軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47.あなたとともに、どこまでも③(完)

「わたしは本当は独占欲がとても強いのですよ、バーナード」

「それは初耳ですね。もっと聞かせてください」

「実はあなたに公開訓練への参加を勧めなかったのも、見学に来ている女性たちにきゃあきゃあと騒がれる姿を見たくなかったからなのです」

「そのきゃあきゃあは恐怖の叫びではないんですか?」

「黄色い歓声というものです。チェスターがよく浴びているでしょう?」

「なるほど、姫様の俺への欲目がすごい」

「騎士団へ視察へ行ったときも、見学の女性たちが一斉にあなたに恋に落ちてしまうだろうと、気が気でありませんでした。あなたは本当に魅力的な人なので、好きになる女性の百人や二百人、いてもなにも不思議はありませんからね」

「どうしてそれをそんな自信満々な可愛い顔でいえるのかが、俺には不思議ですが……、なるほど、よくわかりました」

「仮面舞踏会のときもあなたがすごく格好良くて……! あの服装は本当に似合っていました。王妹のわたしが隣にいなかったなら、あなたは女性たちからひっきりなしにダンスに誘われていたことでしょう。その未来を回避できて本当によかったです」

「そんな予言者みたいに自信たっぷりにいわれても、路地裏の占い師以下だと思うんですが、お気持ちはよくわかりました」

バーナードが納得顔で頷いてくれたので、わたしはとても晴れやかな気分になった。

やはり隠し事はつらいものだ。打ち明けて、受け止めてもらえたこの感動と爽快感は素晴らしい。

にこにこしていると、繋いでいたバーナードの右手が離れていった。

それを寂しく思う間もなく、その大きな手はわたしの頬をそっと撫でた。

わたしは大きく眼を見開いた。

バーナードもまた、底知れない眼でわたしを見つめていた。反応の一つ一つ、感情の一つ一つを、見過ごすまいとするように。わたしが拒絶や怯えを隠して我慢していないかどうか、見極めようとするように。

硬い指先が、ゆっくりとわたしの頬を撫でる。

その意図を察せられないほど幼くはない。

心臓が早鐘を打つ。全身の熱が突然跳ね上がったような気がして、決していやなものではない緊張感に満ちながらも、あえかな息を零す。

待ち望む言葉の代わりに瞼を下ろした。

バーナードの左手もまた、わたしの手から離れていって、頬へやってくる。彼の大きくて硬い両手に包まれる。わたしは激しく高鳴る心臓の音とともに、そのときがやってくるのを待った。

けれど口づけが降ってきたのは、唇ではなくひたいだった。まるで幼子を寝かしつけるかのように、優しくキスを落とされて、むうと瞼を上げる。

すると、少し困ったような色を浮かべるこげ茶色の瞳がこちらを見下ろしていた。

「殿下、少しでも怖かったり、嫌だと感じたときは」

「えぐりません! ……いえ、例の護身術の、あなたの片目をえぐるようにという話ですよね? えぐりません。だって、怖くありませんし、嫌でもありませんから……!」

わたしの顔は真っ赤になっていたと思う。

でも、いいのだ。バーナードがひどく嬉しそうな顔をして、とろけるような笑みを浮かべたから。

彼が少しだけ身体を引く。そうすると、目線の高さが近くなった。

殿下と、低くかすれた声で呼びかけられて、わたしはもう一度目を伏せた。

今度は間違いなく唇に、柔らかな感触と、彼の温もりを感じる。

───二度目のキスは、初めてのときよりも甘く、長く、深かった。

もうすでに身体中がほてっている気がしたのに、そのキスで、またぶわりと熱を引き上げられた気がした。身体の内側に火をつけられて、全身にその甘い熱が回っていく。彼のキスがわたしをとろとろに溶かしてしまう。気持ち良さと幸福感でくらくらする。まるで世界中の甘さをかき集めたかのように甘い口づけだった。

やがてバーナードの唇が離れていっても、わたしはまだ陶酔感の海に浸っているような心地でいた。

力の入らない、つたない口調で呟いてしまう。

「……これで二度目です……」

愛おしそうにわたしを見つめていたこげ茶色の瞳が、少しだけ意地悪く輝いた。

「おや、数えていたんですか、殿下?」

「なっ……、それは、だって、あっ、あなただって、すぐに意味がわかったということは、数えていたのではありませんか!?」

「ええ。二度目の機会を虎視眈々と狙っておりましたから」

さらりと肯定されてしまって、わたしは憤りをぶつける先を失い、じいっと睨みつけた。

バーナードがくつくつと楽しそうに笑う。楽しそうに、嬉しそうに、その輝くこげ茶色の瞳に溢れんばかりの愛をたたえて笑う。わたしもしまいにはつられて笑い出してしまって、お互いに鼻先をこすり合わせるようにしながら、二人そろって肩を震わせた。

「好きだよ、姫様。愛してる」

低く甘い声がそう囁く。それはバーナードの手でわたしの胸の内に灯される炎だった。彼が与えてくれた火が、いつまでもわたしの心を温めてくれるようだった。

最愛の騎士の硬い指先が、まるで輪郭を確かめるように、わたしの頬から唇までなぞっていく。あごを持ち上げられる。彼は親指の腹で、優しく丁寧にわたしの唇を撫でた。

それだけで背筋がぞくりと震えてしまう。

わたしはもう甘い愛の海で溺れてしまいそうだった。

先ほどから心臓が祝祭の音楽よりも激しく鳴っている。

いっぱいいっぱいな心境で、止めたいのか、それとも先へ進みたいのか、自分でもわからないまま、彼の隊服をぎゅっと握りしめていった。

「少しだけ待ってください、バーナード。先ほどから胸がいっぱいで、ふわふわしてくらくらして、息が苦しいのです」

「姫様、それは……、もしや体調が悪いのでは? 過労による貧血ではありませんか? 横になってください、すぐに医官を」

「ちがいます! もう、なにをいうのですか、そういうものではありません! 体調はすこぶる良好ですし、今なら何でもできそうな心地です。そうではなくて……、幸せすぎて、いっぱいいっぱいなのです。あなたに触れられると、気持ちよくて、ずっとこうしていたくて、もっと触れてほしくて、だけど胸がどきどきしてしまって、まるで雲の上を歩いているようなふわふわした心地で……、わかりますか?」

こんなたどたどしい説明で伝わるだろうかと、不安混じりに上目遣いで伺う。

バーナードはなぜか固まっていた。

敵の軍勢を前にしてもあくび一つで済ませるような人が、眼を見開いたまま微動だにしない。「バーナード?」と呼び掛けると、彼はハッとしたように瞬いて、それから片手で顔を覆って呻いた。

「クソ、いま理性が百万回は焼死体に……! でも大丈夫だ復活するからな、俺は大丈夫……! こう見えても耐久力には自信があるんですよ……!」

「は、はあ……、耐久力?」

「大丈夫です、殿下。ご安心ください。俺は、あなたが入っている箱ごと愛せる男です」

「箱には入っていませんけれど、なんの話です?」

そう首を傾げたときだ。

バーナードが一瞬で眼差しを険しくして、わたしの背後を睨みつけた。

それだけでおおよそが察せてしまう。

わたしはため息を一つ吐き出して、気持ちを切り替えた。

後ろを振り返ると、予想通り、走っていないと主張できる限界の速さでこちらに向かってきている補佐官の姿が見えた。

いつものように、なにかイレギュラーな事態が起こったのだろう。

わたしが午後に休みを取ったことは補佐官たちも皆知っている。

日頃からわたしの忙しさを心配してくれている面々だ。休みを取るといったら、諸手を挙げて賛成されたし、半日などといわずにもっと休暇を取るように勧められたほどだ。それでも今やって来たということは、緊急で王妹の判断が必要なトラブルが発生したということだろう。

わたしが長椅子から立ち上がるより先に、バーナードがわたしの姿を隠すように前に立った。

「殿下はお休み中だ」

威嚇するような口調だった。怒りと苛立たしさが滲んでいた。わたしに働きすぎだと最も進言してくるのはバーナードだ。二人きりの時間を邪魔されたというより、わたしの休みがなくなることが許せないという様子だった。

わたし付きの補佐官は、今や王都中の貴族から庶民層にまで幅広く恐れられるようになったバーナードを前にしても、怯むことなく口を開いた。

「お休みのところを邪魔して申し訳ないと心の底から思っているとも。殿下に休んでいただきたいと願っているのが近衛隊だけだとでもいうのか? 思い上がるな。我々補佐官こそ殿下の政務の過酷さを理解している。だが、今は、殿下に判断を仰がなければならない状況だ」

わたしは立ち上がり、バーナードの背中をぽんぽんと叩いた。

「大丈夫ですよ。執務室に戻りましょう」

ここで一度話を聞いて指示を出して、それで収まる程度のトラブルではないだろう。補佐官を何度も往復させるのは時間と労力の無駄であるし、わたしとしても状況は早く把握しておきたい。

バーナードは苦々しい顔をしながらも、わたしの前に道を開けた。

歩き出してから、ふと、じゃれつくような気持ちで、後ろを歩く彼を振り返る。

「一緒に来てくれますか、バーナード?」

どこまでとも、いつまでとも区切らない。たわむれのような問いかけだった。

こげ茶色の瞳がほんの少しの驚きと、それから深い愛情を滲ませていった。

「ええ、もちろん。どこまでもお供しますよ、俺のアメリア姫」

淡い水色の空の下、暖かな日差しのもとで、バーナードが微笑む。

爽やかな風が吹いて、瑞々しい花の香りを運んできた。

わたしは心からの笑みを浮かべて、彼とともに光の中を歩いていった。

もうすぐ、春が来るのだ。