軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マネキンになった魔女 23

「……どうした?」

後ろからパタパタと付いてきたロゼに気づいたハリージュが、怪訝な顔をして振り返った。

「何か言い忘れたことでもあったか?」

「ええ。せっかくなので、お見送りを」

「……ああ」

なるほど。と小さくハリージュが頷いた。

今までハリージュを、こんな風に見送ったことは無かった。

なんとなく見送ろうと足を向けてしまったのは、ロゼも色々と浮き足立っているのかもしれない。

「それと、ドレスに関して……何か、希望はありますか?」

「無い。好きにするといい」

「では、絶対にしてはいけないことはありますか?」

「それも気にする必要はない。よほどまずいことがあれば、ティエンが口を挟むだろう。わざわざあんたの弱点を作るような真似はしないはずだ」

以前、『他の男からの贈り物を受け取るな』と嫉妬されたことをロゼは思い出していた。

あの時の誤解も解けているので、大丈夫だとは思うのだが……ロゼは一応確認した。

「本当に、ティエンと決めていいんですか?」

「いい。意匠の流行りも、礼節も、俺より把握しているだろう」

「そうでなくって、ええと……ティエンは男なので?」

どう伝えても自意識過剰に思われそうだったが、一番恥ずかしい聞き方をしてしまった気がする。

「――あんたを森から連れ出してたうえ、家族からも引き剥がすようなことはしない」

厳密に言わずとも、ティエンは真の家族ではないのだが、ハリージュがそれで納得しているのなら、ロゼが口を挟むようなことではない。

「わかりました。一人では決めかねてしまうので、助かります」

「元々、騎士になった時点で社交的な付き合いはやめているから、招待するのは身内ばかりだ。重苦しく考えなくていい」

「はい。では、いってらっしゃいませ」

ロゼが手を振ると、ハリージュはピタリと体の動きを止めた。

そして、玄関を出ようとしていた体を反転させると、ロゼの腰を抱き寄せた。

「……こういう時、婚約者には、別れのキスをする義務があると思わないか?」

口を真一文字に引き結ぶ。今朝のことを思い出し、顔に徐々に熱が上がっていっている。

「し、式まで待つと、式まで待つと言ってました」

手を振る仕草の何が琴線に触れたのか皆目見当も付かないが、急に色気スイッチの入ったハリージュに、ロゼは上ずった声で答えた。

先ほど押し倒された時、自分がハリージュにほとほと弱いことを、ロゼは重々理解した。全くと言っていいほど、抵抗できなかった。

しかし、流されるのは自分のためにならない。頑ななロゼに、ハリージュは苦虫を口いっぱいに詰められたような顔をして唸った。

「……覚えていろよ」

「それは、裏稼業のものがお縄に付く時に言う台詞であって、愛しい婚約者に言う台詞とは、到底思えません」

しかしハリージュは、もう強引に口付けようとはしなかった。ロゼの腕を取ると、手の平と手の平をあわせるように、ゆっくりと指を開かせる。

指の一本ずつまで絡められるように手を握られ、ロゼは唇をわなわなと震わせる。

「な、なにを……」

「口にキスしなければいいんだろう?」

フードを取られ、頭頂部に唇が落ちてくる。

その間も、手の平を彼の親指が弄んでいる。ぞわぞわとした感触に耐えきれず、ロゼは名を呼んだ。

「ハリージュさん!」

「なんだ」

「手が……」

「繋いでいるだけだろう。普通だ」

そうなのだろうか。こんな触り方を世間一般的に普通と言うのか。ロゼが心の中でぐるぐるしていると、中々外に出てこない主人を心配したのか、先に外に出ていたサフィーナが様子を見に戻ってきた。

ロゼを抱きしめているハリージュを見ると、歴戦の執事は顔色を変えることなく、すっと玄関扉の脇に退く。この執事、よく思うが空気を読みすぎである。

「は、ハリージュさん!」

「だから、まだだ」

「違っ、今、サフィーナさんが、サフィーナさんが!」

「気のせいだろう」

気のせいなもんか! ロゼは今この目で見たのだ。しかと見たのだ。

バシバシ背中を叩き始めたロゼに観念したように、ハリージュは拘束を解いた。

「なら、キスの代わりに言葉をもらおう。愛しい婚約者を、なんと言って見送る?」

忘れていた。この男、ナメクジうんこ丸だったのだ。

ロゼはギリギリと音が鳴るほど歯を食いしばって、ハリージュを睨みあげた。しかしハリージュは、ロゼの恐ろしい顔なんて、全く恐ろしくないという風だ。

「わからないのか? なら、教えてやらないこともない」

悔しさに負けたロゼは口を開いた。

「お」

「お?」

「お早いお帰りを、お待ちしております」

ロゼはフードを顎まで引っ張りながら、なんとかそう告げる。

次の瞬間、また大きな腕に捕まっていた。

どうやら、正解は出来ていたようだ。顔を伏せつつ、ロゼはハリージュの香りを吸い込む。

今日は夜まで起きて、ハリージュが帰ってくるのを待っていよう。なんとなくそう思い、顔をぐりぐりとハリージュの胸に押しつけた。