軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 鬼ヶ島にて⑤

アヤカ・アズライト。

御剣ラグナ。

ウルスラ・ウトガルザ。

九門(くもん) 祭(さい) 。

シドニー・スカイシープ。

クライア・ベルヒ。

そして、クリムト・ベルヒ。

これは鬼ヶ島において黄金世代と称えられる七人の名前であり、同時に、黄金世代の序列を示す表でもある。

クリムトにとっては 忌々(いまいま) しく、また悔しいことであるが、クリムトは七人の中の七番目だった。

なにもクリムトひとりが格別に劣っていたわけではない。客観的に見てもクリムトは優秀であり、心装は強力。青林八旗に配属されてからの功績も抜きん出ており、それは第七旗の七位という席次が証明している。

そのクリムトがどうして最下位に甘んじていたのかといえば、他の六人がクリムト以上に優秀だったからである。

数年のうちに副将に昇格することが確実視されているアヤカとラグナは別格としても、 祭(さい) 、シドニー、そして姉クライアもまた席次はクリムトより上だ。

唯一、ウルスラの席次はまだ第十位であるが、彼女の所属する第一旗は当主直属の最精鋭部隊であり、他隊の上席クラスが平旗士をやっているような人外魔境である。そこで十位を拝命することの意味をクリムトは理解していた。

クリムトは同期生たちに対して仲間意識を持ってはいたが、それ以上に対抗意識を強く持っていた。たとえ難事が起きたとしても、よほどのことがないかぎり彼らを頼るつもりはなかった。

しかし、姉クライアが虜囚となった今回の一件は、クリムトにとって「よほどのこと」である。公衆の面前で兄ディアルトに 足蹴(あしげ) にされたとはいえ、このまま指をくわえて事態をながめているわけにはいかない。

だから、クリムトは恥をしのんで同期生に頭を下げることにした。

御剣宗家のラグナはいわずもがな、 祭(さい) の九門家は三百年の歴史を持つ鬼ヶ島の名家であるし、シドニーのスカイシープ家も同様。アズライト家は帝国の名門として名高い。これらの家々の力を借りることができれば、姉をすくう 目処(めど) が立つ。

クリムトが最初に足を運んだ相手はシドニー・スカイシープ。理由は簡単で、シドニーは黄金世代の中で最も性格が温和で、人当たりも良かったからである。

スカイシープ家はギルモアによって 司徒(しと) の職を奪われた関係で、ベルヒ家と犬猿の仲だったりするのだが、クリムトとしては手段を選んでいられなった。今さら 実家(ベルヒ) の目を気にしても仕方ない。姉を助けるため、クリムトは土下座でも何でもする覚悟だった。

――だが、その覚悟を伝えられた小柄な同期生は、あははと笑ってから、柔らかい金色の髪を左右に振った。

「そんなことをする必要はないさ。君にとっては姉、私にとっては友人。力を貸さない理由がない。まあ、おじいさまを説得するのはちょっと骨だろうけどね」

「……すまない、シドニー」

「クリムト。そこは『すまない』ではなく『ありがとう』といってほしいかな」

肩まで伸びた金色の髪と青い瞳。帝国貴族を母に持つシドニーは、ラグナと同様に金髪碧眼という貴族の容貌を受け継いでいたが、そこから受ける印象は正反対だった。

若くして貴族の威厳を備え、実年齢以上に見られることが多いラグナと異なり、シドニーは実年齢より若く見られることがしばしばだった。

同期のクリムトたちより二歳、三歳下に見られることは当たり前、時にはそれ以上に幼く見られることもある。また、声が中性的なこともあって性別を間違われることも多かった。

当人もそれを面白がって、時に女性として振舞ったりするものだから、青林旗士の間ではシドニー女性説がけっこうな割合で信じられていたりする。

ともあれ、クリムトに協力を約束したシドニーは、言葉どおり他の同期生にも呼びかけてクライア救出のための協力を願った。

これに対し、公然と否をつきつけたのが 九門(くもん) 祭(さい) である。

「やめとけ、やめとけ。今、へたに動いたら余計にこじれるぞ」

第一旗二位の九門 淑夜(しゅくや) の弟である 祭(さい) は、兄と同じ浅黒の顔に、兄と正反対の皮肉げな表情を浮かべて、クリムトの請いをはねつけた。

「御館様の決めたことに口を出すとか、今度は頭を踏まれるだけじゃすまないぜ、クリムト。どうせ 実家(ベルヒ) には無断なんだろ? それでクライアを助けたところで、今度はお前が 勘当(かんどう) されるだけだ」

だから、余計なことをせずにおとなしくしていろ、と 祭(さい) は面倒くさそうに告げる。いかにも関わり合いになりたくないといった態度だったが、その実、 祭(さい) の言葉は真実の一端をついていた。

「だいたい、クライアを捕まえているのは 空(から) ――おっと間違えた、 空(そら) のやつなんだろう? あの腰抜けが御館様に逆らえるわけねえよ」

それをきいたシドニーが困ったように眉根を寄せた。

「腰抜けというのはともかく、私も 空(そら) が御館様に逆らうとは思えないよ。でも、 祭(さい) 。空はクリムトと 司馬(ゴズ) を斬ったんだ。実力的にも、性格的にも、昔の空とは別人だと考えるべきじゃないかな」

「俺としちゃあ、そもそも本当に二人が空に斬られたのかってところから疑問なんだがね」

そういって、 祭(さい) は押し黙るクリムトを 一瞥(いちべつ) する。

クリムトはぎりっと歯をかみ締めて 祭(さい) をにらみつけた。

「俺が嘘をついているとでもいうのか?」

「クリムト、逆の立場で考えてみろ。俺が島の外に出て、五年ぶりに空に会って、こてんぱんにやられて帰ってきました――そう御館様に報告したとき、お前はそれを信じるか? 信じられるか?」

「……それは」

「信じられねえだろ。何か企んでるんじゃないかって考えるのが普通だ。ただでさえ、お前ら姉弟はベルヒっていう厄介な家で、厄介な立場にいるからな。ここらで一発逆転をねらって司馬と一芝居打って空を 担(かつ) ぎ出そうとしている――そう考えても不思議じゃない。実際、 司徒(ギルモア) も 司馬(ゴズ) に似たようなことをいっていただろ?」

祭(さい) はそういって軽く両手をあげた。

むろん、 祭(さい) は本気でクリムトが空に 与(くみ) したと疑っているわけではない。

ただ、そういう見方もできる、という話をしているのである。となれば、ギルモアのように今回のことを他者を追い落とす手段として利用する者も出てくるだろう。

いかに同期の頼みとはいえ、九門家の人間として 軽々(けいけい) にうなずくことはできないのである。

「それにだ。仮にクリムトの話が事実だったとして、空のやつは結局クリムトも司馬も殺してない。クライアにいたっては斬りもしなかったって話じゃねえか。きっと根っこの方はかわってねえよ」

もし、 祭(さい) が本気で御剣家と交渉するつもりなら、ゴズかクリムトのどちらか一人は首にして持ち帰らせるし、クライアの指の何本かは叩き斬って交渉の材料にする。その程度のこともできない人間が人質に危害を加えるとは思えない。

はじめに口にした「余計なことをせずにおとなしくしていろ」というのは、まぎれもなく 祭(さい) の本心だった。

祭(さい) の 直截(ちょくせつ) な意見をきいたシドニーは難しい顔で考え込む。 祭(さい) の意見は乱暴だが、決して間違ってはいないと思えた。

もし、当主の式部が 祭(さい) と似た考えで動いているとしたら、クリムトやシドニーがやろうとしていることは逆効果もいいところだ。

――とはいえ、動かずにはいられないクリムトの心情も理解できる。どうしたものか、とシドニーが首をひねったときだった。

「ずいぶんと物騒な話をしているな」

そんな声と共に姿を現したのは御剣ラグナだった。後ろにはアヤカ・アズライトの姿もある。

あまりのタイミングの良さにシドニーが驚いていると、ラグナは肩をすくめていった。

「偶然というわけではない。クリムトを探してここまで来た」

「俺を? どういうことだ?」

あるいは当主の命令で昨日の無礼をとがめにきたのか、とクリムトが緊張すると、ラグナは何でもないことのようにいった。

「父上からクライア救出のために四旗を動かす許可を得た。さすがに俺たちが島を離れることはできないが――これで気を静めろ、クリムト」

「な!?」

クリムトが驚いて絶句する。ラグナの言葉はクリムトにとってまったくの予想外だった。

慈仁坊(じじんぼう) がそうであったように、島外で活動する青林旗士のほとんどは第四旗に所属している。その部隊を動かしてクライアを助け出す、とラグナはいっているのである。

島外で働く旗士が多い第四旗は他の八旗から軽んじられているが、それでも八旗のひとつであることに違いはない。いかにラグナが宗家の嫡子であるとはいえ、簡単に動かせるはずはないのだ。まして、クリムトはまだラグナに対して何もいっていないのである。

これが示すことは、ラグナはクリムトの意向にかかわらず、クライアを救出するための行動を開始していたということ。おそらくは、昨日のうちから動いていたのだろう。

クリムトは言葉に詰まりながらも、ラグナに礼を述べた。

「……ラグナ、その、すまな――いや、ありがとう」

クリムトに続いて、シドニーも軽やかに頭を下げた。

「ラグナ、私からも感謝を。ありがとう」

「同期を助けるだけだ、礼をいわれることではない」

涼やかに応じたラグナは、たしかに人の上に立つ者の度量を感じさせた。

と、そんなラグナの泰然とした姿に爪を立てようと試みた者がいる。 祭(さい) である。

「同期を助けるため、ねえ? 昨日はその同期の健在をきいて、ずいぶん取り乱していたのになあ、ラグナ?」

「……とうにのたれ死んだと思っていた者が生きていたのだ。驚きもする」

「驚いている、ねえ? 俺の目には焦っているように見えたがね。以前の婚約者が現れて、愛しのアズライトが奪われるんじゃないかって不安――ふが!?」

黄金世代の面々は、常に冷静沈着なラグナが、こと 兄(そら) に関しては感情をむき出しにすることを知っている。

そこをつついて、ラグナの取り澄ました顔を崩してやろうとほくそ笑んでいた 祭(さい) の言葉が唐突にとぎれた。

見れば、 祭(さい) の頬を白い 繊手(せんしゅ) が思いきりつねっている。

いつの間にか 祭(さい) の背後に移動したアヤカの仕業だった。

「 祭(さい) ぃ? 仲間のために頑張ったラグナに失礼なことをいうのはこの口かな?」

「ちょ、 痛(いて) ぇ、 痛(いて) ぇって!」

「つねってるんだから痛くて当然。ほら、ラグナに何かいうことは?」

「悪かった、悪かったって! ちょっとしたお茶目な冗談でした、ごめんなさい!」

「アヤカ、やめてやれ。このままだと 祭(さい) の頬肉が垂れてしまう。これから先、 祭(さい) を見るたびに笑いをこらえるのは面倒だ」

ラグナの制止もあり、アヤカは 祭(さい) の頬から手を放す。

真っ赤になった頬に手をあてた 祭(さい) がぶちぶちと文句をいった。

「おお、 痛(いて) え。たく、あいかわらずの馬鹿力だな。というか、いつの間に後ろに回りやがった? まったく見えなかったぞ」

「隣にいた私も見えなかったよ。舞姫はますます速さに磨きをかけたみたいだね」

シドニーが感心したようにうなずくと、それをきいたアヤカが楽しげに応じた。

「それをいうならシドニーは可愛さに磨きがかかったじゃない。六旗の旗士を次々に虜にしている 歌姫(セイレーン) の噂はこっちまで鳴り響いているわよ? この前あったとき、ウルスラも久しぶりにあなたの歌をききたいっていってたわ」

アヤカはそういうと、残念そうにかぶりを振る。

「今は鬼門に潜っているから願いはかなわないけどね。そうだ、ウルスラとクライアが帰ってきたら、皆で集まってお茶会を開きましょう」

「それは楽しみだね。ぜひお招きにあずかろう――ところで、今の話からすると、君はクライアが無事に帰ってくると確信しているみたいだね」

「空はクライアを無事に帰してほしければ鬼人に手を出すなといった。御館様は、空の力が本当なら鬼人をまかせてもいいとおっしゃった。要求が満たされるのだから、空がクライアを傷つける理由はないわ」

それをきいたシドニーは内心で首をかしげる。あたかも、わかりきった事実を語っているかのようなアヤカの口調に違和感をおぼえたのだ。

式部の言葉は「空が単身で幻想種を討ったという話が事実なら、鬼人の処遇をまかせてもよい」という意味である。

もちろん、シドニーとてゴズやクリムトを疑っているわけではない。疑っているわけではないが、それでは百パーセント信じているのかと問われれば答えに詰まる。

五年前の御剣空を、それ以前の御剣空を知っているから、なおさらに。

だが、同じものを知っているアヤカは、ゴズたちの報告を信じて疑っていないようだ。いや、これは「信じる」というより「知っている」かのような物言いだ、とシドニーには思えた。

と、そのとき、まるでシドニーの思考をさえぎるかのように、西の方角から鐘の音が鳴り響いた。

はじめに一つ、強く。続いて小刻みに三つ。

住民に不安を与えないように暗号化されたそれは、西の方角から魔物が迫っていることを知らせる合図だった。なお、通常の襲撃は鐘を鳴らすまでもなく、それぞれの部隊が処理をする。この鐘が用いられるのは、なんらかの理由で防衛戦力に不足をきたした部隊が、他隊の旗士に援軍を要請するためのものだった。

「西、ということは第八旗か。あそこは新兵が多いからな。大型をふくむ三つの群れとなれば、処理に手間取るのも無理はない。皆、急いで向かうぞ」

「了解」

「ち、めんどくせえ」

「わかった」

ラグナの言葉に、シドニー、 祭(さい) 、クリムトの順で応じる。

アヤカはといえば、すでに心装を抜く準備に入っていた。

「―― 心装(しんそう) 励起(れいき) 」

応じてあらわれたのは鮮やかな緋色の刀。鍔は翼を広げた鳥の形をしている。両手でその柄をにぎったアヤカは、そのまま抜刀に移った。

「羽ばたけ、カルラ!」

アヤカが叫ぶや、その場にいた者たちは 鳳(おおとり) の羽ばたきを耳にする。

次の瞬間、アヤカの手には二本の刀が握られていた。左右の翼を模した二刀一対の心装を握ったアヤカの身体がふわりと宙に浮かび上がり、そのまま空中で静止する。

勁(けい) を用いた跳躍ではない。空中に浮かぶ浮遊でもない。望めば空を飛ぶことも、宙を駆けることもできる 天賦(てんぷ) の才。稀少な心装使いの中でもさらに稀少な飛行型――それがアヤカ・アズライトの心装カルラの能力だった。

「先に行くわ」

同期生たちに声をかけるや、アヤカは 征矢(そや) のごとく宙を駆け、一路西の城壁へと向かう。

ほとんど一瞬で視界から消えたアヤカを見て、 祭(さい) がお手上げだというように両手をあげた。

「あいかわらずふざけた能力だよな。剣の腕だけでも厄介なのに、空から好きなように攻撃できるとか、あんなのに勝てるわきゃねえっての」

「ぼやくな。強力だからこそ制御も難しいことは知っているだろう。あれはアヤカでなければ扱えない。俺たちは親からもらった足を使うぞ」

「へいへい。てかクリムト、無理すんなよ? 空のやつに骨を折られたんだろ」

「とっくに治ってる。気づかいは無用だ」

「ほら、二人とも、おしゃべりしてると置いていくよ」

それぞれに好き勝手なことをしゃべりつつ、黄金世代の四人はまったく同時に 勁(けい) を発動させ、地面を蹴る。

四人分の 勁(けい) 圧(あつ) に耐えかねたように、地面が大きくきしんだ。

この日、 柊都(しゅうと) に迫った魔物はコーラルワーム。

その名のとおり、外見は 珊瑚色(コーラル) をした 長虫(ワーム) 、つまりは蛇である。ただ、鱗はなく、顔の部分も長い地中生活に特化して口の形になっているため、実態は蛇というよりミミズに近い。

島外におけるコーラルワームは最大でも二メートル前後までしか成長せず、さらに地中深くに棲息しているためにめったなことでは人前に出てこない。

しかし、鬼門の魔力にあてられた鬼ヶ島種は最大で五メートル以上に成長するため、エサを求めて精力的に地上に姿をあらわす。

ワームはワイバーンと同じく竜の眷属とされており、強力な再生能力を有している。このため、小型の幼生はともかく、大型のワームを倒すのは青林旗士といえど簡単なことではなかった。なにしろ、身体を燃やそうと、凍らせようと、真っ二つに両断しようと動きを止めないのである。

このため、大型のコーラルワームを倒すには、心装使いが数人がかりで挑む必要があった。

ところが、この日にかぎってはその必要がなかった。すべての大型をアヤカ・アズライトがひとりで葬り去ったからである。

アヤカの心装によって斬られたワームは再生能力が発動せず、常のしぶとさに比べればあっけないほど簡単に死んでいった。

むろん、これはアヤカの心装の能力による。

カルラとは神代の空を飛んだ霊鳥にして、すべての竜の天敵たるもの。

人に悪逆をなす竜を喰らった、 竜喰らい(ドラゴンイーター) の名前である。