軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第121話 王女の憧れと最強のギルド

敵軍はいずれ動く――ヴェルレーヌとリムセリットはそうなることを読んでいて、西方牢獄に潜入しているディックたちに一度連絡を試みた。そして彼女たちの読み通りに、ヴェルレーヌとリムセリットが霊脈の社に向かう途中で、河向こうの陣営に動きがあり、敵が進軍の準備を始めた。

メルメアはシェイド将軍を従えた全軍の指揮官という立場ではあったが、それは表向きの話だった。軍人としての経験が少ないメルメアは、ヴェルレーヌやコーディの指導を受けて指揮官の何たるかを教えられ、前線には出ずにディックの護衛をするようにと命じられた――万一に備えて配置されたアイリーンと一緒に。

「すぅ……すぅ……」

そのアイリーンは、ディックが眠っているのを見て自分も眠気を誘われたのか、今はメルメアを置いて眠ってしまっている。何かあれば飛び起きると言っていたので、メルメアは今は彼女をそっとしておくことにした。

『小さき魂』を使って精神を切り離しているディックの身体は、ルジェンタ城の城主用の寝室に寝かされている。ヴェルレーヌは『ご主人様は自分ではこういう寝所を使おうとしないが、十分そうするべき人物だ』と言って、一人でディックを担いで運び込んだのである。

大きなベッドに敷かれた白いシーツは、ユマが準備をした。孤児院で修道女たちに混じって洗濯を手伝ったり、子供たちにベッドメイキングを教えたりするからと、メルメアが手伝う間もなく済ませてしまった。

(お姉様の、一番大切な方……私の命に替えてもお守りしなくては……)

メルメアとアイリーンは、ディックを守ることが最重要任務だと言われている。自分がラトクリスの王女として旗印となっていても、メルメアの胸の内には違う事実があった。

ディックこそが、救国の英雄。自分の身体を狙われるリスクがあっても、娘のスフィアと共に、捕虜となったジナイーダ将軍を救出することを選んだ――そんなことができるのは、大陸中を探しても一人しかいない。

「メアちゃん、大丈夫? 顔が真っ赤になってるけど」

「っ……ア、アイリーン様……起きていらっしゃったのですか?」

「うん、気持ちよく寝てたけど。ディックと違って椅子で寝てるから、眠りは浅いよね。って、寝てちゃいけないんだけど。ヴェルレーヌさんたち、もうすぐ戻ってくるよね」

「はい、おそらくは……それまで、ディック様を何としてもお守りしないと」

メルメアは出陣しないため、重装備の鎧は身につけていない。しかしいつも使っている細身の槍を片時も手放さず、ディックの護衛として気を張り詰めさせ続けていた。

そんなメルメアを見て、アイリーンはふっと微笑む。そして立ち上がると、メルメアの両肩に手を置いてぽんぽんと叩いた。

「……申し訳ありません。アイリーン様から見れば、私の力ではとてもディック様の護衛を名乗ることなど……」

「あはは、何いってんの。メアちゃんは大将なんだから、私たちに守られてていいんだよ? これでも一分野だけなら、それぞれディックに『俺以上』ってお墨付きももらってるし」

アイリーンは心から嬉しそうに言う。皆にとって何よりも誇らしいことは、ディックに認められることなのだとメルメアは理解する。

「それにしても……こんな無防備だと、ね。戦場で気持ちが昂ぶってるからって、少しよこしまなことも考えちゃったりして……」

「っ……そ、そういうもの……なのでしょうか……?」

「あ、あはは……今のは言ってみただけ。この人の寝顔が可愛いから、ちょっとくらいは考えたりするけど。見てるだけでも嬉しいし、まあいいかなって」

そう言いながら、アイリーンはディックの頬に指先を触れさせる。その身一つが生み出す破壊力で混成獣を倒した鬼族の血を引く女傑は、今は同性のメルメアでも見とれてしまうような優しい表情を見せている。

「アイリーン様も、ディック様のことを……お姉様はご存知なのですか?」

「あたしたちはみんな、お互いのことは良く分かってるから。今は自分のことより、ディックがやりたいことを一緒にやるのが最優先っていうか、そんな感じかな」

「……それは、とても素敵なことです。ディック様と一緒の道を歩いてゆける皆さんが、私は……」

「あ……ご、ごめん。メルメアちゃんはお姫様だもんね……国が元通りになったら、あたしたちと比べると、やっぱり堅苦しい毎日になっちゃうのかな」

メルメアはまだ王女としての公務をこなしていた頃を思い出す。王宮で国政を動かす父をただ遠くから見ているだけで、彼女は王族の品格を保つための行動を常に求められてきた。

再び王女という立場に戻るということを望んでいたのではない。ただ血を分けた家族と、そして分断された国で内乱に苦しむ民のために、他国の助けを求めた――エルセイン、アルベインの英雄たちの力に頼っているだけで、自分たちが統治者にはなりえない。

「色々迷ってると思うけど、ディックはきっとそこまでお見通しだからね。メルメアちゃんにしかできないことがあって、それは他の人じゃ代わりができないことなんだよ。もしそれが重たかったら、きっとディックもみんなも助けてくれる。勿論あたしも……って言いたいけど、あたしって戦うことしかできないから、王族の誇りとか、義務とか、そういうのって難しくって……あ、笑った」

メルメアは、アイリーンが自分の気持ちを和らげようとしてくれていることに気がついたとき、自然に笑うことができていた。

「ディック様はきっと、アイリーン様の太陽のような明るさに救われてきたのですね」

「た、太陽……? そんなこと、もし思ってくれてたら言ってほしいけどね。はー、そういえばあんまりディックに褒められたことってないかも。あるんだけど、女性として見られてはいないっていうかね」

「そんなことはありません。ディック様が一番、アイリーン様の魅力を分かっていらっしゃいます」

「あ、あはは……そんなことないと思うけどなー、あたしが一番なんて……もしそうだったら嬉しいけど、多分違うと思うなー」

照れるアイリーンを見て、メルメアは嬉しくなる。

出会ったばかりで、ディックのことを慕っている。だからこそ、ディックの仲間たちには敵わないと思う――同時に、敵わないということさえ嬉しいと思う。

「はぁ、顔熱くなっちゃった……ディック、聞いてた? あたしのいいところ、ちょっとはあるなって思ってくれてる?」

眠っているディックに対して、メルメアは優しく声をかける。それを見ているだけで、メルメアは自分のことのように胸を熱くする。

穏やかな時間が、もう少しだけ続くと思われたときのことだった。窓の外に竜の翼がはためく音が聞こえ、急速に近づいてくる。火竜バニング――ヴェルレーヌとリムセリットが戻ってきたのだ。

別室にいたミラルカとユマが入室してくる。彼女たちもまた、眠っているディックを見たあと、アイリーンと顔を見合わせて笑いあった。

その柔らかい空気が消え、ピンと張り詰める――魔王討伐隊が、歴戦の勇者としての表情に変わる。

「ディックはスフィアから片時も目を離せないだろうから、アイリーン……貴女が守ってあげて」

「うん、分かってる。いつ『戻って来られる』か分からないしね……それに、スフィアちゃんから目を離したら、あたしたちお母さんが怒らなきゃ」

「私たちは私たちで、ディックさんの信頼に答えましょう。力を合わせれば、どんな試練も超えられます」

廊下を駆けてくる足音は、コーディのもの。そしてヴェルレーヌとリムセリットの二人もやってくる。彼女たちがまず気にするのは、きっとベッドの上のディックだろうとメルメアは思う。

ディックは戦いの中で甘いことをと言うかもしれない。しかしそれは彼の一級の照れ隠しだろう――彼女たちを前にして甘えてしまうことを、彼は容易に自分に対して許すことをしない。

扉を開けて入ってきた三人は、まず挨拶をするようにディックの姿を見て安堵し――次の瞬間には、メルメアがぞくりとするほど玲瓏たる空気をまとう。

(この方たちは、やはり……ディック様と心を同じくして、彼の意志通りにどんなことでも遂行できる。その力を正義のためにお使いになることが、どれだけ 貴(とうと) いことか……)

「ご主人様とスフィアと、連絡を取ることができた。二人は首尾良くやっている……私たちも、眼前の問題を打ち払わなくてはならない。作戦の要はコーディ……光剣の力を、存分に発揮してもらう」

「分かった。僕はどうすればいい? 全て彼の言う通りにするよ……何があろうと」

『銀の水瓶亭』は、存在感とその実力を隠しただけの冒険者ギルドではない。

王国の騎士団長、魔法大学の教授、アルベイン神教の司祭、そして魔王と遺された民。誰もかれもが、一介の冒険者としてただ一人のギルドマスターに従う、究極の組織。

眠っているディックと、そして彼のもとに集まった彼女たちが、メルメアには別の世界に住んでいるかのように遠い存在だと感じられる。

寂しさと、憧れ。メルメアは彼らのいる場所には行けない――そう理解しながら、羨まずにはいられなかった。ディックの見る世界を共に見られる可能性を、彼女たちだけが持ち得ていることを。