作品タイトル不明
03:ドレス作り
「ドレスは当日のお楽しみにしましょう!」
そんなセリーナの提案で、結婚式で着るドレスはセリーナと作ることになったジョアンナ。
二人きりの時にヴィンセントが聞かせてくれた話によると、セリーナはジョアンナと一緒にドレスを作ることをとても楽しみにしているそうだ。
「執務室で父さまが苦笑いしながら言っていたんだけど、自分たちの結婚式の時よりも張り切っているんだって。毎日のように、寝る前にドレスの話ばかりしているようだよ」
ヴィンセントの話を聞きながら、楽しそうに話すセリーナと苦い顔をしているケルヴィンの姿が目に浮かび、ジョアンナは目を細める。
そして、始まったドレス作り。
ヴィンセントから聞いていた通り、セリーナの熱意は凄まじいものがあった。
まずはドレスを作ってもらうお店を選ぶことにしたのだが、セリーナが選んだおすすめの店の数の多さにジョアンナは言葉を失った。
国内だけでなく近隣のいくつかの国の有名店も含まれているというリストには、初めて目にする店の名前がズラリと並んでいる。
王都にあるいくつかの人気店は知っていても、他国の店までは知らないジョアンナは目を白黒させた。
「このお店の職人が作るレースが素敵なのだけれど、こっちの国で最近流行しているデザインもジョアンナに似合いそうだわ」
セリーナは自分の持っているドレスや取り寄せたデザイン画などを見せながら、ひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
「ああー、式までにもっと時間があれば、もう少し遠くの国のドレスも頼めたのに……」
そんなことを言いながら、素敵な刺繍の施されたドレスを握りしめるセリーナ。
彼女の手の中で皺だらけになったドレスを見て、ジョアンナの口から小さな笑いがこぼれた。
セリーナが見せてくれたドレスの数々はどれも素敵なものばかりだ。夢中で見ていると、あっという間に時間が過ぎていく。
「ジョアンナ、どれか気に入ったものはあった?」
「あの……、沢山のドレスを見ているうちに、よくわからなくなってきました」
そう言って、ジョアンナは眉を下げる。
悩みに悩んだ二人がドレスの作成をお願いしたのは、リネハンにある小さな店。ジョアンナが初めて街に出かけた時に、セリーナに連れていってもらった店だ。
初めて訪れた日から何度もセリーナと一緒に通っているその店は、今ではすっかりジョアンナのお気に入りである。
早速、店主を屋敷に呼んでのドレス作りが始まった。
朝早くに馬車いっぱいの生地の見本などを持って屋敷に訪れた店主は、日が暮れた頃にフラフラになりながら帰っていく。
そんなことを何日も繰り返した。
ジョアンナはこれまでに何度もドレスを仕立てたことがあったし、フィリップとの結婚式で着る予定だったドレスも王都で人気のお店で仕立ててもらっていた。
しかし今回のドレス選びでは、その時の知識や経験が全く役に立たない。
セリーナや店主の口から飛び出る生地や糸の名前は、初めて聞くものばかりなのだ。
二人の説明によると、それは王都でもほとんど手に入らないという他国産のものや、魔物から採れる素材なのだという。
二人は様々な生地や糸の名前を挙げては、「こっちの方がジョアンナの肌に合うかしら」「これもいいわね」などと言い合う。
どんどん白熱していく二人の勢いに、ジョアンナは目を丸くするばかりだ。
自分よりも遥かに真剣にドレスについて悩んでいるセリーナを見ていると、ジョアンナの胸にある思いがよぎる。
──お母さまが生きていたら、きっと同じ顔をしただろうな……。
もしも母が生きていたらと、空想をしてふっと笑いがこぼれる。
きっとセリーナと店主と母の三人で、今よりも騒がしいドレス作りだっただろう。
あーでもない、こーでもないと言いながら、ジョアンナをそっちのけで盛り上がる三人の姿が目に浮かぶ。
それも楽しそうだなと思っていると、セリーナが瞳を輝かせて顔を上げた。
両手に持った二つの生地をジョアンナに見せながら、悩ましげな表情で口を開く。
「この生地は透明感があって素敵なのだけれど、こっちの生地に刺繍をして上品に仕立てるのも素敵だと思うの。ジョアンナはどう思う?」
ジョアンナは渡された二枚の生地を受け取り、セリーナや店主の説明を聞いていく。
この日の夜遅くにやっと決まった結婚式のドレス。
部屋を出る三人の女の表情は疲れ切っていたものの、晴れやかだった。
結婚式の準備と並行して、ジョアンナたちにはやらなければならないことがあった。
……それは、ダンスの練習だ。
来年の初めに王都で開かれる夜会に、ジョアンナとヴィンセントは出席することになったのだ。
ヴィンセントは久しぶりの夜会。
ジョアンナにとっては、学園を卒業して初めて参加する──特別な意味を持つ夜会だ。
ジョアンナたちの暮らすエビロギア王国では、年の初めに王宮で開かれる夜会がある。
その夜会は冬に開かれることから「冬の夜会」と呼ばれ、貴族にとって特別な意味を持つ。
秋に学園を卒業した貴族の男女が、初めて参加する正式な夜会なのだ。そこで王族に挨拶をし、貴族として大人の仲間入りをする。
そんな冬の夜会に初めて参加する男女は、純白の衣装を 纏(まと) うのがこの国の習わしだ。
男性は卒業後すぐにこの夜会に参加して大人の仲間入りをし、人脈などを築いていくことが多い。
女性は卒業からだいたい三年以内にこの夜会に出席する。
それは卒業と同時に結婚する者も多く、場合によってはすぐに子供を授かることもあるためだ。
経済的な事情で礼服やドレスをすぐに仕立てられない家。
領地の事情でなかなか王都まで出てこられない家。
それぞれの事情があり参加の時期はまちまちだが、この国の貴族たちにとって、冬の夜会に出席するということには特別な思いがある。
ジョアンナは学園卒業後にすぐにフィリップと結婚する予定だったこともあり、まだ冬の夜会には参加していない。
そのことに気がついたセリーナの勧めもあり、次の冬の夜会に参加することになったのだ。
執務や結婚式の準備の合間を縫って、ダンスのレッスンに励んでいるジョアンナとヴィンセント。
ダンスは数年ぶりだと言っていたヴィンセントだが、リードは完璧で、今すぐにでも夜会で踊れるレベルだ。
問題は、ジョアンナだった。
ダンスの時は二人の距離がグッと近くなる。
それにドキドキしてしまい、小さなミスをしてしまう。
前の婚約者だったフィリップと何度かダンスを踊ったことがあったが、こんな風になったことは一度もなかった。
「あっ! すみません!」
「大丈夫だよ。少し疲れたよね。休憩しようか?」
「いえ。もう一度、お願いします」
またヴィンセントの足を踏んでしまい、謝りながら頬を染めているジョアンナ。
彼女は今日も、高鳴る胸の鼓動と闘いながらダンスに励んでいた。