軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第141話 遠い夜明けと滅びの島

俺たちは再び竜に乗り、空に上がる――クヴァリスから竜翼兵が出てくる気配はない。

「すごく厚い雲……雷も鳴ってるし、あれを突っ切って中に入らないと駄目なの?」

「雲自体は、魔法で吹き飛ばすことはできるけれど……ディック、どうする?」

「さすがだな、ミラルカ……あの島を全部陣魔法の範囲に入れられるのか」

「ええ、封印のピアスを外していればね。少し反動はあるのだけど、余剰の魔力はあなたが受け止めてくれればいいわ」

浮遊島までも陣魔法の範囲に入れ、破壊する――それほど甘くはないだろうが、今の雲に包まれた状態ではどこを叩けばいいのかも分からない。

まだ人の住んでいる地域が遠いうちならば、姿を見せた浮遊島が混乱を招くとしても、目撃者はごく少なくて済む。

「ミラルカ、頼む」

ミラルカがクヴァリスを包む雲の塊に向けて手をかざす――まだ距離があるというのに、

彼女は遠隔距離で魔法陣を展開するという離れ業をやってのける。しかも、王都に匹敵する大きさを持つ巨大な浮遊島全体を包み込むほどの規模で。

「嵐を晴れに変えてあげるくらいのことができなければ、『災厄』とは言われないわ」

――『広域特殊型九十一式・天変気象陣』――』

水が霧となって視界を阻むように、雲は水と空気中の塵などでできている。それを視認できないほど小さなものに分解してしまえば、雲は雲の状態を保てなくなり、文字通り雲散霧消する――。

雲が消え去ったあと、月光に照らし出されて姿を現したクヴァリスを見て、誰もが言葉を失う。ベルサリスが空を飛んでいたときの姿を知らない俺たちは、一つの島が本当に空中に浮いているさまを初めて見た。

「やはり、島全体を守る結界が張られている……雲を消すことしかできなかったけれど、これで姿は見えたわね」

「結界の力の源になってるところを止めるか、壊すかすればいいんだよね?」

「でも……あの大きさでは、ベルサリスの遺跡迷宮よりも、最深部に到達するのは難しくなる。今からではその時間はない」

「外部から破壊するしかないのかな。力の源になってる部分を、外から壊す……でも、『魔晶圧縮砲』を使っても、それは難しいと思う」

SSランクの竜翼兵を一撃で倒すほどの威力があっても、浮遊島はあまりに質量が大きすぎる。魔晶圧縮砲の威力からして何度も撃てるものではなく、浮遊島を破壊するための兵器として期待することはできない。

「……何かが……ディックさん、声が聞こえます……っ」

ユマの警告と、ほぼ同時だった。浮遊島の前面の空間が『歪む』――そして、竜翼兵よりも巨大な何かが姿を現す。

その頭部を見て、戦慄を覚えずにはいられなかった。『蛇』に似ているが、その頭部には竜のような角が生えている。

「……三頭の、蛇……いえ、違う。あれは、竜……」

翼を羽ばたかせることなく浮遊する、三つ首の竜。それが出現すると同時に、クヴァリスの上部から竜翼兵が飛び出してくる――竜の後ろに控えるようにして、三十二体の竜翼兵が隊列を組む。

「ユマ……あの竜は、蛇と同質のものなのか? それとも……」

ユマは魂の波長で、その識別ができるはずだ。彼女は俺の問いかけに頷く――それは、ある一つのことを意味していた。

「私たちを排除するべき敵とみなして、自分から出てきたっていうの……?」

「っ……ディー君、来るっ!」

三頭の一つが、ほとんど予備動作も何もなく、口の前方が発光する――次の瞬間。

バニングと師匠たちの乗っている黒竜が散開したあと、俺たちが一瞬前にいた空間を、音もなく何かが横切った。

遥か後方で地割れが起き、山岳が爆砕して土と岩混じりの煙が上がる。

誰もが言葉を失う――どれだけ強くても、決して人間の戦っていい相手ではない、そんな考えが脳裏を過ぎる。

魔晶圧縮砲でも、王国に存在する射撃武器の中では群を抜いて強力だ。その数倍の威力を持ち、地形を変動させるほどのブレスを、あの三頭竜は溜めも何もなしで放った。

深い青に塗られていた空が、赤く染まる――三頭竜が攻撃を行った直後、周囲の大気にまで影響を与えた。月までも赤く見える、まるで世界の終わりのような風景。

あんなものと戦わなければならないのか。ベルサリスとクヴァリスとの戦いが、なぜ二千年も経って続いているのか――もう『蛇』は倒されたのに、なぜそれを確かめなくてはならないのか。

「……何て顔をしてるんだい、ディック。分かっていたはずだよ、今まで戦った相手の誰よりも強い相手がクヴァリスにいることは」

「さっきの攻撃を、アルヴィナスに向けて撃たせるのは絶対だめ……飛行戦艦にも当てさせられない」

ならば、どうすればいいか――懐に入り込んで、注意を引き付ける。

あるいは、被害を広げないうちに倒し切る。初めから、長期戦にするつもりはない。

「俺が切り込んで、奴に撃たせないように立ち回る。竜翼兵については任せていいか」

「ええ……行ってきなさい。あなたを魔法に巻き込まないように留意しておくわ」

「ああ、わかった。バニングも、一瞬も静止できないような状況では接近できない……アイリーン、コーディも基本的には接近せず、竜翼兵の撃破を優先してくれ」

「うん、分かった。ディック、無茶しないでね……って言っても無理だよね。分かった、あたしも無茶する」

「僕も好機が見えれば、あの三つ首の竜を狙う。ディック、必要と判断したら僕の光剣を使ってくれていい」

切れる札はまだある。そして俺自身も――竜翼兵を皆に任せられるなら、三頭竜との戦いに一対一で集中することができる。

(そう……『集中』だ。戻ってこい、『 小さき魂(スモールスピリット) 』……!)

分離していた力が戻ってくる―二体目、三体目、四体目、五体目。

『二人分の俺』は俺の肉体を限界を超えても堪えられるように強化し、『もう二人分』は、限界を超える力を引き出すことに意識を傾ける。

強化と限界を超えることの繰り返し。まるで螺旋のような強化――俺という存在を四人の俺によって補佐することで到達する、新たな領域。

――『 螺旋拘束解除(スパイラルリリース) ・ 限界解放(リミットバースト) 』――

「……ディー君……綺麗……」

練り上げた魔力が一定の密度を越えたときから、色が白く変化した――全身を白い魔力の光が包み、身につけた黒の 外套(コート) の色が変わって見える。

「ディック、髪の毛が白くなっちゃってるけど……だ、大丈夫……?」

「ん……まあ、見た目上のものだろう。俺も理論上は可能だと思ってたが、実際にやってみたことがなかったからな」

「さすがとしか言えないね……分身しているよりも、一人のほうが強いというのは……」

「……私がいつも見ていた、ディックさんの魂の色です。ディックさんの、本当の心の色……」

「黒も似合っているけれど、たまには白もいいんじゃないかしら……あなたは何をしても、憎らしいくらいさまになっているものね」

ミラルカが俺を褒めるなんて――と、茶化すのは戦いが終わった後にするべきだ。

「バニング、俺を送り届けてくれ。その後は離脱して、敵と距離を取りながら……バニング?」

「グルル……」

バニングは俺と戦うと言っている――命令を拒絶されるのは、初めてのことだった。

「……分かった。だが、無理はするなよ。俺が退けと言ったときは退くんだ。いいか」

「グォッ」

火竜一家の長であり、黒竜からも群れの主と認められた竜が、忠実に言うことを聞いてくれる。

かつて助けたワイバーンを群れに返したあとも、俺は竜種に対して思い入れを持っていた。翼のある生き物に対して、憧れがあったのだと思う。

火竜討伐ではなく捕獲をして、火竜一家に住み家を与えた。牧場という形で竜と接するようになり、俺はバニングを鍛えた――それは、危険な戦いに連れて行くためでは決してなかった。しかし今こうして一緒に戦ってくれることを、心から嬉しいと思う。

『ご主人様、聞こえるか? 私とシェリー殿はそれぞれ戦艦の砲台について、いつでも射撃できる体勢を整えている』

『さっきの攻撃で分かった……結界を展開して防御しても、この戦艦に当たったら沈んじゃうかもしれない。でも、それなら……』

ヴェルレーヌとシェリーからの念話が届く――シェリーが何を言おうとしているかは分かっている。

『支援してくれるだけで構わない。今から奴じゃなく、竜翼兵を巻き込むようにクヴァリスを狙って撃ってくれるか。そうしてもらえるだけでかなり助かる』

『うむ……分かった。ご主人様、必ず生き残るのだぞ。自分を犠牲にしてこの戦いが終わっても、何も得られるものはないのだ……だから……』

『……スフィアも待ってる。必ず帰ってきて、ディック』

分かっている――生きて戻らなければ何も意味がないことは。

「あのまま何もできずにやられてたら、俺は大馬鹿だった。俺は……」

「ディック、その続きは後で聞くよ。きっと、君には似合わないことを言うんだろうからね」

そう言うコーディは、俺と一緒に酒を飲んでいたときの、どこか掴みどころのない表情に戻っていた。

俺が剣では決して勝てないと思わされた相手。その背中を見ながら歩いていた頃のことが蘇る――コーディと剣の稽古をするなんて、あの頃の俺には考えられなかった。

「後顧の憂いはない。竜翼兵は一体も、アルヴィナスには向かわせない」

コーディの言葉を受けて、全員が頷く――俺はバニングを加速させ、魔法で速度を強化して瞬時に最高速に達する。

三頭竜の標的となるように、高度を上げる――読みどおりにこちらを狙ってきたブレスを、すんでのところで回避する。視認することが難しいが、当たればそれで終わりだ。

「――バニング、行くぞ!」

バニングが白い炎を纏う。俺は熱を感じることはない――普段なら防御魔法で熱を遮断しているところを、今は鎧精が代わりの効果を果たしてくれている。

(いや……まだ熱量を上げられる。そして、速度も……!)

「グォォォアァァァァァァッ!!!」

―― 紅蓮転移(フレイムブースト) ・ 鬼神断裂(ラクシャーサ・ティアー) ――

バニングが翼を広げ、吼える――その瞬間、俺はバニングと共に転移する。

魔力剣にアイリーンの鬼神の力を込め、すれ違いざまに切り払う。炎と共に放たれた斬撃は三頭竜だけではなく、水平方向にいる竜翼兵全てに届いていた。

「グガッ!」

「ガァッ……!!」

ミラルカの『粒子断裂陣』の力を斬撃に乗せることで、敵の防御は全て意味をなさなくなる。竜翼兵たちは一撃で武器と翼、そして胴体を切り裂かれて落下していく。

しかし三頭竜は瞬時に展開した結界で斬撃を軽減し、その威力を逸らす――一つの首くらいは取れるかと思ったが、それほど甘くはない。

『地を這う者が、翼を持つものに縋るか。天に手は届かぬというのに』

頭に響いてきたのは、念話――『蛇』と戦ったときもそうだった。『蛇』を封じるために身を捧げたディアーヌを介して、こちらに語りかけてきた。

この三頭竜も、同じなのかもしれない。『遺された民』が犠牲となり、制御している――そうだとしても、言葉でどうにもならないのなら戦うしかない。

「あんたが……あの島がどうしても王都に向かうと言うなら。俺たちは、それを止めるために戦うだけだ……!」

三頭竜の答えは、その長い尾による攻撃だった――死角である下から鞭のように打ち込まれる尾を、俺はバニングと共に短距離転移して回避する。一瞬でも判断が遅れれば、その刃のように鋭い尾で両断されていただろう。

『ベルサリスはクヴァリスの総攻撃によって停止し、地に落ちた。今もベルサリスが活動しているのならば、確認しなくてはならない。天上に二つの浮遊島は不要である』

「止まった島を恐れて……それに何の意味がある?」

三頭竜は答えることはない――残った二十数体の竜翼兵は、アルヴィナスの方角を目指して飛行する。

しかし飛行戦艦から放たれた砲台二門の射撃と、コーディの光弾幕、ミラルカの破壊魔法が竜翼兵たちに放たれる――全滅させるとはいかなかったが、敵の標的を変えさせるには十分な攻撃だった。

「――はぁぁぁぁぁっ! 『鬼神紅天翔』!」

アイリーンは『鬼神化』を行い、戦闘評価を一時的に大きく引き上げる――そして繰り出される、赤い闘気を練り上げた気弾が、俺の位置からでも竜翼兵を一撃で粉砕するところが見て取れた。

「「「ガァァァっ……!!」」」

竜翼兵たちの反撃――それぞれ属性の違う魔法弾の嵐を、師匠が防御魔法で防ぎ切る。そしてユマが、浄化の波動で竜翼兵を動かしている邪霊をかき消す。

『――残存兵力の全てをアルヴィナスに向けて放つ。のちに我が障害物を取り除く』

仲間たちは竜翼兵を圧倒している――だが、クヴァリスは残りの兵力全てを差し向けてでも突破を試みようとしている。

三頭竜の頭の二つが魔力を帯び、俺たちに向かって喰らいついてくる――ガチン、と牙が合わさるさまをすぐ近くで見ながら、俺はバニングに命じて急降下させ、自分は三頭竜の頭上に飛び上がった。