軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

15.ある少年の話(後)

「ありがとう、ございました」

そういって、ガキの女は、頭を下げた。

「助けてくださって、ありがとうございました。あなたのおかげで、助かりました」

それから、女が顔を上げる。その顔は、なおも蒼白だった。

俺は、少々呆気に取られていた。この状況で、震えながらいうことがそれか? この見渡す限りの死体の中で?

「……お前、頭がおかしいのか? それとも、周りが見えてないのか?」

「正気だと思いますし、見えていますよ」

「あのなぁ、こいつらは全員俺が殺したんだよ。わかるか? 俺が皆殺しにしたの」

「はい。ですから、お礼を申し上げに来ました。あなたがわたしを助けてくださった」

「助けたんじゃねえよ。殺しただけだ。みんなみーんな殺してやった」

ガキの女は「はい」と頷いた。わかっているとでもいうような顔をしていた。

俺は、なぜか無性に苛立って、死体を指さしていった。

「そこの恨めしげな顔をしたゴミが見えるか? どいつもこいつも、反撃の一つもできずに死んだんだ。なあ、俺のこの全身の返り血が見えるか? 全部こいつらの血だ。人間をただのゴミに変えるなんて、俺にとっちゃ、息をするより簡単なんだよ」

わざと脅かすようにいえば、頭のおかしい女は、ぱちりと瞬いた。

女がじっとこちらを見る。

それは、この血塗れの戦場で、なぜか、ひどく、清らかに見えた。欲望のこもらない、透き通ったきれいな水のような瞳に見えた。

女はいった。

「わたしは、生き延びたいと願いました。こんなところでは死ねないと思いました。この状況は、わたしの望みの結果です。わたしが背負うものです」

女の頬は青ざめていた。女の身体は震えていた。女の全身が、恐怖に満ちているのがわかった。

だが、それでも、彼女は、揺るぎなくいいきった。

「わたしはこの国の王女アメリア。あなたが流した血は、わたしが流したもの。あなたが奪った命は、わたしが奪ったもの。あなたの剣は、わたしの剣です」

…………ばかばかしい。

なにをいっているんだろう、この女は。何を勝手に背負っているのか。

今までの誰も、そんなことはいわなかった。自分のために殺してくれと、俺を欲しがるばかりだった。誰もかれもが俺を所有したがった。

いいや、この女だって、きっとそういうのだろう。よくやった、これからも自分の役に立てというのだ。そうだ。さっさとそういえ。そうしたら、何も気にせずに、殺してやるから。今なら、まだ、失望なんてしないから。

俺は、女が口を開くのを待った。

女は、俺の視線を受け止めて、すまなそうにいった。

「ごめんなさい。お怪我をなさっているのに、立ったまま話してしまって。今、簡易の救護室を作りますから、それまで、もう少しだけ、座って待っていてくださいますか?」

「 ─── はっ? い、いや、待てよ、おい、待ってって!」

慌てて引き留めると、塔に向かって歩き出していた女は、くるりと振り向いて、案じるようにこちらを見た。

「傷が痛みますか?」

「ちがう! 怪我なんかしてねえよ! 全部返り血だっていっただろうが!」

「まあ」

「まあ、じゃねえよ! なんなんだ、お前は!?」

「アメリアと申します。この国の王女です」

「それはさっき聞いた! そうじゃなくて、もっと、ほかに……、俺にいうことがあるだろう……!?」

部下になれだとか。これからも役に立てだとか。俺の力が欲しいだとか。そういう台詞を吐くはずだ。

そうじゃない人間なんて、今までいなかった。これからだって、きっといない。

期待させるな。期待? なんだそれ。そんなもの、犬にでも食わせちまえよ。

そんな言葉、俺の中にありはしない。

俺の胸の内に広がる、この暗い昏い闇の中の、どこにもありはしねえんだ。

だけど、彼女は、あぁと納得したように頷くと、青ざめた頬で、それでも微笑んだ。

「申し訳ありません、勇敢な騎士様。あなた様のお名前を、まだお伺いしていませんでしたね」

「ちがう!」

「ちがう様……?」

「ふざけてんのか、あんた!? ……それに俺は、騎士じゃない!」

そうか、この女は、俺が騎士だと誤解していたのか。だから、こんな意味の分からないことをいうのか。

俺のこの格好を見て、どうやったら騎士だと誤解できるのかは謎だが、とにかく、そういうことなんだろう。

騎士じゃない、ただの平民だとわかったら、こいつも態度を変えるはずだ。

俺は半ばそう強引に自分を納得させて、いった。

「俺は騎士じゃない。この辺の人間ですらない。昨日、見張り番に雇われただけの、ただの流れ者だ」

わかったか? そのイカレた頭でも理解できたか?

そう、指先を突きつけてやると、アメリアは、驚いた顔をして、それから ─── ……そっと、俺の手を、両手で包んだ。

俺の汚れた手を、彼女のきれいな手が、躊躇なく包み込む。

「旅の方だったのですね。王家に何の義理もない。それでも、戦ってくださったのですね。心から、感謝します。助けてくださって、ありがとうございました」

俺は、もう、声も出せなくて、ただ、無理やり、手を振りほどいた。

アメリアの手が汚れてしまう。お姫様の手が。

それはいけないことだと思うのに、俺は、彼女の指が触れた場所が、じんじんと熱くて、頭がおかしくなりそうだった。

いや、きっと、なっていたのだ。なっていたから、思ってしまった。

ここで別れるのはいやだと。このまま、彼女に背を向けられたくないと。

立場が違う。身分がちがう。わかっている。彼女はお姫様だ。俺なんかが傍にいられる人間じゃない。

─── でも、俺は、それを可能にする方法を、一つだけ知っていた。

俺は、誰もが欲しがる人間だ。誰もがかれもが、俺の所有者になりたがる。

「なあ……、お姫様。俺に名前を聞いたよな? あんたがつけてくれよ」

彼女は、戸惑ったように首を傾げた。

俺は、へらっと笑っていった。

「名前が何だったか、覚えてないんだ。だから、あんたがつけてくれないか。なあ、そうしたらさ……」

これを口にしたら、この人はどう思うだろう。

なんと答えるだろう。喜ぶだろうか。怯えるだろうか。俺はやっぱり、失望することになるのだろうか。その恐ろしさはあったけれど、俺はいっていた。

「そうしたら、俺は、あんたのものになってやるよ、お姫様。あんたの命令を聞いて、あんたをずっと守ってやる。あんたの剣になって、あんたの所有物になってやる。あんたの物になってやるよ」

アメリアは、まじまじと俺を見つめた。

それから、少し困ったように微笑んだ。

「あなたの人生は、あなただけのものですよ。わたしが王家の人間であっても、あなたの心を決めることはできません。それは、誰であろうと、してはいけないことです」

カッと、胸の奥が焼けるような感触が広がる。

─── それは、苛立ちだったのか、それとも歓喜だったのか。

だけど、もう、それが決定打だった。

俺は、俺のこの空っぽな胸の内側を、それでも大事にしようとしてくれる、このお姫様に、全部全部くれてやるのだと決めていた。

だから俺は、だだをこねるように言いつのった。

「俺がいいっていってるんだ。俺の人生を、あんたにくれてやるっていってるんだから、大人しく受け取れよ」

「それはできませんが……。あなたは、道に迷っていらっしゃるのですね」

姫様は、優しい瞳で、俺を見ていった。

「では、こうしましょう。わたしは、いっとき、あなたの人生を預かります。あなたが、返してほしいと願う、そのときまで」

……そうして彼女は、俺に名前をつけた。

バーナード。それが、おとぎ話に出てくる、勇敢で心優しい騎士の名前だと、俺が知るのは、しばらく経った後のことだった。

胸の奥が、からからと鳴る。

冷たい風が通り抜けては、からからと。

─── その音が、今となっては、ひどく遠かった。もはや何も、聞こえないほどに。