軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

09.善人、救世主を作る

霊地フラジャイル。

私はエリザとちょっと変装して、王国の都であるそこに潜入した。

二人とも普通の旅人風の格好をして、昼間で、内乱中ってこともあって、他に客がいない酒場の中にいた。

「いい国ね、穏やかで落ち着いてて、帝国と違う雰囲気がする。つぶすのにはもったいないわ」

同じく変装したエリザ。

彼女は今メイドではなく、皇帝のお忍びモードだ。

故に私にフランクな口調で話してきた。

「そうだね」

「属国だからといって締め付けたりはしなかったのに、それでも反乱がおこっちゃうのね」

「締め付けから解放されたらそういうこともある。あまり気にしない方がいいよ」

「……そうね」

エリザはため息ついて、切なそうに微笑んだ。

前も言ったけど、今回反乱が起きたのはエリザのせいじゃない。

前皇帝がかけた圧力をエリザが緩めたら、それまで抑圧された王国が積年の恨みを、とばかりに反乱を起こしかけたんだ。

エリザが気に病む必要はない、むしろ。

「為政者なら9割9分が先送りにするような案件をあえて解決しようとしたんだよ、エリザはもっと胸を張るべき」

「え、ええ……ありがとう」

表情が一変、頬を赤らめて恥ずかしそうな顔をした。

エリザはもじもじして、何か言おうと言葉を探す風になった。

そこに。

「ぎゃあああああ!」

耳をつんざく、男の悲鳴がこだました。

一瞬でキリッとした表情に戻ったエリザ。

ガタッと椅子の音を立てて立ち上がる。

「あっ、大丈夫ですよお客様」

酒場の看板娘、人のいない昼間の店内を掃除してた彼女が慣れた様子でエリザを宥めるように言った。

「なんなんですこの悲鳴は」

「最近すごく効く傷薬が出回ってるんですよ。それで傷を治すとすっごい痛いから、その痛みで今の様な悲鳴を上げちゃうってこと」

「へえ。でもこんな悲鳴が上がるくらい痛いんなら使わなきゃいいのに」

「そうも行かないのよ。傷薬としてはすっごい効くの。目を矢で射抜かれた人は目が見える様になったし、手をずぱっと切りおとされた人も手が元通りにくっついた」

「それはすごい」

「死ぬほど痛くても使う価値があるんだ」

説明を一通りして、エリザが座り直したのを見て、看板娘は掃除に戻っていった。

座り直したエリザは私を真っ直ぐ見て。

「さすがね」

とだけ言った。

「じゃあそろそろ次の段階に進めよう」

「どうするの?」

看板娘が店の奥に一旦引っ込んだのを確認して、私は魔法を使った。

手を真横に出し、魔法陣を描く。

その光る魔法陣に手を差し込んで――引っ張る。

魔法陣から出てきたのは、目を閉じているリーチェだ。

「本物の方?」

「本物の方」

頷く私。

今、リーチェは王国につかまっている。

私が作ったホムンクルスに、リーチェ本人の魂を入れた もの(、、) がつかまっている。

いまここにあるのが、リーチェのオリジナルの肉体だ。

更に魔法を唱える、ハーシェルの秘法を使った。

店の外から光る物が飛んで来て、ノンストップでリーチェの肉体に入った。

しばらくして、リーチェがゆっくりと目を開く。

「ここ、は……」

「僕の事がわかる?」

「……はい、ということは、これは私の?」

「うん、本来の肉体」

「では?」

「うん、ちょっと耳を貸して」

素直に頷いたリーチェに、私は耳打ちして、次の行動を指示した。

霊地の街中を一人で歩くリーチェ。

そのリーチェの影の中に、私とエリザが入っていた。

初めて他人の影の中に入るが、呼吸の出来る水中にいるような、ふわふわとした不思議な感覚だった。

「……ふーん」

「どうしたのエリザ」

「ううん、あなたの影の中と違うなってだけ」

「私の影の中?」

「うん、ちっとも気持ちよくならな……ううん、なんでもない」

「ふーん?」

何かを言いかけて、口をつぐんでしまうエリザ。

何となく言いたいことはわかるが、深くは突っ込まないことにした。

上を見た。

水の中でただようような感じで姿勢を変えて上の方を見た。

しずしずと歩く、リーチェの姿が見えた。

周りの人間がリーチェを見て、驚いている。

何人かは慌ててどこかに走って行った。

「リーチェがつかまってるってのが知られてるみたいだね」

「そうみたいね」

多分報告とか密告とかに走った住民を無視して、リーチェは更に進む。

しばらくして、大きな建物の前にやってきた。

独特のにおいと空気が漂う、病院だ。

街中でもたまに聞こえるが、病院の前にやってくると苦悶と悲鳴が一際大きくなった。

それに構わず、リーチェは病院の中に入った。

中は兵士だらけだった。

私が作って、遠回りして手配した傷薬を使って負傷した兵士達の治療が行われていた。

薬はよく効くが、痛みをそれ以上に増してしまう。

そのせいで、戦時中の病院なのに「死」のニオイはまったくしないが、それ以上の悲鳴が飛びかう、世にも不思議な地獄絵図だった。

リーチェはつかつかと進み、あまりの痛みで気絶して、それでもビクビクけいれんしている兵士の一人に近づいた。

その兵士の横でしゃがみ、取り出した別の薬を塗り込む。

そんな彼女を見つけて。

「ちょっとそこのお前、何をしてる、余計な事をするな!」

まったくケガをしていない別の兵士がつかつか近づいてきた。

リーチェに近づき、追い払おうと肩をつかんだ瞬間。

「ひ、姫様!?」

リーチェの顔を知っていたのか、兵士は彼女の出現に驚愕した。

驚きがたちまち、水を打ったかのように広まる。

「姫様だと?」

「本当だ、リーチェ様だ」

「馬鹿な、リーチェ様はつかまってるはずだぞ!」

あっちこっちから訝しむ声が上がった。

リーチェはそれに構わず、別の痛みに悶えている兵士に近づき、再び薬をその兵士に使った。

「あれ? 痛くない? 痛みが消えたぞ!」

直前まで意識があって、痛みに悶絶していた兵士がいきなりピンピンしだした。

リーチェの使った薬によって。

さっきと違う驚きと騒ぎが、さっき以上の勢いで拡散していく。

その間、リーチェは黙々と兵士の痛みを止めて回った。

「あれってアレクが渡した物だよね」

影の中。

リーチェが使った薬についてエリザがきいてきた。

「うん」

「どういう物なの?」

「簡単に言えば痛み止め。あの薬で増幅した痛みだけをピタッと止めるんだ」

「そんなものを作ってたの?」

「うん」

エリザに説明しているうちに、痛み止めの効果が出始めた。

「おい! 痛みを止められるって聞いたんだが」

「リーチェ様! こっちもお願いします!」

兵士達がリーチェに群がった。

まるで救世主が現われたかのように、リーチェを崇めつつ、救いを求めた。

「そっか、これで兵達はリーチェに傾く」

「うん、弱まった双方の兵を分け隔て無く救いの手を差し伸べる救世主。兵が彼女の元に集うように流れて行くよ」

「さすがね。傷薬を作った時にここまで考えてたんだ」

「こういうのって、二手三手先まで考えた方がいいからね」

影の中、エリザがますます感心した。

「ダマされるな!」

外では、流れと違う展開になっていた。

兵士が一人立ち上がって、リーチェに向かって怒りの視線を向けている。

もはや救世主になりつつあるリーチェに怒鳴ったことで、病院内の視線がその兵士に集まった。

「こんなの! お前の自作自演だろ!」

周りがざわざわした。

当たり前の疑いだ、それを疑う者が絶対でると予想してた。

だから、リーチェに耳打ちをした時、対処法も吹き込んでた。

リーチェは静かに、落ち着いた感じでいった。

「自作自演っていうのは、私が『完治するけど痛みがひどい薬をつくった』事をいってるの?」

「ああ!」

「どうしてわざわざそんなことをするの? 私がつかまった後に薬を作ることは出来ないし意味もない」

「うっ」

更に、ざわざわ。

一瞬だけリーチェに向けられた疑いの空気が吹っ飛んだ。

「たしかに姫様の言うとおりだ」

「俺なら毒作るね」

「だよなあ」

そのざわつきの中、リーチェが傷薬――俺が最初に作った痛みが増える方の傷薬。

病院に大量にあるヤツを、リーチェが手にとった。

「これは私が大昔に作った物よ」

ざわざわが広がる、今度は混乱だ。

「未完成のまま止めてあったものなの」

「な、なぜそのような」

一番近くにいる、別の兵士がおそるおそる聞いた。

「それは、完成するのが少し大変だからよ」

リーチェはそう言って、爪で自分の手のひらをひっかいた。

深くつけられたひっかき傷から赤い血が流れる。

リーチェはその血を、痛みが出る方の傷薬に塗り込んで、混ぜた。

薬が光る、血が馴染んで、別物に変化する。

リーチェが持ち込んだもの、痛みのしない傷薬に変わった。

リーチェはそれを、近くにいる治療まちの兵士につかう。

「な、治った! それに……痛くないぞ!」

「「「おおおおお!?」」」

歓声が病院全体を包んだ。

「こんな風に、私の血を混ぜることで完成するもの、だから多く作れなかった。そのかわり直前のものを多くつくって保管して、必要な時に持ち出して使う様にしたの」

「なるほど」

「お茶みたいなもんか、作って保存して、お湯で淹れて飲む」

「お前それ失礼だろ!」

「だがあってる」

周りは納得していった。

「それを、私がつかまっていたから、未完成のまま持ち出された」

「「「あー……」」」

更に更に、納得していく兵士達。

そんな兵士達を、リーチェは真っ直ぐ見つめ。

「その、責任を取りに来たの」

次々と納得していく兵士達。

病院の中、リーチェを疑う空気が完全に、かけらもなく消え去った。

それを見て、エリザが。

「ここまで考えて、彼女を捕まえさせてたの?」

「うん、二手三手先まで読んだ方がいいんだ。賢者の剣が言ってたけど」

私は苦笑いする。

あまり認めたくない類の知識だ。

「人間って、話が複雑になりすぎると、一番最後に納得した事を真実に思うらしいよ」

「その通りね」

それを、エリザはあっさり認めた。

皇帝である彼女はそれを実感しているのかも知れないな。

こうして、つかまっていたリーチェが救世主として降臨し。

傷ついた両軍の負傷兵達が、リーチェを中心に急速にまとまりだした。