軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第193話 相対する強者と侵食する異空

彼女(ユマ) が戻ってきた――そう感じた俺は、叫んでいた。

「――ユマッ!」

「はい、ディックさん!」

ユマがマキナの魂に触れている間も、俺たちはマキナとの交戦を続けていた――巨人の腕を俺とスフィアが二人で受け止め、ヴェルレーヌはマキナのいる金属の殻に『薙ぎ払う者』による斬撃を放とうとしているところだった。

「皆さん、もう大丈夫ですっ……マキナさんに私たちと戦う意志はありません!」

「『沈黙の鎮魂者』が言うのであれば、間違いはあるまい……!」

ユマの声に応じてヴェルレーヌは『薙ぎ払う者』の召喚を解除する。こちらもスフィアと共に受け止めていた巨人の腕の圧力が消え、空中に戻っていく。宙に浮かぶ金属の殻の中で、マキナは、頭に被っていたものを外した。

その姿は、見目麗しい少女だった――スフィアの姿と同じくらいの年頃に見える。

「驚いたな……いや、『奇跡の子供たち』なんて呼ばれた俺たちが言うことでもないか」

「私は何となく分かってたよ、マキナちゃんのこと」

「まったく……あの強さを前にして、その平和な反応とは。ご主人様もスフィアも肝が据わっているな」

マキナに戦闘の意志がないと分かると、皆が構えを解く。地上にいたスオウとミカドも参戦しようとしていたが、地面に座り込んでいた。

「おいおい……一応それなりに長い付き合いだってのに、俺たちは全く説得できなかったんだぞ。それを、一度出会ってすぐにだと……?」

「同年代の少女同士の方が共感はしやすいということかな。それとも私たちが、彼女との繋がりを組織あってのものと考えすぎていたか……いや、私たちの意識が違ったとしても、ユマ殿のようにはできていないだろうな」

ミカドの尽きない賞賛に、ユマは照れているようだった――冒険者強度は肉体や魔法の強さが数字に現れがちだが、ユマの能力をもし数字に置き換えるなら、間違いなく世界で一番だろうと俺は思う。

ここでマキナと俺たちのどちらかが倒れるというのは、最悪の展開だった。『異空の神』はヒューゴーとカインを自分の陣営に引き入れるという一手で、マキナまでもを無力化する可能性があった――カルウェンの時に仲間を操られるリスクは十分理解していたが、自分の目が及ばないところで状況が変化するのはどうにもできない。

(そうならないように『情報網』を作ったんだがな……国の外に目を向ける時期は、もっと前から来ていたんだ)

王都アルヴィナスのうらぶれたギルドからでも、王国の中で起きていることを把握はできる。

しかし、思うことはあった。ラトクリス魔王国のメルメアのように、国の外で俺たちの力を必要とする者がいたとき、それに気づけず見逃しているんじゃないかと。

ベルサリスの遺跡迷宮で、師匠は贖罪として犠牲となることを求められた。俺はそれを受け入れられずに、覚悟をしていた師匠を困らせた。

あの時俺は、師匠の覚悟に気づけなかった自分自身に対して憤っていた。

――今も、同じだ。俺が知らない場所で、俺が守るべき人々が危機に脅かされていたことを知らずにいた。

世界の全てを見渡すことなど、それこそ神にしかできないことだ。しかし今から神と戦おうとしているのなら、『それくらいのこと』はできて当たり前だ。

「……ディックさん、皆さん。マキナさんの心の中で見たものを、可能な範囲でお伝えします。マキナさん、よろしいですか?」

「……ユマがそう言うのなら、それでいい」

ユマというのは愛称だと知らずに口にしているのだろうが、アイリーンはマキナの口からその名前が出てきたことに微笑んでいた。ユマも少し恥ずかしそうにしている。

ユマが祈り始めると、魂の波動を介して、直接彼女の見たものが流れ込んでくる。

盟主はマキナの父親だった。精神体となり、列席一位のカインの身体に宿って、異空の神を討ち果たそうとして――罠にかかってしまった。

『遺された民』は神を作り出そうとして、異空の神から滅ぼす対象を見なされた。

神というものが、自分に近づこうとした者の驕りを罰した――そういうことなのかもしれないが。

「……理不尽だな」

「うん……例え神様を作ろうとすることが悪いことなんだとしても、一方的に滅ぼそうとするのは、勝手だと思います」

「話し合う余地など初めからない、それが異空の神なのかもしれぬが。そんなものの存在を知って、今後も忘れたように生きていくことなどできぬ……か」

スフィアとヴェルレーヌが俺に呼応する。仲間たちは、俺と同じ意志を共有してくれている――神と戦うこと自体が間違いだという考えは、誰も持っていない。

ベルサリス、クヴァリス、そして別世界を襲った異空の神。いずれも、倒すことができなければ多くの犠牲を出した――二千年前の浮遊島の民たちと同じように。

「俺たちは、盟主……ヒューゴーを止めなければならない。カインの実力がどれくらいかはまだ見ていないが、異空の神が彼らを尖兵として使うつもりなら、その力は跳ね上がっているはずだ」

「……あなたたちではカインを止められない。列席二位のアストルテはカインを取り戻そうとして、竜翼兵の群れに挑んで……そのまま消息を立っている。生きていても、もう戦える状態にはないかもしれない」

SSランクの竜翼兵でも、異空の神によって強化され、群れを成せば、それほどの実力者を凌駕する戦力になってしまう。

同じランクの六人以上でパーティを組めば、上のランクの相手を倒せる。それは冒険者の中での定説だが、敵が連携した場合の脅威を意味してもいる。

「……列席上位の六人以上でパーティを組むというのは、不可能だよ。連携が可能な組み合わせを見つけるだけでも難しいからね。カインと共闘して互いの能力を引き上げられるのはアストルテだけだった」

「そういう意味でも、俺らはディノ……ディックのことを、唯一無二と思ってるわけだ。カインの能力に合わせられない俺の力不足でもあるがな……」

スオウとミカドの俺に対する評価が急に上がった理由はそういうことか――と納得しつつ、まだディノアに未練を残しているスオウには少し同情する。ミカドもしっかりと気づいていて、スオウを見て笑っていた。

「やっぱりお父さんって、列席の人たちから見ても凄いんだね。娘として鼻が高いです」

「強化魔法を扱えること、それだけでなく戦況分析が完璧で、先読みもできる。いざとなれば自分が最も秀でた攻撃役になることもできる……まさに冒険者としての理想形と言える。ご主人様さえ良ければ、他の大陸にもその存在が知られるべきだ」

「今は俺のことは良くてだな……アストルテは竜翼兵を止めようとしたが、止めきれなかった。そして『世界の渦』を襲撃されたってことでいいのか」

「……そう。もう、時間がない。盟主様を操った今、『異空の神』が次に考えることは……」

――その瞬間。

マキナを目に見えない何かが打ち据え――彼女は乗り込んだ金属の殻ごと吹き飛ばされる。

「マキナッ……!」

「――私のことはいい! 『異空の神』はもうそこにいる……!」

「っ……!」

視界が赤く染まる。宙空に生じた赤い裂け目から溢れる光が、辺りを禍々しく染め上げる。

裂け目から姿を現したのは――赤い鎧を身につけた、血のような色の瞳をした男。

「カイン……あんた、一体何やってんだ、そんな姿になっちまって……」

「……ここにあるという『魔神具』を取りに来た。今の俺は、盟主に命令されているわけじゃない。俺の主は、俺たちが『異空の神』と呼んでいたものだ」

「アストルテはどうした……? 君がそうなるのを、黙って見ていたとは思えないが」

ミカドの質問に、カインは口元を釣り上げる――今まで見せていた邪気のない表情からは想像がつかないほど、それは歪んだ笑みだった。

「俺を……いや、俺たちをと言うべきか。最後まで、止めようとしていたよ」

「――貴様ぁぁぁぁっ!」

「うぉぉぉっ……!」

ミカドが咆哮し、白く輝く雷を放つ――同時に、スオウが巨大な剣を構えて爆炎を纏い、カインに向けて飛ぶ。

―― 紅王剣(クリムゾンブレイド) ・ 炎龍覇(ドラゴンバースト) ――

―― 雷獣変化(サンダートランス) ・ 白牙(ホワイトファング) ――

大剣がカインの身体を薙ぎ払い、雷が五体を射抜く――しかし、カインの身体は赤い影となって薄れ、忽然と消える。

「なっ……!」

「速い……いや、そんなものじゃない……!」

「――そう。俺はここにいても、お前たちの攻撃は届かない」

スオウとミカドの後ろに、二人のカインが現れる――質量を持つ残影ではない。

二人ともが、本物のカインにしか見えない。なぜそんなことが可能になるのか、考える前に俺は動いていた。

――修羅二重影・転移瞬烈・――

残影を超加速させ、二人のカインに斬撃を浴びせる――だがカインは、腰に帯びた反りのある長剣の柄を握り、視認することも難しい一撃を放つ。

――蒼刃流刀術奥義 斬釘不動(ざんていふどう) ――

俺の残影二つの剣だけでなく、腕までが斬り飛ばされる。カインが剣を納める速度も、およそ人間が知覚できる領域を超えている。

(これほどの剣士が、まだこの世界にいたのか……!)

「……ははっ。はははははははっ……!」

「何がおかしい……っ!」

「まだ、終わっては……っ!」

二人のカインに向けて、スオウとミカドの追撃が放たれる。しかしカインの身体を捉えることはできず、再びその姿が消え、別の場所に現れる――一人に戻って。

「ディック……ディック・シルバー。君が『第二世界』で見せた力について、盟主ヒューゴーが抱いた感情が分かるかい?」

盟主は自らの手で『異空の神』を葬ろうとしていた。

そのためにカインの身体を借りた――そんな人物が、俺に対して抱く感情は。

「そうだ……嫉妬だ。『列席』という組織を作り、『異空の神』に挑む強者を集めようとしてなお、ヒューゴーには我執が残っていた。『遺された民』は人間と似て非なるものだと思っていたが、長く生きられるというだけで、人間と何も変わらないんだよ」

「……どこまでが、あんたの真意なんだ? カイン」

「さあ……どうだろうな。俺は今の俺も、俺であることに変わりないと思っている」

「……異空の神の側に付いても構わなかった。それが貴様の本音なら、騙されていたのは……」

カインはもう一度凄絶な笑みを浮かべる。ヴェルレーヌの言う通りだと言わんばかりに。

「俺が興味を持っていたのは、異空の神を倒すことじゃない。世界を滅ぼすほどの力を持つものがどんな存在か、それを知りたかっただけだ。なあディック、君になら俺の気持ちが分かるんじゃないか?」

「お父さんは、あなたとは違います……っ! 人を笑って傷つけようとするあなたと、一緒にしないでください!」

「……そうだな。俺には、カイン……あんたの気持ちは分からない」

カインが浮かべていた笑みが消える。

強者であるがゆえに、その力を向ける先を失うこともあるのかもしれない。人を救うためではなく、自分のためだけに力を使う、その考え自体は否定できない――思うままに生きたい、それは俺が求めた自由でもある。

しかしその自由は、人々が当たり前の日常を送ってこそ得られるものだ。

誰もいない荒野で好きなように生きたとして、それで得るものにどれだけの価値があるだろう。

王都の人々――俺が知る全ての人々。これから出会うだろう人々が、笑い、泣き、日々を重ねていく。その端に俺がいて、皆がいる。

その『当たり前』を取り戻すために、俺たちは今ここにいる。

「……残念だ。だが、それでいい……ディック、君と俺は戦わなくてはいけない。やはり、そう決まっていたんだ」

――何の前触れもなく、殺気が俺の身体を包む。

どこにでも自由に現れられる――そしてカインが得意とするのは、魔力によって研ぎ澄まされた超高速の斬撃。

斬られていることにも気づかずに、斬られている。今から反応しても、既に――。

「……っ!」

――斬られたという概念が、事実になる一瞬前に。

カインの姿が、忽然と消える――いや、俺たちも。全員が転移させられ、『世界の渦』の地上部分まで戻されていた。

「……やはり、凄まじいものがあるな。これが世界間転移を可能にした技術か……」

「お父さんっ……良かった……」

スフィアは俺が『斬られ』かけたことを理解していて、無事を確かめるように抱きついてくる。

すでに様子見の時間は過ぎている。カインが姿を現したときから、備えはしておくべきだった。

『――ディー君、北の空にクヴァリスが見えてる!』

『さっきから、ばらばらに敵が飛んできてるけど……一斉に来られたら、ちょっと厳しいかも……っ』

『分かった、すぐ行く!」

「スフィア、行くぞ! ヴェルレーヌ、ユマを頼む!」

「うむ……っ、ご主人様、心して行くのだぞ!」

「ああ!」

ヴェルレーヌにも心配をさせてしまった――何が起きたのか、彼女にも凶兆を感じ取れていたのだろう。

二度と遅れは取らない。今の俺にできる、個人の戦闘能力を最大に引き上げる魔法を使う。

――『 真影分身(シャドウトゥルース) ・ 五の扉(フィフス・ゲート) 』――

俺を含めて五人の分身を作り出し、再びその力を一つに集約する。人間の身体では扱いきれない力を宿すために、見出した一つの到達点。

「――おぉぉぉぉぉっ……!」

――『 螺旋拘束解除(スパイラルリリース) ・ 限界解放(リミットバースト) 』――

何の前触れもなく、本来なら知覚することもできない攻撃。しかし俺の感覚と思考速度が通常の五倍を超えれば、一つ先の領域に踏み込める。

(――そこか――!)

高速で高度を上げ、雲を突き抜ける瞬間に、俺は一つの残影を残した。

現れたカインが不可視の斬撃を放つ。残影が切り裂かれた瞬間、こちらも剣を繰り出している。

「っ……!」

耳をつんざくような金属音と共に、俺の剣とカインの剣が打ち合わされる。

「ようやく見えたな……カイン」

「ああ、そうだ……そうでなくては困る。ディック、君は俺の……っ」

カインが全て言い終える前に――光が走り、その頭に横から叩きつけられる。

超長距離から撃ち込まれた光剣にすら反応し、カインは素手で受け止めていた。その顔からは、再び笑みが消えている。

「俺が知る中で最高の剣士が、あの戦艦にいる。隙を見せればいつでも射抜かれるぞ」

「……すでに俺は、アルベインの魔王討伐隊を相手にしていたということか」

『そう……コーディでなく私にも、あなたは見えている』

――多重破壊型無式・ 塔花(とうか) ――

「――うぉぉっ……!!」

ミラルカの声が念話を通じて聞こえた瞬間、カインのいる空間を、連鎖する破壊の波が走り抜けていく――カインの姿は破壊に飲まれたが、再び別の場所に現れる。

『あなたに逃げ場はないわ。観念して投降しなさい』

「――そなたらは、クヴァリスに目を向けなくてはならない。私はこの身体を使い、ディック・シルバーを排除する」

カインの口調が変化する――盟主の人格が、今は表に出ているのか。

北の空から接近してくるクヴァリスが、無数の竜翼兵を差し向けてくる――狙う先は分散している。俺以外の仲間を足止めし、飛行戦艦を落とそうというのだ。

「ディック、あたしたちに任せといて!」

「私たちが、ディー君の邪魔はさせないから!」

師匠とアイリーンが、黒竜に乗って竜翼兵たちを迎撃に向かう。

『お父さん、私は……』

スフィアは念話で語りかけてくる。その意図を察した俺は、スフィアに答えを返す。

どこにでも現れ、瞬時に消えるカインを捉えるための秘策――それを実現するには、スフィアの力が必要になる。

「――ディック・シルバー。アルベインを、そして第二世界を救った英雄よ。私はそなたを倒し、この世界を無に戻そう」

「ヒューゴー……あんたが望んだことは、そんなことじゃない。必ず目を覚まさせてやる」

マキナは魔神具を守るために、世界の渦の深部に残っているのか――それも危険はあるが、今のヒューゴーの目は完全にこちらを向いている。

今は皆が時間を稼いでくれているうちに、ヒューゴーを止める。俺は無銘の剣を握り、数秒先の未来までを読むために、己の全てを研ぎ澄ませた。