作品タイトル不明
第194話 それぞれの戦いと棄てられた英雄
◆◇◆
グラスゴールは飛行戦艦の甲板に上がる――迫り来るのは、コーディとミラルカの攻撃を受けながらも、飛行戦艦に取り付こうとする竜翼兵だった。
「――ガァァァァァッ!」
「捨て身の執念か……哀れな」
グラスゴールは『無形翼』を展開して竜翼兵を弾き飛ばす――だがその瞬間、竜翼兵の身体が弾け飛び、膨大な魔力が爆散する。
「くっ……!」
『グラスゴール様、ご無事ですかっ……!?』
「私は問題ない。しかし接近させずに落とさなければ、自爆に巻き込まれる……!」
『左舷方向より、敵編隊が接近しています……コーディ殿の射撃で落としきれません!』
制御室にいるシャロンとカルウェンから念話を受け、グラスゴールは左舷に回る。四枚の翼を前方に展開し、コーディの射撃を受けてもなお向かってくる竜翼兵を阻む――それと同時に、竜翼兵たちは同時に自爆し、空に火球が生まれる。
「くっ……う……ぁぁ……」
「――グラスゴール、僕が直接出る! 君は援護に回ってくれ!」
「っ……コーディ殿……頼みます……っ」
『コーディ、少しこの場を頼める? 気がかりなことがあるのだけど……』
コーディがミラルカからの念話に微笑む――そして、バニングが飛行戦艦の上を通る瞬間に飛び乗り、左舷方面から迫る敵に向けて手をかざす。
「ラグナ……ここが僕らの正念場だ。行くよ……!」
コーディは長く共に戦ってきた剣精に呼びかける――すると、その手の内に、光そのもので形作られた剣が姿を現す。
―― 光剣(ライトブレード) ・ 光刃強化(レイザーエッジ) ――
コーディの光剣は、離れた敵に対しても高い威力を発揮する。しかし真価を発揮するのは、剣士としての間合いで光剣を振るったときである。
「――はぁぁぁぁっ!」
「グォォォォォッ!」
バニングが加速し、コーディが振るう剣が空に光の軌跡を描く――すれ違った竜翼兵は翼を切り落とされ、成すすべもなく堕ちていく。
「――ガァァァッ!」
「っ……!」
コーディの後方で爆発が起こる――竜翼兵が最後の力で自爆したのだ。
まるでそれに呼応するように、まだコーディと接敵していない竜翼兵が腕と翼を広げる。
(捨て身……SSランクの限界まで強化されていながら、自爆を厭わない。同時に数体が連鎖して爆発すれば、その威力は……っ!)
『――コーディ!』
「っ……ディック……!」
コーディの瞳が落ち着きを取り戻す。離れた場所でも、『彼』の目の届く範囲であれば、強化魔法はその力を発現する。
―― 光剣(ライトブレード) ・ 攻撃回数強化(アタックライズ) ――
「――はぁぁぁぁっ!」
コーディが放った斬撃は、強化なしで放った時よりも鋭さを増す――一振りで四つの斬撃が生じ、竜翼兵が爆散する。
「っ……!」
―― 光剣(ライトブレード) ・ 聖弾幕(ホーリーシュラウド) ――
コーディは続けて嵐のような光の連弾を放ち、爆風を押し返す。バニングは加速して自爆の範囲から逃げ切り、旋回して体勢を整えた。
「ありがとう……いい子だ、バニング」
「グォッ……」
首元を撫でられ、バニングが返事をする。騎馬に乗った時と変わりなく、すでにコーディはバニングを乗りこなしていた。
『さすがね、コーディ……このまま守備を任せられる?』
『ああ、ディックの支援があれば問題は無さそうだ。自爆すると分かっていれば、近づかれる前に落とすだけだからね』
ミラルカからの念話にコーディは微笑んで応じる。ディックからの強化魔法が届いていることは、肌で感じることができた。
『頼もしいわね……じゃあ、少しだけお願い。一つ気になっていることがあるの』
『気になること……ディックが戦っている相手のことかい?』
『いいえ、クヴァリスのことよ。魔力が炸裂した痕跡があるの……誰かが竜翼兵を押さえるために、強力な魔法を使ったみたい。ディックから念話で聞いた限りでは、それは行方が分からなくなっている列席二位の可能性がある』
『……助けに行くのかい?』
『ええ。まだ無事でいると思いたいのだけど』
ミラルカは事も無げに答える――クヴァリスに接近するということは、竜翼兵だけではなく、まだ出てきていない兵器と戦闘になる可能性があるということだ。
『今ディックが戦っている相手は、列席の第一位……敵に操られてしまっているのよ。自分で言うのも何だけれど、相手を正気に戻せるとしたら、近しい人物の協力が必要になるかもしれない』
『加減できる相手ではない……時間は限られている。分かった、ミラルカ。頼んだよ』
『ありがとう。あなたも気をつけてね』
コーディの遥か遠くにいたミラルカが、『世界の渦』を迂回し、北の空に向かう。彼女を妨害しようとする竜翼兵に、コーディは光弾を打ち込んだ。
「君たちにはこちらを向いていてもらう。仲間の邪魔はさせない……!」
攻撃を受けた竜翼兵が、編隊を組んでコーディに向かってくる。バニングが咆哮し、加速を始める――そして高速ですれ違う一瞬に、竜翼兵たちの身体を剣閃が走り抜けた。
◆◇◆
「――っ!」
感覚のみで攻撃を回避する。移動に使用するのは常に疑似転移でなければならない。
―― 転移瞬速(ワープブースト) ・ 縮地(ゼロディスタンス) ――
『異空の神』はこの世界の外側から、どこからでも『裂け目』を作って入り込んでくる。
その力を借りたカインに間合いというものは関係なく、常に死角からコーディの光剣と同等の速度で斬撃を放ってくる。
(その一撃一撃が、山一つ崩すほどの斬撃……海の上でなければ、地形が変わっていたな……!)
再び殺気を感じ、転移して回避する。俺がいた場所が空間ごと垂直に断ち割られ、遥か眼下にある海面が二つに分かれた。
カインは姿を見せたまま、こちらを向く。その邪気のない笑みと、一分の躊躇もない殺意の落差は全くぞっとしないものがある。
「やはり思っていた通りだ……この力を手に入れる前の俺では、君には届かなかっただろうな。分かるだろう? 今の俺はクヴァリスを動かしていた力を身体に取り込んでいる」
「……それでもクヴァリスは動いている。最低限の力を残したのか?」
「あれはいずれ高度を下げ、海に沈むだろう。『遺された民』が一人も生きていないあの島は、盟主にとっては純粋に憎悪すべき対象だ」
「そいつは勝手が過ぎるな。落ちた島が周囲に与える影響なんて、今のあんたたちは考えもしないだろうが……あんたは別の大陸じゃ、人々にとっての英雄だったんじゃないのか?」
カインはすぐに返答しない。迷っているのか――いや、違う。
「強者は弱者を守らなければならない。俺もそう思っていた時期はあったが、それは始まりから終わりまで続けなければならないことじゃない。ディック、君は本国では勇者ではなく、一介のギルドマスターとして生きているそうだな」
「……ああ」
「俺は自分がいた国で、救国の英雄の扱いを受けたあと、王になることを求められた。だが、俺はそんなことに興味は無かったんだ。国を脅かしていた魔物がどれだけ強いのかを確かめたかった。しかし王になれという求めを拒否したとき、俺は国に居場所を無くしてしまってね。権力者たちが価値あると見なす王座を否定した、異物と見なされたのさ」
それは、表向きの理由だろう。カインが権力の座を望まないことに付け入り、彼を国の中枢から遠ざけようと動くものたちがいた――推測ではあるが、よくある話だ。
「君なら分かるだろう? 俺がそのとき、どう思ったか」
「利用しておいて掌を返すなんていうのは、珍しくもない話だ。そういう人間が全てでもない」
「……君は裏切られないように、ギルドマスターという形を選んだ。しかしそれでも、君たちの力を利用しようとする者はいたはずだ」
「そうだな。だが、俺は自分の意志でやるべき仕事を選んできた」
宰相ロウェの意向を受け、俺たちは王都地下迷宮の攻略に挑んだ。師匠が犯した罪の償いとして、ロウェは師匠が犠牲になる可能性を知っていて策を巡らせていた。
憤りはしたが、ロウェがそんな判断をしたのも分からなくはない。彼は文官であり、頻発する地震の原因が推測できても、それを解決するための具体的な力を持ち合わせていなかった。
「君はギルドマスターとなり、自分から権力の座を遠のいてもなお、その力を求められている。それを『利用されている』と感じたりはしないのか」
仲間と一緒にヴェルレーヌと戦い、アルベインに戻ってきた頃の俺は、誰にも利用されず、自分の好きなように生きたいと思っていた。
今でもそれは変わっていない。しかし好きなように生きることは、人に関わらないように生きるということじゃない。
ギルドに集まってきてくれた連中、様々な形で知り合った人々。王都アルヴィナスという街そのものに、今は何にも代えがたい愛着がある。
「考え方次第だ。利用されていると思うのか、頼られていると思うのかはな。俺にとってはそういうものなんだ」
「……そうか」
カインの返答は短いものだった。その声は、俺には失望しているようには聞こえなかった。
「訂正しよう、ディック。君は俺とは違う」
「分かってもらえて光栄だ」
答えた直後、カインの姿が消え、俺がいた場所に不可視の斬撃が走り、空が割れる。
俺はすでに転移を終え、別の場所に姿を現す。カインとは違う原理だが、俺もこの空の見渡す限りの範囲において、どこにでも瞬時に移動することができる。
『俺の剣に予兆はない。君は数瞬先の未来が見えている……どうやってそんな境地に至った? 魔道具か、それともアルベインの剣技か……!』
「どちらでもない。先読みに『四人分』の思考を割いてるだけだ」
『……はははっ……ははははははっ。やはり君だ、ディック。俺は君と戦うために、この力を手に入れた……!』
カインは決して、今のように戦いのことしか頭にないような男ではなかったはずだ。
――しかしカインの迷いに『異空の神』が付け入ったとするなら。ヒューゴーの復讐の意志を捻じ曲げ、自分の尖兵としたのならば。
「あんたが操られていなかったら、俺と戦うことにはならなかったかもしれないが……違う形で、剣を合わせられたかもしれないな」
カインが繰り出す斬撃を読み、そして移動した先で、さらに俺は剣を振る。
――蒼刃流刀術奥義 雲散破山(うんさんはざん) ――
直上の死角から斬りかかってきたカインの剣とぶつかり合い、衝撃が広がる――空に浮かんでいた雲が吹き飛ばされる。
「これを受けるか……ディック……!」
「俺の仲間も、俺が知る限りじゃ世界最高の剣士だ……あんたも大したもんだがな……!」
同時に互いを押し飛ばした直後、俺はさらに転移する。カインの追撃が続き、斬撃で赤い空が断ち割られ、空に巨大な軌跡が描かれる。
「どうした、ディック……そちらからは切り返さないのか?」
カインの言う通り、俺はずっと守勢に回っている。異空の神の力を借りたカインを捉えるには、ただ『この世界におけるカイン』を攻撃するだけでは届かない。
異空の神がいる、この世界の外側とも言える場所。そこにカインが『いつでも移動できる』ということは、カインはこの世界と外側に二重に存在しているということになる。
『スフィア、聞こえるか?』
『うん、お父さん。ずっと傍にいるよ』
『カインが消えるとき、俺には霊体に変化してるように見えた。奴は別の空間にいる本体と霊体を、入れ替えながら戦っている可能性がある』
『お父さん……そのために、ずっと反撃しないで、相手の攻撃を見てたの?』
それでも断定には至らない――今の段階で賭けに出なければならないのはリスクがあるが、これ以上続ければカインもこちらの考えに気づくだろう。
時空間転移による、別世界への移動。異空の神が存在する空間にこちらから干渉するには、その原理を利用するしかない。
『奴が二つの世界にわたって存在するとしたら、こちらもそうする必要がある。チャンスは何度も巡ってこないが、やるしかなさそうだ』
『うん……っ、次で何とかしなきゃ……!』
俺は分身体を全て統合した状態で戦っているため、霊体となったカインに干渉することは難しい。しかしスフィアの力を借りられるならば――。
切り札を切れるのは一度きり。二度目からはカインに見切られてしまう。
『――そろそろ勝負をつけよう、ディック。次に反撃できなければ、君は死ぬ』
宣言と共に、赤い空から溶け出すようにカインが姿を現す。
その姿が、三つに――いや、視界を埋め尽くすほどの人数まで増えていく。その全てが実体を持っているかのように、俺の五感が錯覚する。
それは俺が相手にしている存在が、神に等しいものではなく、神そのものであることをまざまざと見せられるような光景だった。