軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.チェスター

ベッドの中で涙をこぼしても、平等に朝は来る。

今日の護衛は、バーナードとチェスターだった。

バーナードの顔を見るだけで、心がぐちゃぐちゃになりそうで、わたしは必死に政務に集中した。

昨日のことを、わたしは未だに、消化できていなかった。考えないようにすることだけが、わたしにとって唯一の手段だった。

いつも通りの忙しいスケジュールをこなして、昼過ぎに、ようやく一呼吸つく。

すると、タイミングを見計らっていたかのように、チェスターから声がかかった。

「殿下。少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「構いませんよ」

「……もし、よろしければ、どうか人払いを。二人きりで話をさせてください」

わたしが書類から顔を上げると、チェスターは妙にこわばった顔をしていた。

バーナードは、特に顔色を変えない。口を挟んでくることもない。それを怪訝に思いながらも、わたしは、室内の補佐官たちに、しばらく退出してくれるように頼んだ。

バーナードだけは反対するだろうと思ったけれど、彼は、淡々といった。

「俺も出ています。何かあれば、すぐに呼んでください」

珍しいこともあるものだ。

いくらチェスターが副隊長でも、彼が、自分から、わたしと誰かを二人きりにするなんて。

わたしは、引き留める言葉も思いつかずに、扉の向こうへ消える、バーナードの背中を見送った。

チェスターは、わたしの机を間に挟んで、前に立つと、ひどく真剣な眼差しでわたしを見た。

「殿下が、結婚について悩まれていると伺いました」

「ええ、まあ……。昨日、そんな話はしましたが……」

わざわざ二人きりになって、切り出すような内容だろうか?

わたしが困惑していると、チェスターは、意を決したように口を開いた。

「陛下から殿下へ、縁談のお話があったのでしょうか?」

「……あなたは、何を聞きたいのですか、チェスター?」

「殿下。俺は、祖国と王家へ忠誠を捧げた身です。陛下のご命令とあれば、覚悟はできております。俺へのお気遣いは無用です。俺とて、隊長が恐ろしくないとは、口が裂けてもいえませんが、俺しかいないのであれば、俺は、俺は、謹んで、ご命令を承ります ─── っ!」

チェスターが、くっと呻きながら、まるで死を覚悟したかのような形相でいう。

わたしは、呆気にとられた後に、彼を押し留めるように、小さく片手を上げた。

「何か誤解があるようですが……。チェスター、ルーゼン公爵家の三男であるあなたが、わたしの近衛隊にいるのは、わたしと結婚するためだと、一部の者たちが勘ぐっていることは知っています。ですが、それは、根も葉もない噂ですよ」

「えっ……、えっ!?」

チェスターが、ぱかっと口を開いて叫んだ。

「根も葉もないのですか!?」

「ありません」

わたしは苦笑してしまった。

どうりで、妙にこわばった顔をしていると思った。

「だいたい、わたしとの結婚なんて、あなたのお父様も、お兄様方も、反対なさるでしょう?」

「ええ、ですから、それも含めて、余計に殿下は悩んでおられるのかと……。本当に、ちがうんですか?」

わたしは、笑いながら頷く。

チェスターの身体から、へなへなと力が抜けた。

「そ、そうでしたか……。あぁ、俺は、てっきり……」

「陛下は、ルーゼン公爵家との関係を悪化させたいとは考えていませんよ」

わたしが、笑いを滲ませながらいえば、チェスターは、がくりとうなだれていった。

「本当に申し訳ありません……。ただ、父も、兄たちも、今でこそ、俺に、殿下とだけは恋仲になってくれるなと懇願してくるほどですが、あの夜会の前は、真逆の姿勢でしたので……。今さら、手のひらを返しても遅いと、陛下がご判断なされたのかと思っていました」

「真逆の姿勢? でも、あなたには婚約者がいたのに?」

「ええ……。彼女の家に圧力をかけることもなく、婚約解消を認めたのは、どうも、殿下との結婚のほうが利益があると判断していたからだったらしいんですよ。そのくせ、あの夜会以降は、一刻も早く近衛隊をやめろなんて言ってきていましてね。自分の家族ながら、うんざりしますよ」

チェスターが、げっそりとした顔でそういう。

それから、軽く首を傾げた。

「隊長からは、殿下が結婚について悩んでいると聞いたんですが……、隊長の誤解ですかね?」

わたしは、思わず、押し黙った。

もしかして、バーナードも、わたしとチェスターが結婚予定だと、誤解しているのだろうか?

昨日の『チェスターにも考えさせるべきだ』というのは、そういう意味だったのか。

あぁ、彼にしては珍しく席を外したのも、そういう理由だったのか。

わたしは嘆息した。やはり一度、きちんとバーナードと話をしなくてはいけないだろう。

……自分から切り出したい話ではなかった。彼がもう気づいているなら、それでいい、何も話す必要はないなんて、逃げるように思っていた。でも、チェスターが結婚相手だと思っているなら、バーナードは、まだ、わたしの傍にいてくれるつもりなのだろう。

それでは駄目なのだと、彼に伝えなくてはいけない。

彼にある選択肢は、わたしに結婚を無理強いされるか、わたしの元を去るか、その二択だ。

どちらかしか、バーナードは選べない。

最低だ。

今まで、これほど尽くしてきてくれた彼に対して、最低の仕打ちをしようとしている。わかっている。

だけど、わたしも、王も国もどうでもいいから、わたしの傍にいてほしいとは、いえない。

護衛騎士としてでいいから、傍にいてほしい。それ以上は望まないから。今の関係のままでいいから。あなたがいてくれたらそれだけでいいとは、……いえないのだ。

たとえ、ベッドの中で、泣きながらそう考えたとしても。

わたしは、しばらく沈黙した後に、口を開いた。

「チェスター。バーナードを呼んでください。彼と話があります。彼だけを呼んで……、それから、あなたも残ってください」

バーナードは、言い訳も説明もしない。だから、チェスターに証人になってもらった方がいい。

彼が去るときが来ても、誤解を招くことのないように。すべての咎は、わたしにあるのだと伝わるように。

お兄様は、バーナードは、追放しても投獄しても、わたしの元へ戻ってくるといった。

それは正しい。

だけど、わたしは知っている。

バーナードは、わたしの命令ならば、従うのだ。

「お呼びですか、殿下?」

「ええ。……ソファで、話しましょうか。あなたも座ってください、バーナード」

こんなときくらい、目線の高さを揃えて、話をしたかった。

バーナードは、怪訝な顔をしたけれど、問いかけてくることはなく、ソファに腰を下ろす。

わたしは、ローテーブルを挟んで、その相向かいに座った。

「バーナード。……まず、最初にいっておきますが、わたしとチェスターに結婚の予定はありません。お兄様も、そのようなことは考えていません。一部の者たちが噂していることは知っていますが、まったくの誤解です」

バーナードが、思わずといったように、後ろを振り返った。

扉の前に立ったままのチェスターは、安堵に緩んだ顔で、深々と頷く。

バーナードは、視線をこちらへ戻すと、焦げ茶の瞳に、驚きを滲ませていった。

「申し訳ありません、殿下。俺は、てっきり……」

言葉を濁すように、バーナードは、口元に拳を当てて、それから、戸惑った顔でわたしを見た。

「では、殿下が悩まれていたのは、ご自身の結婚についてではなかったんですね?」

「いえ、わたしの結婚についてですよ」

わたしは、できる限りの冷静を装っていった。

「陛下は、わたしに結婚を命じられました。その相手は、あなたです、バーナード」