軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第97話 エルフの秘酒と静かな決意

メルメア王女は幼い頃、エルセインを一度極秘裏に訪問したことがあるのだという。そのときに飢えた 腐食竜(アシッドドラゴン) の巣の近くを通ってしまい、攻撃を受けたところを、領民を脅かす腐食竜を捕らえるためにやってきたヴェルレーヌによって命を救われた。

「どうしてメルメアさんは、アルベインを挟んだ先にあるエルセインを訪ねたんですか? すごく遠いし、あぶないのに……って、お父さんが言ってます」

「ラトクリス王家は、エルセインの分家だからです。私は十五歳で成人と認められ、その旨をヴェルレーヌ様に直接ご報告したいと考え、アルベインの西部山脈を伝って北に向かいました。古く交流のあった、獣人の族長たちに挨拶をするという目的もありましたので」

(それで、あの山脈を越えたのか……長旅だったな)

「いえ、黒竜に乗っていましたので……そのときは私の騎竜の技術も低く、竜もまだ若かったですし、休み休み飛ぶ必要はありましたが、一ヶ月ほどで往復することができました」

「……クリューネ……いえ、メルメア殿は、今では我が国よりも優れた騎竜技術を持っていらっしゃいますが。なぜ王女の貴方が、竜に乗る技術を磨いたのですか?」

イリーナが尋ねると、メルメアは洞窟の入り口にいる彼女の黒竜を見やる。

黒竜と火竜では、どちらかというと黒竜のほうが格上であると見られるが、俺の強化餌によって形態を大きく変化させたバニングは、身体も一回り大きく、黒竜たちは戦いに敗れたこともあって、従属の意志を示していた。バニングの妻や子供たちが見たら、さぞ誇らしく思うことだろう。

「……いつか、またヴェルレーヌ様にお会いしたい。そのときに、ラトクリスが誇れるようなものを、何か一つでも手に入れたいと思ったのです」

「そうだったのですか。しかしそれほど黒竜に思い入れのあるあなたが、陛下の竜に毒酒を飲ませたというのは、信条に反する行為ではないかと思います」

「……ヴェルレーヌお母さんがいないから、慌てちゃったんだね。お父さん、毒酒を飲んだ竜を助けてあげることはできないかな?」

「いえ……私が陛下に事情を説明し、騎乗する竜を変えていただきます。私のしたことについては、どのような罰でもお受けします。ヴェルレーヌ様の力を求めたことも、私の勝手な暴走です……我が国の人々は、何も知りません」

(……そうだな。しかし、勝負に水を差すのが一番後味が悪い。毒酒を解毒するのが一番良さそうだが……その酒、今も持ってるか?)

「お父さん……?」

スフィアも俺が何を考えているのかわからないようだ。つまり、俺の知識の中でも、酒に関することはあまり受け継いでないらしい。魔力に関係のない部分だからだろうか。

メルメアは俺の言葉に従い、毒酒の小瓶を――あろうことか、胸の谷間から取り出した。ヴェルレーヌ本人もそこに護符をしまっていたが、魔族には大事なものを胸にしまう文化があるのだろうか。

「そのようなところに……中身は残っているのですか?」

「……全て飲ませる前に、イリーナさんに見咎められたので、半分ほど残っています」

「それなら、効果もそこまでは……いえ、少しでも飲んでいるのなら、解毒しなくては、陛下の竜に乗っていただくわけにはいきませんね」

スフィアは小瓶を受け取る。蓋を開けて匂いをかぐ――人工精霊のスフィアにも嗅覚は備わっており、俺にも匂いが伝わってきた。

液体に含まれている興奮毒が、酒精と共にじわじわと全身をめぐることで毒性を発揮する。

だがこの毒の種類なら、特定の飲み合わせで成分を打ち消すことができる。このエクスレア大陸南部にも樹木系の魔物は生息しており、同じように果実を使って酒が作られているのだが、毒が混入した酒を飲んでしまったときのために、無毒化する方法があるのだ。

(スフィア、俺が言うとおりに、イリーナとメルメアにレシピを伝えてくれ)

「うん、分かった。えっと、お父さんが黒竜に飲ませたお酒は解毒できるって言ってます。どうやればいいかというと、エルフの人のお風呂の残り湯を煮詰めて、それを他の、なんでも良いので味のついてないお酒に混ぜるといいそうです」

森で暮らすエルフは、植物の枝やトゲなどに含まれる毒が皮膚についてしまっても、一部の種類なら無毒化することができる。

スノゥリアードの毒も植物性の毒なので、エルフの汗で解毒することができるのである。これは文献にもちゃんと載っているので、俺が変態的な研究をしたということはない――ヴェルレーヌの風呂の残り湯は解毒剤作りには使ったことがない、断じて。

「そ、そのようなもので解毒できてしまうとは……しかしメルメア殿も、自分のしたことなのですから、躊躇されることはないでしょう。城のエルフたちを全員集めて浴場に入り、材料を採取してはいかがでしょうか」

イリーナが至極まじめな顔で言うが、その浴場に入る側であるところのメルメアは、この場にいる唯一の男性――姿の見えない俺のことを気にして顔を赤らめていた。

「……確かに、エルフより、さらにダークエルフのほうが毒への耐性は強いですが……まさか、そんな方法があったなんて。スフィアさんのお父様は、博識でいらっしゃいますね。ヴェルレーヌ様も、そのような聡明な方だからこそ、お父様を見初められて……」

(ま、待て……あまりヴェルレーヌに会う前から、変な方向に話をふくらませるな。とにかく、解毒を補助する薬草なんかについても伝えておくから、揃えられるだけ揃えるんだ。そして何より、一刻も早く飲ませてやってくれ。飲ませるのが早いほど、解毒に時間をかけられる……今から帰っても十分間に合うとは思うが)

そう伝えると、イリーナとメルメアは真摯に受け止め、神妙な面持ちで頷く。

「……イリーナさん、先ほどは本当に……」

「……私の個人的な感情は、今は胸に留めます。あなたの雷撃の魔法の前に、私はなすすべもなかった……自分の弱さを、改めて思い知りました。Aランクなどと、アルベインから借りた物差しで、自分が強いものだとばかり考えて……私では、メルメア殿の国を守るために力添えをすることもできない」

Aランクなら、アルベインでも親衛隊に入る資格は十分にある。Bランクで千人長なのだが、それ以上の人材が乏しいのが現実だ。

『軍隊』は数と武装、練度がものを言うが、Sランク以上の冒険者はそのようなことを意に介さず、一人で戦況を変えられる。

だからこそ、自分の国を手に入れたいという者が出てきて、ラトクリスを奪った。

彼らはベルベキアを唆し、俺たちの国まで切り取ろうとした。それが未遂に終わっても、これ以上放置しておけば、いずれ違う手でアルベインを狙ってくる。

(……イリーナたちは、エルセインのことだけを考えればいい。俺たちの国は、ラトクリスの窮状に干渉すべき立場だ。攻め入ったのは、アルベインの冒険者だからな)

「ヴェルお母さんは、メルメアさんの国を助けるって言うと思います。いつもおしとやかで、物静かで、お仕事をする姿が格好良くて………でも、とっても優しくて、強い人です。メルメアさんや、エルセインの国の人たちが、そう思ってるとおりに」

ヴェルレーヌに聞かせたら、どんな顔をするだろう――彼女のスフィアへの溺愛ぶりは、あまり表に出さないがかなりのものがある。

「もちろん私も、お母さんのことが大好きです。だから、エルセインには帰してあげられません。それはそれ、これはこれで、明日は全力で戦います。お父さんも一緒なので、絶対負けないです!」

立場上はジュリアスの味方をしなくてはならないところだろうが、イリーナは何も言わず、ただスフィアを見る。眩しいものを見るかのような目で。

「……姫様の勇姿を、私も空で見ています。しかしジュリアス陛下もまた、ヴェルレーヌ様の後継者と認められたお方」

(いい勝負になると言いたいが……必ず勝つ。そうしなきゃ、何も始まらないからな)

本当の意味で、ヴェルレーヌをギルドに迎え入れるために。

どれだけ引き延ばしても、いつか魔王の護符を返したとき、ヴェルレーヌは魔王国に帰っていく――俺はもう、そうなることを望んではいない。

あいつが店主をして、俺はカウンターに座って飲んだくれている。その慣れ親しんだ繰り返しを、これからも続けていきたいのだと気がついたから。