軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

46.あなたとともに、どこまでも②

怖がらせてしまって申し訳ないと、わたしが口を開こうとしたときだ。

「殿下……」

バーナードがかすれた声でいった。

「俺は、あなたを怯えさせるくらいならばこの首を落とした方がマシだと思っています。先に進みたいという欲がないとはいいませんが、理性の復活と耐久力にはそれなりの自信がありますので安心して頂いて大丈夫です、ですが姫様が望んでくださるなら話はまったくちがってくるわけで、俺の理性と欲望も固く握手を交わして大賛成していますし、なあ姫様そうなのかそういう意味なのか俺もそっちの可能性は考えたけどな妄想がすぎるかと」

「待ってください、バーナード。話の意味がよくわからなくて、あの、すみません、何の話を……?」

わたしを怯えさせるというのは、今、彼が緊張のあまり獣のような鋭さを見せていることだろうか?

先に進みたいというのは、つまり、早く話を進めてくれといいたいところを、理性の復活? と耐久力? で我慢してくれているのだろうか?

わたしの困惑に気づいて、バーナードがハッとしたように、前のめりになっていた身体を直立に戻した。

「申し訳ありません、殿下。がっつくような真似をして……、理性に自信があるといっておきながら、お恥ずかしい限りです」

「いいえ、バーナード。回りくどい話し方をしたわたしが悪いのです。わたしのほうこそ、焦らすような真似をしてごめんなさい」

「殿下……!」

これ以上、彼を不安にさせたくない。

わたしは、絡めたままのバーナードの指をぎゅっと握りしめて、覚悟を決めていった。

「わたしのわがままというのは、あなたに恋に落ちる女性が増えるのを見たくないということなのです……!」

「はい。………………はい?」

「あなたがチェスターのように、女性たちに取り囲まれて、きゃあきゃあと歓声を上げられる光景を見たくないと、想像するだけで嫌だということなのです!」

「は、はあ………、はあ?」

困惑しきった様子で瞬くこげ茶色の瞳に、わたしはしょんぼりと肩を落として頭を下げた。

「突然こんなことをいわれても困りますよね。ごめんなさい」

「いや、謝らなくていいですけど、え? ───姫様の隠し事ってそれ? え? は? マジか? なんでそんなありえない状況を想像してんの? 嘘だろ? 俺はてっきり……、てっきり……っ!」

バーナードが呻きながら天を仰いだ。

「クソ、そんな上手い話はねえか……! ……それにしたって、どういう想像を……、俺に上がる声があるとしたら歓声じゃなくて悲鳴だろ……、なんでそんな……、ああ、いや、そういうことか……?」

空を向いた姿勢のまま、バーナードが何やらひとりごちている。

彼が予想していた内容とはちがっていたのだろう。申し訳ない。

わたしが身の置き場のないような心地になっていると、不意に長身が屈められる。

こげ茶色の瞳がわたしを覗き込むようにして見つめてくる。そこに失望の色はなく、先ほどまでの困惑も消えていた。

完全に切り替えた眼で、バーナードはわたしの心を見透かそうとしているかのようだった。

何一つ見逃すまいとするように、彼はすうと眼を細めた。

「姫様」

「はい」

「俺はなにか、あなたに不安を抱かせてしまうような真似をしましたか? どうか遠慮なく仰ってください」

「いいえ、いいえ、ちがうのです。あなたの真心を疑ったことはありません」

わたしは慌てて大きくかぶりを振った。

「たとえば、あなたが浮気をするだとか、そういったことは本当に考えていません。ただ、わたしは、あなたの誠意も愛情もわかっているのに、それでもあなたが女性たちに囲まれていたらもやっとしてしまうという、心の狭い人間なのです……!」

「俺が女性に囲まれるという想像からして現実になり得ないと思いますが……、まあ、問題はそこじゃないのか。つまり殿下は、俺を独り占めしたいわけですね?」

えっ、とも、ひっ、ともつかない、中途半端に入り混じった声が出た。

バーナードが少しだけ意地の悪い顔をして、にやにやと笑った。

「そういうことでしょう、殿下? あなたのお考えを当ててみましょうか?」

逃げ場のないわたしの前で、バーナードがゆっくりと小首を傾げてみせる。

それは可愛らしいというより、獰猛と表するのがぴったりな仕草だった。こげ茶色の瞳が、身じろぎもできずにいる獲物を前に笑う。

「恋人に独占欲を抱くなんてありふれたことでしょうが、殿下は王家の姫という立場上、そういったことを考えるのはよろしくなくて、口にするのはさらに不適切だと感じている。なぜならあなたはこの国の最高位に次ぐ権力の持ち主で、言葉一つで他人の人生を狂わせてしまうことができるから。姫様は親がクソな真似をしてきたせいで、昔から自分への戒めがやたらと強いんだよな。───でも、俺に対しては、独り占めしたいと思ってる」

バーナードがひどく嬉しそうな顔をする。そのうえ、絡めたままの指を彼の口元まで持っていかれて、何度もキスを落とされる。

わたしはもうどうしていいかわからなくて、必死になっていい募った。

「この気持ちを消そうと思ったのです! それができないならせめて、隠し通そうと……」

「うん」

「でも、あなたに気づかれて、それで……。ギルベルトの一件もあって、話をした方がいいだろうかと……。あなたと結婚を約束した間柄でありながら、隠し通すのは不誠実だろうかと」

こげ茶色の瞳が優しくこちらを見つめている。

わたしは困り果てた気持ちで続けた。

「でも……、本当はただ、あなたに打ち明けたかっただけなのかもしれません。わたしは、あなたのことになると、とても心が狭くなるのだと。わたしだけを見つめてほしい、ずっとわたしの傍にいてほしい。そう思ってしまうのだと、いってしまいたかっただけなのかもしれません……」

途方に暮れた心地で言葉を口にする。胸の内のよどみを吐き出しても、爽快感というよりは、迷子になった子供のような心もとない気持ちだった。

それなのに、バーナードはなぜか破顔した。

「まいったな、姫様。すげえ嬉しい」

「……バーナード?」

「クソ嬉しい。自分の感情を殺しがちなあんたが、それでも手を伸ばして求めてくれるのが俺だなんて、こんなに嬉しい話があるか?」

「わかっていますか、バーナード? これは私利私欲の話なのですよ?」

「いいねえ、私利私欲。最高だ。姫様はもっと欲張りになっていいんだよ。手始めにほら、俺を独り占めしてくださいよ、殿下」

彼は満面の笑みを浮かべて、絡めたままの指を彼の左胸へ持っていった。

隊服越しに触れた身体から、どくどくと心臓の音が伝わってくる。

「うるさいほど鳴っているでしょう?」

「普段からこうなのですか?」

わたしが首を傾げると、バーナードは楽しげに笑った。

「まさか。殿下があまりに嬉しいことをいうから興奮しているだけです。俺の心音を早めさせることができるのは姫様だけですよ」

「あなたはいつもそう……、人を陥落させる言葉をさらりと口にするのですから……」

「はは、人たらしの技術では殿下に遠く及びませんよ」

軽く流されて、わたしは本気でいったのにと口をとがらせる。

けれど、こちらを見つめるこげ茶色の瞳が、信じられないほど雄弁に愛を伝えてくれるので、わたしの心臓もまたどくどくと高鳴った。

「いくらでも独り占めしてください。俺はあなたのものですよ。あなたに求められることは、この上ない喜びです」

「……っ、……いいのですか……? わたしは身勝手なことを望んでいるのに……っ」

「もちろん、いいんですよ。俺はね、殿下。正しくあろうとするあなたのことを尊敬していますし、愛していますよ。でも、同じほどに、正しさなんて捨てちまえと思っている。あなたが心のままに生きられることを願っている。……だからどうか、俺の前では我慢しないでくれ。泣き言もわがままもいってくれ。それこそが俺の望みだ」

力強くいいきられて、思わず身体から力が抜けた。自分がひどく緊張していたのだと、今になってようやく気付く。

バーナードが、いたわるように慰めるように、空いていたほうの手も握りしめてくれる。

「どうか、心が狭いなんて、自分を責めないでください。俺はあなたの気持ちを聞きたい。あなたが欲しいものを教えてほしい。俺はあなたの欲望が欲しいんですよ、アメリア様」

その声はあまりに甘く、優しく、愛に満ちていた。

わたしは泣き笑いのような顔で、彼にじゃれつくようにいった。

「ふふっ……、あなたはやはり、堕落の誘いのようなことをいいますね」

「構わないでしょう? これは俺とあなたの間だけの話です。国も政治も関係ない。肩書も身分も、ここに持ってくる必要はない。俺たちの間に、なにか持ち込むべきものがありますか?」

「いいえ、いいえ」

わたしはひどく幸せな心地で言葉を繰り返した。わたしが王家の姫であることも、バーナードが桁外れに強い騎士であることも、今はなにも関係なかった。