえてくる。それだけではなく、魔道具のピアスから、仲間たちの声が聞こえてくる。
『ディック、あたしたちの力を使って! 全部持っていっちゃってもいいから……っ、スフィアちゃん、そういうことはできる!?』
『うん、みんなが強く願ってくれたら……お父さんと一緒に戦いたいって気持ちだけで、力は届くから……っ』
「……『 皆(みんな) 』……そうか……しかし、そんなことが……」
「ディック……それが、魔神具を私より使いこなせると言った理由。あなたは私よりも、ずっと多くの人々に繋がっている」
まず流れ込んできたのは仲間たちの力――『 霊装竜(レギオンドラゴン) 』の 核(コア) と呼応して、魔神具はより多くの魔力を集束し、際限なく力を増していく。
『ディック、僕の力も……何度でも僕たちは、一つになれる。どんな困難だって、そうやって乗り越えてきたはずだ……!』
『ご主人様、私の力も……それだけではない。精霊界にいる者たちの力も全て、ご主人様に託す。私の全てを使って、この世界の未来を掴んでくれ……!』
コーディとヴェルレーヌ。飛行戦艦の中にいる仲間――それだけではなく。
『ディックさん……スフィアさんの力で、世界全ての霊脈が繋がっています。私たちが今まで出会った人たち、そしてまだ出会ったことのない人たち。皆さんに呼びかけて、少しだけ……ほんの少しだけでも、力を……っ!』
ユマの力が、飛行戦艦の直下の海中にある霊脈の社に注ぎ込まれる。
――世界中の霊脈の社が、一斉に呼応を始める。ユマの声なき声による訴えが、人々に届いたのだ。
王都アルヴィナスにいる仲間たち。魔王国エルセインでヴェルレーヌを慕う者たち。
そしてラトクリスのメルメアと、ジナイーダ将軍を始めとした軍人たち。復興を果たした人々も――。
これが限界ではなかった。『魔神具』は、遺された民の願いを形作ったもの。
『異空の神』がもたらす滅び。それを終わらせるために作られた、全ての生命の持つ力を集めるためのものだった。
「……もう、終わりにしよう。俺たちは自分たちが思うように生きていく。そのために、あんたを倒さなくちゃならない」
擬神は何も答えない。始まりを告げる合図は何もなく、目の前にいる擬神の姿が消える。
カインの身体を操っていた時に見せた、超加速による転移を上回る瞬間移動。
――それも今の俺なら、完全に読むことができる。
『ディック、いくよっ!』
『ああ……技を借りるぞ、アイリーン!』
――魔神修羅・残影三連蹴破――
アイリーンの技を、魔神に乗り込んだままで発動させる――初めての試みでも、それができると俺には分かっていた。
擬神が魔力を圧縮して作り出した槍が突き出されるが、貫いたのは残影。三つの質量を持つ実体が同時に蹴りを放つ――ミラルカの『零式』の破壊力と鬼神の力、そして膨大な魔力を込めて。
擬神の肩に突き刺さった蹴りは超硬質の装甲を爆砕させ、もう二つの残影が放った突き上げるような蹴りで胴体ががら空きになる。
逃げるように転移し、別の場所に現れた擬神。その五体に巨大な光の剣が突き刺さり、爆発する――それでも沈まず咆哮して周囲を破壊する力を放つ擬神だが、それを外側から二重の結界が包み込み――圧縮し、破壊の力を逃さず擬神自身に浴びせる。
剣精ラグナの光剣、そして盾精と鎧精リーヴァの作り出した二重結界。その一つひとつもまた、魔神を介して今までと比較にならないほど力を増している。
「――ガァァァァァッ!」
辛うじて転移して自滅を逃れた擬神が、なりふりかまわずにこちらに組み付こうとする――しかしそれもまた残影に過ぎない。
擬神は自爆を試みた――異空の神は、魔神具との戦いを放棄しようとした。
それも成らず、擬神が選択した行動は。
「逃げられる……また、外の世界に……っ!」
別世界に逃げられれば、追うことはできない。そうすれば、次はいつ襲来があるのかも予測できないままで備えなければならなくなる。
世界を渡って逃げる存在を倒すことはできないのか。
――答えは、否だ。
『ディックさん。また、大変な戦いをしているみたいですね』
聞こえる声の主は――紛れもない、ディノア・シルバー。
ミラルカの力を借りて、今の俺は『時空間転移』の術式を発動できる。
『時空間転移』は、同じ世界のどこにでも移動できるというだけではない。マキナが俺たちを別の世界に送り込んだときにも、その術式は使われている。
『ディノア、すまないが今度はこっちに力を貸してもらえるか』
『私でできることでしたら、いつでも……でも、ディックさんに私の力でお役に立てるでしょうか。別世界の同一存在といっても、実力の差は歴然ですし……』
『この世界の外側にいるディノアから力を借りることに意味があるんだ』
『……分かりました。どうすれば?』
『祈ってくれ。依頼を無事に達成できるようにな……!』
時空間転移で求めたのは、ディノアだけの力じゃない。
どれだけ存在するのか分からないが、俺という同一存在がいる『並行世界全て』。
俺は剣精の力を借りて、魔力剣を魔神の手に召喚する。そして、別世界の俺の力も全て一つに集束させる。
そして生まれる刃は、時空を超える力を持つ。理論ではそのはずだが、全ては終わってみなければ分からない。
マキナは言葉もなく俺のすることを見ている。
皆の声が聞こえる。その全てが俺にいつも勇気をくれる――。
『……ディー君。お願い……私も、これからも続いていく世界を、見たいから……』
師匠の声。死を願っていた彼女は、もういない――そう、心から思ってもいいだろうか。
「この世界を解放してもらう。もう、思い通りにはさせない……!」
剣を構え――そして、擬神の姿が見えなくなり、何も無くなった虚空を切り裂く。
「うぉぉぉぉぉっ……!」
――魔力剣・ 最大終極強化(アルティメットライズ) ・ 次元断裂(ディメンジョン) ――
初めは音が消え、赤い空が『止まる』。
空に亀裂が生じ、地平の果てにある雲が二つに分かれ――その姿が消失していた擬神が現れ、その胴体が上下二つに分かれる。
『……すまなかった。マキナ……私の娘よ……どうか……』
それは確かに、ヒューゴーの声だったのだろう。
最期にマキナを娘と呼び、彼は逝った。ユマの言う神の国で、彼は懐かしい人々と、再開することができているだろうか。
「っ……く……ぁぁ……」
マキナは一度しゃくりあげると、俺の肩に頭を埋めるようにして泣いた。
父の復讐のために、その人生を捧げてきた彼女は――それを終えたあと、どう歩いていけるのだろうか。
分からないが、今の彼女には共に戦った仲間がいる。
「……マキナ。君が果たすべき役目は、ここまでだ」
「っ……ディック……」
――魔法創生 時空間転移――
マキナを転移させた先は、飛行戦艦――仲間たちにも離脱してもらわなければならない。
『ディック殿、何をなさろうと言うのです……っ、擬神を倒した今、なぜ……!』
グラスゴールからの念話が聞こえる。
『そっちからも見えてるだろう。「神の座」に続く裂け目が、広がり続けてる……クヴァリスも向こう側に飲まれ始めた。異空の神は、まだ滅んじゃいないんだ』
『そんな……ディック、一度戻りなさい! そのまま行くなんてことは……っ!』
『大丈夫だ。今の俺なら負けることはない……仕事は完璧に終わらせないと、寝覚めが悪いだろ?』
そんな言葉で、ミラルカを説得することができないのは分かっている。
――けれど、いつも手強く、俺の詭弁を許さない彼女は。
『……必ず戻ってくるって、約束しなさい。あなたには、責任を取ってもらわないといけないんだから』
『ありがとう。どんな責任かは、戻ってきた時に聞くよ』
『……馬鹿。こんな言葉で終わらせたら、一生許さないから……っ』
向こうに行って戻ってこられる保証があるのか。異空の神を完全に倒すことが、果たして本当に可能なのか。
不可能であっても、可能にする。俺たちはいつでもそうしてきた――今回も同じだ。
「さて……」
「……お父さん」
彼女は全く気配を悟らせず、魔神具の中に入り込んでいた。さすが俺の娘だ、と言いたいところだが――いや、もはや野暮な言葉は必要ない。
「スフィアも一緒に行くか。お母さんたちに心配かけるけど、いいのか?」
「お母さんたちが心配するから、ついていくの。もう、言ってきたから」
「……そうか」
俺はスフィアの頭を撫でる。彼女は目を潤ませて、こぼれかけた涙を拭きながら笑った。
娘と共に、俺は必ず帰ってくる。魔神具に託された、多くの人の力が、きっと俺たちを守ってくれるはずだ。
広がり続ける空の裂け目に向かって、赤い空を横切っていく。
誰もが望む当たり前の明日を、次の千年先まで続けていくために。