軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マネキンになった魔女 22

ティエンが持ってきたドレスを、もう一度しっかりと見る。

「……」

ロゼは沈黙することしか出来なかった。

顔は完全に引きつっている。

ロゼは魔女だ。魔女は必要以上に着飾らない。だからロゼは自分がお洒落をすることに対して、必要以上に恥ずかしさを覚えていた。

紅を引くことさえ出来ないほどだ。「魔女がお洒落なんかして、一体何がしたいんだ」なんて思われた日には、ロゼの羞恥心が粉々に砕け、心に刺さって死んでしまう。

「頼む」

ハリージュのかたい声が聞こえる。

「正装用のドレスを着てくれと頼むのは、これっきりにする。だからどうか、頼む」

彼の顔は信じられないほどに真剣だった。

「結婚式にとって、それほどに豪奢なドレスが重要なんですか」

「それもあるが――こういうのを着たロゼを、俺がどうしても見たい」

度直球で投げられたハリージュの本音に、ロゼは再び口を噤んだ。

「んんん……」

ロゼだって、好きな人にこれほど真面目に頼まれているのだから、快く着てあげたい。だが、どうしても恥ずかしさが勝る。

ティエンは先ほど、人も招くと言っていた。ならば尚更「なんだあの色気づいた魔女は」と思われてしまうだろう。

自分が美人でないことなど百も承知だが、美人になりたいと足掻いている身の程知らずと思われるのは耐えがたい。

「着てくれれば、必ず礼はする。望みを聞こう」

ロゼは顔を上げた。そうとなれば、話は変わる。

「……何でもいいんですか」

「……善処する」

これまでで一番真面目に、ロゼは悩んだ。

心の中の天秤に、自分の願いと人の嘲笑を乗せた。ひとしきり揺らすまでもなく、ロゼの天秤は大きく傾いた。

「――わかりました。約束ですよ」

ロゼは魔女だ。

魔女にとって約束は、大変重要なものである。

お互いに利があることであれば、体が飛散してしまいそうな程の気恥ずかしさには目を瞑るだけの度量も、魔女は持ち合わせていた。

「なんだ、もう望みは決まっているのか?」

「ええ」

ロゼはきっぱりと言った。

「なら先に聞いておこう。用意もできるしな」

あっけらかんと言ったハリージュに、ロゼはたじろいだ。恥ずかしくて、言葉に出すのをためらう。

ティエンをチラリと見ると、全くこちらの会話など聞いていないような顔をしているが、アレは絶対に聞いている。ロゼは知っている。

「今は、ちょっと……」

「何?」

「人もいますし……」

しどろもどろに言うロゼの顔を見て、ハリージュがピシリと固まる。

そしてほんのりと耳の端を赤らめて、おほんと咳払いをした。

「――そうか。わかった。なら今度、二人きりの時にでも……」

「ハリージュ君、期待しているところすまないね。多分、今聞いておいても問題ないと思うよ」

ほらやはり聞いていた。

ティエンを睨み付けるが、にっこりと笑いかけられるだけだった。

この狐め! ロゼは心の中で憤怒する。

「……何が望みなんだ?」

先ほどまでの嬉しそうな表情から一転、むすっとした顔でハリージュが尋ねてくる。

「えっ」

やはり今ここで言う流れなのか。ロゼは言葉に詰まった。

「ティエンが、ティエンがいるので……」

「僕がいるからなんだって言うんだ。どうせ虫の足だの鳥の尾だのを調達して来いとでも言うんだろう?」

「そんな、お金を払えば買えるようなもの、わざわざハリージュさんに言うわけ無い。私はただ、ハリージュさんに騎士の服を着てもらいたかっただけで――」

ロゼはパムッと手の平で口を塞いだ。勢いに任せて、望みを言ってしまった。

ハリージュに言うのですら恥ずかしかったのに、ティエンの前で言ってしまうなんて、とんだ失態である。散々からかわれるに違いない。

ひとまずティエンは無視して、ハリージュを見る。

彼は酷く険しい顔でこちらを見ていた。

「……難しいでしょうか」

騎士の制服は、ロゼが初めて彼に恋をした姿だ。そして、惚れ直した姿でもある。

あの姿を間近で、どうにか見たいと常々思っていた。だがロゼが彼の仕事場へ行くことは無いし、行ったとしても不審な魔女が他の騎士に捕獲されることなく、どれ程近づけるだろうか。

ドレスの代わりとして、騎士服を所望する。

それほど場違いな交換条件とは思っていなかったが、ハリージュの表情を見るに、もしかしたら制服を自宅へ持ち帰ることは禁止されているのかもしれない。

内心残念に思いながら沙汰を待っていると、ふらふらと歩いてきたハリージュに、強めの力で抱きしめられた。

「ぐえっ」

「……かわいい」

「ぐえええ」

ロゼはまた悲鳴を上げた。

ギブアップを示すように背をバンバンと叩くと、ようやく拘束が解ける。

「かわ――」

「もう言わせませんけど!?」

再び世迷い言を言おうとしたハリージュの口を、ロゼが両手で塞いだ。ハリージュは何故か満足げだ。

「必ず機会を作る」

「絶対ですから」

「……君達、まさかいつもこんな感じなのかい?」

こんな風に困惑したティエンの声を、ロゼははじめて聞いたかもしれない。

「よかったね、ハリージュ君。愛されてて。僕が以前交換条件を出した時は、猫のノミを六百六十六匹、手作業で取らされたっていうのに」

ロゼはフードから顔を覗かせると、ティエンを睨み付けた。

「ティエン、もう帰ってよ。生地を決めたんだからいいでしょ?」

「いや、帰る必要はない。このままデザインももう少し話し合うといい。俺はそろそろ出る」

いつの間にかそばにいたサフィーナが持つ上着に袖を通しながら、ハリージュが言った。

「ドレスのことはロゼが好きなように。サフィーナ、後は頼んだ」

「承知致しました」

口早にそう言うと、ハリージュは大股でサロンから出て行った。

仕事に行く気なのだろう。ロゼが慌てて追いかける。