作品タイトル不明
141 番外編 アーニデヒルトの居場所
アーニデヒルトが空に向け、両手を広げると、強い風が辺りを包む。
詠唱など必要ない。
ただ、アーニデヒルトが願うだけで力は動く。
2000年の時、厚く垂れ込んでいた雲がさらに黒くなる。
ポツン。
ポツン。
雨が降り始めた。
膝をついていたケービックもエルデガートも立ちあがり、空を見上げた。
「雨だ!」
ストレイグス領には雨が降るが、王都で降るのは2000年ぶりである。雨は大地に吸収されて消える。薄く色が変わるが地中深く消えていく。
エルデガートは大地に両手をつき、耐えきれない涙が地に落ちている。
ドゥブレッドは空をみあげ、微動だにせず雨の 雫(しずく) を受けている。それぞれが雨の感動を享受している。
雨が強くなったが、誰も避けようとしなかった。ケービックだけはアーニデヒルトに駆け寄り、上着を脱ぐとアーニデヒルトに頭から 被(かぶ) せた。
「御身が濡れてしまいます」
アーニデヒルトにとっては兄の子孫、甥という感覚である。可愛い事言ってくれるな、という思いで微笑んだ。
ボボボッ、ケービックの顔が真っ赤になる。
アーニデヒルトは美しいのだ、伝説の白銀竜、そして奇跡を見てケービックの心はアーニデヒルトに釘付けである。
アーニデヒルトも感じたが、一時のことだろうとケービックの反応を無視して、右手を挙げて左に振ると、それに対応するように雲が動く。
やがて雲の隙間から太陽が顔を出した。
「うわあっぁあ!!」
ドゥブレッド達から喜びで歓声が上がる。
その様子を見てアーニデヒルトの心が痛むが、呪いをかけたことに多少の罪悪感があっても、当然の 報(むく) いだと思うことにしている。
雨上がりの王都に虹がかかる。
それは、恨みも哀しみも浄化されるような美しさだった。
砂漠の街は、これから変わるのだろう。
2000年の時をかけて砂漠になった街は、すぐには戻らないかもしれないが進化は始まった。
王妃をしていたアーニデヒルトには、気になることがあった。
「ドゥブレッド殿、この地が復活したら諸国の取り合いになるかもしれませんね」
「ご心配は当然のことですが、我らは竜王国の 末裔(まつえい) です。他の生き残った領主とともに他国の侵入を許すことはないでしょう」
深い礼をして、ドゥブレッドがアーニデヒルトに説明をする。
「それを聞いて安心しました」
アーニデヒルトは空を見上げると、上着をケービックに返そうとして、反対にケービックから肩に掛けられた。
「私は戻ります。皆さんのご健勝をお祈りしますね」
「アーニデヒルト様!?」
消えかかるアーニデヒルトの腕をケービックが掴んだ。アーニデヒルトを引き留めようとしたが、ケービックの方が引き込まれる。
「アーニデヒルト様!」
ドゥブレッド達の声が聞こえるが、すぐに遠くなった。
ヴィスタル侯爵邸の上空にアーニデヒルトは現れた。
庭でお茶をしていたナーディアは、気がついて手を振る。
「アーニデヒルト様」
人型のアーニデヒルトはゆっくり降りると、ナーディアが抱きついて来た。
アーニデヒルトは以前と違って受肉しているので、抱きついたナーディアが驚いている。
「戻ってこられないかと心配しました!
アーニデヒルト様の気配がしたら、空にいるのでびっくりしましたわ」
ナーディアはアーニデヒルトが抱いている男性に目をやる。
次元を超える衝撃にケービックは気を失っているのだ。漆黒竜のケービックだから 塵(ちり) とならずに済んだのだろう。
次元を超える前にアーニデヒルトは皆に、健勝を祈ると言葉にしたことで、ケービックの身体が強化されて一緒に次元を超えれたのだろう。
「ケービックよ」
「だから、それは誰ですか!?」
名前だけで説明のないアーニデヒルトにナーディアが問いただす。
「竜ですわ」
「えええ! アーニデヒルト様が男性を連れ込んだ!
イレーヌを呼ばなくっちゃ!」
ナーディアが王宮のイレーヌを呼ぶとユークリッドとアルチュールも来るだろう、と思って、アーニデヒルトは声をあげて笑った。