軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第159話 極光の盾と聖女の祈り

「私の防御が、まるで役に立たない……そのような力を持ちながら、なぜ……」

「自分で言うのもなんだけど……こんな姿、見せられないでしょ。怖がられちゃったら、いくらあたしでも笑ってられないし」

アイリーンの持つ能力である『鬼神化』。人々はそれを知らないが、アイリーンが鬼族の血を引いていることから『妖艶なる鬼神』と呼ぶ。

彼女の目の色が赤く変化したときから、グラスゴールも感じていた。かつて地上を支配していた種族の一つと言われる鬼族――今は角を持つ亜人種とだけみなされているが、かつて鬼族は確かに『鬼神』であったのだ。

「……それでも。強さを渇望する者は、貴女のような相手を見て、思うことは一つだろう。純粋な強さは、美しいということと……同じだ」

「そういうのは、翼のあるグラスゴールさんの方が似合ってるよ」

口の端に伝う血を拭い、グラスゴールは立ち上がる――実体化したリーヴァの姿が光に変わり、グラスゴールの鎧へと変化する。

「あたしはこれ以上やる気はないよ。もう終わってる勝負は……」

――アイリーンが全て言い終える前に。

「――スフィアちゃん、ユマちゃんをお願い! 私がアイリーンちゃんを止めるから!」

「うん、お母さんっ!」

空から声が響く――アイリーンが空を振り仰いだその瞬間、降り立ったリムセリットが『妖精剣』を切り払う。

アイリーンはその連撃を避け、三体の分身がリムセリットに次々と攻撃を繰り出す。その全てを短距離転移で回避し、リムセリットは剣を繰り出す――その一体が、アイリーンの本体であることを確信して。

「ディックと同じ太刀筋……やっぱり剣を教えたのは、リムセさんだったんだ……!」

「ディー君は見よう見まねで覚えちゃっただけ……今はもうずっと私より強くなっちゃったけどね……っ!」

アイリーンの三体の分身を、防御結界が押し止める。分身でも一撃で破れるはずの結界が、破った途端にもう一度展開される――それはディックの多重防御結界と似たものだった。

リムセリットとアイリーンの本体が激しい攻防を続ける。それは、飛行戦艦の内部から幻燈を通じて見ているシャロンには視認できない速度で行われていた。

「あたしは……っ、リムセさんとずっと本気で戦いたかった。だから、嬉しいよ……っ!」

「自分が操られてるって分かってても、そう思ってくれてるのなら……っ、私も嬉しい……でも、今こうしてるのは、違うよね……っ!」

「だからまだ本気で戦ってくれないの……? ずっと努力してたんだよね、ディックに許してもらうために……元のリムセさんは、もっと強かったんだよね……!」

リムセリットは答えない。舞うような剣閃と共に、高度な魔法を維持し続ける――しかしシェリーまでが戦いに加われば、対応しきれないことを理解していた。

「――これはディックのためにもなること。ディックを守るためにできること……それは、あの人達に属して、その力を借りること」

アイリーンとシェリーの感情全てを捻じ曲げるのではないからこそ、彼女たちが全力でこちらに向かってくる。リムセリットはそう理解し、シェリーの言葉から、彼女たちの意志の一部が確実に歪められているとも気づく。

「リムセさんも楽しいってことだよね……笑ってくれてるのなら、そういう……っ」

「――違う。私は嬉しいと思ってる……ディー君のことが大事っていう気持ちが、今の二人をそうさせてるって分かったから……でもね、私にそうする資格がなくても、言わなきゃいけないことがあるの……っ!」

リムセリットの剣をすんでのところで避け、アイリーンがカウンターの蹴りを放つ――それをリムセリットは受け流してみせる。

アイリーンと組手をするとき、ディックも見せることがある技。それを見た時にアイリーンが覚えた感情は、憧れに近いものだった。

「――ユマちゃんっ!」

「はい……っ、お二人の魂を、もとある姿に……スフィアさん、一緒にお願いします!」

「うん、ユマお母さんっ……!」

ユマの力は、魂の穢れを浄化する――その浄化の対象には、他者を操ろうとする力も含まれている。リムセリットがアイリーンの攻撃を 凌(しの) いでいるうちに、ユマはアイリーンとシェリーの魂をその目で見て、彼女たちを操るものの姿を見ていた。

魔法文字――王都である程度普及している魔道具に使われているものより遥かに高度で、それでいて原始的な形をしたもの。それは文字というよりも、数百の図柄を組み合わせ、絵のように織り成したもの。

「お二人の魂は、違う色と形に見せかけられています……けれど、その中にある本質は変わってはいない。その姿を覚えている私達なら、元に戻せます……!」

「邪魔はさせない……!」

シェリーが鞭を振るう――それは本気で傷つけるためのものではなく、しかし牽制のために地面を抉るほどの威力を持つものだった。

しかしシェリーの鞭は、ユマたちの前に出現したリーヴァによって防がれる。それを見ながら、リムセリットと打ち合っていたアイリーンの身体に、全ての分身が戻っていく。

「ディー君も同じようにしてた……アイリーンちゃんはディー君に影響を与えてる。傍にいるだけで彼のことを強くしてる……ミラルカちゃんにも分かって欲しい。ディー君は一人で強くなれたんじゃなくて、みんなと一緒だから強いんだっていうこと……!」

「――お説教は、あたしを倒してからにしなよ。あたしは強い人の言うことしか聞かないよ……っ!」

――四身合一・阿修羅断滅――

アイリーンは肉体の限界を、その一瞬だけ凌駕する。分身の二つは限界を超えた力を生み出し、もう二つは肉体の破壊を防ぐためにその力を費やす。

大気を震わせるほどの力を充溢させたその拳は、鬼神の闘気で赤に染め上げられていた。

「リムお母さんっ……!」

スフィアの声が響く。リムセリットは妖精剣ではなく、何も持たない腕をかざす――そして、その名を呟いた。

「――もう一度、あなたの力を貸して……『楯の精霊ヒルダ』……!」

アイリーンの拳が振り抜かれ、一瞬の後にリムセリットの周囲の樹木が寸断される。遥か後方の空までが拳圧で切り裂かれ、雲が割れる。

――それでも、アイリーンの拳を受けたリムセリット自身は倒れていない。額のサークレットが割れ、全身の防具が破損しているが、腕に生じさせた光輝く盾を構えたまま、二つの足で立っている。

―― 光盾(ライトシールド) ・ 極光璧(オーロラウォール) ――

リムセリットが契約している固有精霊、『楯精』。その防御力は鎧精に匹敵し、一点に収束した力を防ぐ能力は並ぶものがない。

その楯を持ってしても防ぎきれないアイリーンの一撃を、リムセリットはただ賞賛した。彼女の腕に装着するようにして現れた小さな楯に、亀裂が入っている。

アイリーンの赤く染まった瞳に、闘争本能以外の感情が過ぎる。その口元に浮かんだ笑みの意味を、リムセリットは悔しさによるものだと感じ取る。

「あーあ……これだけ死にものぐるいでも、やっぱり勝てないか」

「そんなことない。どんな楯も鎧も、アイリーンちゃんは壊せるから……でも、唯一壊せないものがあるとしたら……」

言葉の代わりに、リムセリットは妖精剣を構える。

魔力による剣の強化。それはリムセリットがディックに見せ、彼が独学で発展させたものの、まさに原点と言える技だった。

―― 魔力剣(スピリットブレード) ・ 斬撃回数強化(アタックライズ) ――

「――はぁぁぁぁっ!」

剣を魔力で強化し、攻撃回数を増やす。アイリーンはその全てを紙一重で見切り、回避する――しかし身につけている武闘着は少しずつ切り裂かれていく。

「ユマちゃん、スフィアちゃんっ!」

「「はいっ……!」」

リムセリットの声に応じてユマとスフィアが祈る――回避を続けていたアイリーンは、リムセリットの無数の斬撃を捌ききったところで足を止めた。シェリーもまた、振るおうとしていた鞭を止める。

「……ありがと……リムセ、さん……」

「……っ」

糸が切れるようにして、アイリーンとシェリーがその場に倒れる。彼女たちの背中から生じた赤い光は、解れるようにしてばらばらになり、そして消えていった。

「はぁっ、はぁっ……ちゃんと封じておかなきゃ……」

リムセリットは懐から紙のようなものを取り出す――戦闘の間に破れてしまっていたが、それは彼女にとって問題ではなかった。

「文字は紙の上が一番定着するからね……空気に溶けてるなんて、物騒で仕方ないから」

アイリーンとシェリーから離れた赤い光が、リムセリットの持つ紙に吸い込まれていく。そして、紙に精緻な紋様が浮かび上がった。

「鬼の模様と、蛇の模様……一人ひとりの持つ力に対応して操ってる。つまり、私たちが戦ってるのはSSSランク以上の術師っていうことになるね」

リムセリットの言葉を聞いたあと、ユマとスフィアが倒れている二人に駆け寄る。心配そうに覗き込むが、ただ眠っているだけだと分かると、二人は揃って胸を撫でおろした。

「良かった……もう、 邪(よこしま) な波動は感じません」

「アイリーンお母さんと、シェリーお母さん……どうして二人が、悪い人に言うことを聞かされちゃったのかな……」

「……二人の言ってたことからすると、ディー君のためって言われちゃったのかな。本当は違ってるって分かってても、魔法で考えを変えられちゃってた」

アイリーンがディックのために強くなりたいという考えは、操られてなお変わっていなかった。願望を変えることなく操ることで、力を最大限に引き出す――ミラルカも同じであったのなら、ディックとの戦いは 熾烈(しれつ) を極めることになる。

「ミラルカちゃんは、きっと敵に操られてる。敵はミラルカちゃんを利用してディー君を倒すか、仲間に引き入れようとしてるんだと思う」

「私とスフィアさんなら、二人の戦いを止められるのではないでしょうか……?」

「相手がユマちゃんたちの力を、正確に把握してるかは分からない。ユマちゃんの浄化の力は常識外れだから……でも、それがディー君にとっても、ミラルカちゃんを取り返すための可能性になると思う」

リムセリットは言いながら、薙ぎ払われた樹木の切り株に背を預けているグラスゴールに近づく。治癒魔法を発動すると、グラスゴールの傷が癒え始める。

「アイリーンちゃんとシェリーちゃんを相手にして、大変だったでしょう……私が二人同時に相手にしてたら、負けちゃってたと思う」

「時間を稼げばあなた方が来てくれると分かっていたから戦ったようなものだ。戦艦を破壊されては、我が主に申し訳が立たない。しかし、リーヴァに頼り切りになってしまった」

「私もヒルダに頼ってるからね。ディー君がいつでも呼び出せるように返しておかなきゃ……ユマちゃん、他に操られてる人は王都の中にいる?」

「はい……一瞬だけ、邪な気配を感じました。これから駆けつけても間に合うと思うのですが」

飛行戦艦を覆っていた結界は破れ、王都の方角まで突き抜けたアイリーンの攻撃の余波で、真っ青な空が広がっている。その方角を見ながら、ユマは少し申し訳なさそうな様子で言った。

「コーディさんが騎士団の訓練場で、操られた騎士団員の方々と戦ったようです……コーディさんに倒された方々は気絶しているようなので、今のうちに浄化をしなければいけません」

「そっか……コーディ君にぶつけられるような人って、なかなかいないもんね。レオニード君やカスミちゃんたちのことは私たちが守ってたから、結果として良かったのかな」

「相手の人は、ミラルカお母さんを連れていくだけでも良かったのかもしれない。ミラルカお母さんは、他のお母さんたちの中でも一番……」

リムセリットはスフィアが全て言い終える前に近づき、娘の頭を撫でる。

「ミラルカちゃんは、本当に強い娘……ディー君には頑張ってもらわなきゃいけないけど、きっと大丈夫だと思う。ミラルカちゃんを連れ戻すための方法をちゃんと持ってるから」

ユマは目を閉じ、祈り始める――それはディックとミラルカの無事を祈るためのものだった。