軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第160話 騎士たちの騒乱と渓谷の遺跡

王都アルヴィナスの訓練所で、コーディは木剣を手にして、倒れている騎士団員の様子を見ていた。

「……団長殿……彼らは、素晴らしい……彼らのためにその御力を……」

「すまないが、顔も知らない相手に従うことはできない」

コーディは木剣を翻し、最低限の力で騎士団員を昏倒させる。ディックやユマなら、無傷で眠らせることもできた――しかしそれは無いものねだりだとコーディは考える。

騎士団の中でも精鋭であるBランク以上の騎士たちのみで行われる実戦訓練。その訓練の最中、何者かに操られた騎士たちがコーディに襲いかかってきた。

本来のランクよりも強さを増した騎士たちを相手にしても、手加減して倒すことはそれほど難しくはなかった。しかし部下を打ち据えたことが、少なからず罪悪感を生む。

(ディックからの知らせでは、僕自身が狙われるかもしれないということだったが……必ずしもその必要はなかった。僕を足止めできればそれでいいということか)

「……コーディ様。皆との手合わせは、もう終わったようですね」

訓練所の入り口に、一人の騎士が姿を現す。その名を呼ぶ前に、コーディは異変に気づいていた。

ティミス――ディックの 薫陶(くんとう) を受けたことで頭角を現し、急速に強さを増した第二王女が、周りに倒れた騎士たちを一瞥もせずに歩いてくる。

「私ともお手合わせをいただけますか? もう騎士団の中では、同等の訓練ができる相手がいなくて困っていたのです」

日頃のティミスは自分の力に驕るようなことを決して口にしない。彼女もまた操られていることを察したコーディは、木剣を構える。

――ティミスの首に着けられた首輪を見て、コーディは唇を噛む。ディックが廃絶に努めた魔道具に酷似したそれが、なぜ今ここにあるのか。

「……今の発言は、君の真意じゃない。ティミス、僕は君を解放する」

「解放などと……私は今、とても光栄に思っているのです。ディック様と共に戦ったあなたと、一合でも交えることができるのですから……っ!」

騎士団での特別な待遇と、それに見合う実力を得ようと悩んでいたティミスの姿をコーディは思い出す。『銀の水瓶亭』の力を借りて火竜討伐を成し遂げたあとも、彼女は槍の腕を磨き続けた。

それでも人間の戦闘評価は、一年の修業を経て数百も変化することはない。ティミスの才能と努力は、ほとんど上限に近い成長を実現した――しかし、それでもAランクにはまだ遠い。

そのティミスの力が、AAランク近くまで一気に引き上げられている。ディックから報告を受けた通りに、首輪を着けられたことで力を引き出されているのだ。

「――やぁぁぁっ!」

ティミスの槍を、コーディは 体捌(たいさば) きのみで避ける――普段のティミスならそこで大きな隙ができるところを、槍の戻りが速く、二度、三度と突きが重ねられる。

「全力で突いてもかすりもしない……どうしてです……っ、どうして同じ人間なのに、そんなに強くなれるのですか……っ!」

コーディはディックの言っていたことを思い出す。

人は理解できないものを恐れる。強いということは、恐怖の対象に見られるということ――騎士たちがコーディに向ける視線にも、常に隠しもしない畏怖があった。

「私など全く相手にもならないというのに、なぜ避け続けるのです……っ!」

首輪のみを破壊する――それを可能にするには、刃のない木剣ではなく、光剣を用いる

必要がある。

「一瞬だけでも、騎士団長に近づきたい……誰もがそう思っています。私もっ……!」

結い上げた髪を翻しながら、ティミスが渾身の突きを繰り出す。瞬間、首輪から溢れた魔力が、およそティミス自身には不可能な動きを、一撃の間だけ可能にさせた。

それを見てコーディの瞳に宿った感情は動揺ではない――怒り。

「――仮初の強さを与えて壊すなら、そこに正義などあるものかっ!」

―― 光剣(ライトブレード) ・ 光刃強化(レイザーエッジ) ――

コーディの木剣が、剣精によって強化される――そして生じた光の刃が、ティミスの繰り出した魔力を込めた突きを受け止め、その力をそらす。

「っ……!」

槍に絡みついた赤い魔力が、コーディの剣まで絡め取ろうとする――身体能力の限界を超えた突きを放ったティミスの鎧は砕け、唇の端から血が伝う。

(いけないっ……!)

一刻も早くティミスを呪縛から解放しなければならない。そう決意したコーディは、剣精の力で生み出した短剣でティミスの首輪を狙う――しかし、その瞬間。

「――いけません、コーディさんっ!」

訓練所に響いた警告の声に、コーディが手を止める――そして後ろに飛んで距離を取った瞬間、ティミスの身体を結界が包み込んだ。

「浄化してから外してあげなきゃだめなの……そうじゃないと、コーディ君が操られちゃう……!」

「――邪なる囁きで、神の子を誘惑する者よ……約束の地へと還らん……!」

ユマが祈りを捧げると、浄化の波動が訓練場を満たす――倒れている騎士を包んでいた赤い魔力が消え、そしてティミスの着けた首輪に宿る力もまた浄化されていく。

「くぅっ……うぅ……ぁぁっ……」

ティミスは結界を内側から破ろうとするが、それができないうちに浄化は終わり、結界が解けるとその場に倒れ込む。コーディは駆け寄って、力を失ったティミスの身体を抱きとめた。

「……この首輪がティミスと、騎士たちを操っていた。そういうことなのか」

「うん……ミラルカちゃんやアイリーンちゃんが、どうやって操られたのか。それも、今わかった……首輪を壊しちゃうと、壊した人に呪縛が乗り移る。あの赤い光は高密度の魔法文字で、それを読み解けば何をしてるのかは分かった」

リムセリットは力を失った首輪を、ティミスの首から外す。そこに残った赤い痕を、リムセリットは指をなぞらせるだけで治癒した。

「……リムセリットさん。あなたの回復魔法は、やはりディックに似ている」

「ディー君は私より上手だよ。あの子が見よう見まねが上手なのは、私のことを見てたから……私の全部を、一緒にいるだけで吸収しちゃった。すごいよね」

そう言って笑うリムセリットを見て、コーディは思う。そうしてディックの成長を喜び、どれだけリムセリットが期待していたのか――そしてその思いで、初めはどんな結末を望んでいたのかを。

「飛行戦艦に、操られたアイリーンちゃんとシェリーちゃんが来て、何とか止められた。グラスゴール君が頑張って時間を稼いでくれたからね。今はスフィアちゃんが見てくれてる」

「他に、操られている人は……?」

「ユマちゃんは王都全部の人の魂を感じとれるから、もう大丈夫だと思う。敵はきっと、ディー君とミラルカちゃんを連れていくために陽動を仕掛けてきたんだと思うから」

ディックを助けに行かなくていいのかとコーディは言いかけ、リムセリットの顔を見て、それが愚問であることを悟った。

「ディー君に何かあったら、私は地の果てまで敵を追いかけて消し去ってやる」

リムセリットは笑っている――狂気を湛えた微笑みではない。ただありのままに事実を言っているだけという顔で。

「……でも、ディー君は大丈夫だから。だから私達は、できることをするの。相手に仕掛けてきたことを後悔させてあげなきゃ」

「僕もできることをしよう。僕たちはまた、自分たちの役目を果たさなくてはいけないようだ」

「相手が一人ではなく、もっと大きな力かもしれないというなら……私はもう誰も傷つかないように、しなければいけないことがあると思います」

『沈黙の鎮魂者』であるユマが、首輪の力を消し去るために神聖魔法の詠唱を行った。それは彼女の決意を示していた――人々を、仲間を守らなければならないという。

「……ユマがいなければ、取り返しのつかないところになるところだった。僕は君の力と勇気に、心から敬意を表する」

意識を取り戻そうとしているティミスが、コーディの腕の中で身じろぎをする。それを見て三人は安堵し、束の間互いを労りあった。

◆◇◆

どこからか、冷たく湿った風が流れてくる。

目を開いてすぐに、俺は自分がどこにいるのかを悟った――そこは、記憶にある場所だ。

「北方渓谷……地下の、遺跡迷宮か」

広大な洞窟――その北側に抜ければ、エルセインの側に出る。騎竜戦を行ったときのことを思い出しながら、俺は表面を土埃に覆われながらも、朽ちることなく形を残している石床を踏んで進んだ。

『――アルベイン王家が発見しながら、捜索を試みずに放棄した迷宮。その鍵を、あなたは持っているはずです。それを使っていただければ、破壊するよりも効率がいい』

どこからか、声が響いてくる。俺に姿を見せるつもりはなく、誘導しようというのか。

「……何をしようとしてる? この遺跡に何があるのかを知ってるのか」

『多くの遺跡には、素晴らしい叡智が眠っています。この王国の迷宮のどこかに、私達が探し求めていた 星の遺物(ステラファクト) が眠っている可能性がある……』

「そのために、俺たちを狙ってきたのか? 回りくどいことをするんだな」

『ディック・シルバー……そして、ミラルカ・イーリス。私はあなたがたの力を目の当たりにして、純粋に敬意を抱いたのです。しかしその強さを些事に使い、眠らせているようなら、それを罪であると断じましょう』

「……勝手なことを言う」

俺は進む――ミラルカも見ているなら、もう一度姿を見せた時は逃さない。

短い階段を上がったところに、鍵穴も何もない扉がある。飛行戦艦でも見た仕掛け――違うのは、この扉には鍵があるということだ。

ここで使うとは思っていなかったが、今は持ち出している。マナリナからの依頼で譲り受けた、『王家のしるし』を。

「俺がこれを持っていなかったらどうするつもりだったんだ?」

『そのときは違う余興を考えたでしょう。あなたが所持者であることは、ミラルカさんから情報を得られました』

「……ミラルカの心を捻じ曲げるようなことをしたあんたを、許すつもりはないぞ」

答えは返らない。律儀に返事をする必要もないということか。

俺はペンダントの形をした王家のしるしを取り出す――すると、遺跡迷宮の扉が呼応し、光の筋が走る。それは扉の形を描き、石壁が左右に開き始める。

近くにいた気配が、遺跡の内部へと滑り込むように移動する。その軌跡を、俺は逃さず目で追う――何度も見せられれば、手の内は徐々に見えてくる。

奥に誘われていると理解しながら、俺は石壁に囲まれた廊下を進む。浮遊島が地下に埋もれて遺跡になったものではなく、おそらくこの地に辿り着いた浮遊島の民が作ったものだ。

しかし、生きている者の気配はしない。遺跡の扉は数百年も開かれないままで放置され、元は侵入者を撃退するためのものだったろうゴーレムが配置されているが、俺が横を通り過ぎても全く反応すらしなかった。

――師匠と同じ時を生きている人間がいたら。それがありえないことだと、師匠は初めから分かっていたのだろう。

アルベイン王国に五つ存在する遺跡。師匠はその存在を知っていても、自分から調べようとはしなかった。それは初めから、中にある結果を理解していたから――もしくは。

「……怖かったのか。そうだよな……」

ディアーヌの犠牲を目の当たりにした師匠は、記憶を封じなくてはならなかった。生き残ったという罪悪感だけが残り、不老不死の身体で永い時を過ごして、俺に出会った。

だが、師匠は死を望むことはなくなった。その生きる理由が今は儚くても、 娘(スフィア) を見る時の師匠は、確かに流れる時間の先を見ている。

それを奪おうとする者は、誰であっても許さない。『覇者の列席』がどんな組織であろうが、得体の知れない『呪紋師』であろうが。

辿り着いた先は、広い部屋だった。見上げても天井は闇に飲まれて見えない。

しかし床が淡く輝き、その姿を映し出している。ミラルカ・イーリス――そして、部屋全体を見下ろせるような高い足場の上にいる、二人の姿。カルウェンと、フランだ。

「……ミラルカ……お嬢様……」

フランの声は小さく、しかし広い空間に反響して俺の耳に届いた。

俺は仲間の過去を調べることはしなかった。ミラルカの母が、なぜ王都にいないのか。ミラルカと従者のフランが、どんなふうにあの家で日々を過ごしてきたのか。

――今になって、知りたいと願う。ミラルカのことを、そして皆のことを。

今更遅いと言われてしまうかもしれない。自分が誰かに求められているなどというのは、幻想だという思いが常にどこかにある。

その幼さを捨てるために、俺はここに立っている。俺がもっと早く捨てなければならなかった脆さに、ミラルカは気づいていたのだろうから。

「……あの人は、ミラルカにとって大事な存在なんだな」

「……近くにいてくれたというだけよ。彼女は、ずっとあの家にいてくれた」

「そうか。じゃあ……何としても、守らなきゃならないな……!」

答えの代わりに、ミラルカの足元に魔法陣が広がる。魔法陣は輝きを放ち、回転しながら上昇する――そして。

彼女の青い服が、黒く変わる。『破壊』の先にある『無』とは対極の概念――『再構築』。

「……今の私は、あなたの仲間としてのミラルカじゃない。一人の魔法使いとして、あなたの前に立っていると思いなさい」

「ああ……そうだな。中途半端な戦いをしたら、おまえは戻っては来ないだろうからな……!」

魔法使いという職業は、前衛が詠唱の時間を稼いでこそ真価を発揮する。

その常識は、SSSランクを超えた魔法使いに通用するものではなかった。

俺も、皆もまた、ミラルカを絶大な威力を持つ攻撃魔法の使い手と思っていた。しかし魔法は使い方次第で、戦闘におけるあらゆる要素を補うことができる。俺が攻撃と防御の両面において魔法を使っているように。