軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

104 アルチュールから見たトレファン侯爵

「行ってみたいわ」

イレーヌもナーディアにつられたように笑みを浮かべる。

「でも、それは今ではないわ」

ナーディアは未来の王妃として、高度な教育を受けていた。だから、イレーヌが拒否した意味も分かる。

国が大きく変わる時期に、王の婚約者が許可なく遠くに行くのは 軋轢(あつれき) を生む。

それでも、イレーヌが逃げたいなら助けたいと思ったのだ。

「ユークリッド様は今が大事な時です。 煩(わずら) わせることはできないわ。

でも、私はユークリッド様の妃になる資格がないの」

膝の上で両手を握りしめるイレーヌの決意は固い。

イレーヌがユークリッドに心を開いていて、離れるのが辛いのはみてとれる。イレーヌにとって、侯爵のユークリッドと王のユークリッドでは大きく違うのだろう。

「王都は危険だから、領地に戻るということにしようと思うの」

昨夜ずっと考えたことを、声が震えないように力をいれて話す。

「たとえユークリッド様が私を望んでも、周りの人はきっと認めないわ。王妃には条件があるもの」

いつか、と言いながらイレーヌは泣き出した。

「いつか、ナーディアと北の地に行きたい。でも、今は領地に行くわ」

「領地に行くって、違う所に行くつもりでしょ? それも戻ってこないつもりで」

「父も兄も王宮につめていて、王都は危険が多いので、母と領地に行くわ」

王宮から騎士の派兵があり、ヴィスタル侯爵家は他家より守られているが、王都を離れるには王都が危険だとするしかないのだ。

「しばらくの間、ナーディアともお別れになります」

どうか、立派な王におなりください。お祈りしています。

王宮のユークリッドに心の中で告げながら、イレーヌは席を立った。

イレーヌが応接室を出て行くのを見送って、ナーディアは息を吐いた。

『たとえユークリッド様が私を望んでも、周りの人はきっと認めないわ。王妃には条件があるもの』

イレーヌは侯爵令嬢で、ユークリッドと婚約している。

それでも、王妃の条件に合わないと言う。

誰にだって秘密はある、イレーヌもそうなんだろう。

「だれか」

ナーディアは声をあげて、使用人を呼んだ。

「これを王宮にいるお兄様に至急届けてちょうだい」

走り書きした手紙を、駆けつけた警護の騎士に手渡した。

『イレーヌ・ヴィスタル侯爵令嬢が王都から出ようとしています』

王宮でエルフレッドから聞いたユークリッドは、会議を途中で投げ出して飛び出した。

「侯爵!!」

周りが慌てて止めようとしたが、ユークリッドは振り切る。

「大事な女を守れなくって、王の価値などない!」

「うわぁ。カッコいいな」

様子をみていたアルチュールが感嘆する。

「貴殿の妹のことだぞ」

エルフレッドが呆れたようにアルチュールに言うと、アルチュールは自身の美貌を知り尽くした横目を流す。

「やめてくれ」

エルフレッドは口元を手で押さえて、 俯(うつむ) いた。

アルチュールはユークリッドが飛びだして、開いたままになっている扉を見つめた。

イレーヌが何に悩んでいるか、気がついている。

アルチュールは、イレーヌの元婚約者が気に入らなかった。

自分に似た美しい妹が、何故にあんな平凡な顔の男と婚約したのか。飛び抜けた才能がある訳でもない。

いつか、婚約破棄させて、隣国の上位貴族か王族に嫁がせるべきだ。

その為に、元婚約者の伯爵家に嫁ぐにしては不要な、自分と同等の高度教育を受けさせた。

ある日、元婚約者と会っていた妹が腫れた頬で帰ってきたと使用人から報告を受けた。

服も髪も乱れていたという。

暴行を受けた、それは間違いない。

妹は誰にも話さずに、体調を崩したと言って2日程部屋に閉じこもった。

妹の名誉の為に、暴行を受けたことを公にすることはできなかった。婚約しているし結婚するなら暴力さえなくなれば認めるしかないと、思うしかなかった。

だが、あのグズは堂々と浮気し始めた。

元婚約者が結婚の打診をしてきたが、それを延ばし続けた父の侯爵も同じことを考えていたのだろう。

この婚約を無くしても、純潔で無くなった妹の新しい嫁ぎ先は限られる。

どんなに妹が美しくとも、隣国の上位貴族や王族はありえなくなった。

あんなグズが身内になるより、妹が望めば結婚せずとも侯爵家にいればいい。

妹と元婚約者との婚約は無くなり、トレファン侯爵との婚約が成り立った。

トレファン侯爵は初婚だが、父親程の年齢のため後妻に入るのと同じ条件と考えてもよかった。

なにより、トレファン侯爵が強く望んだということがある。

トレファン侯爵が王になるということで、妹は自分が純潔でないと 嘆(なげ) いたのだろう。

妹よ、あの方は学者肌の穏やかな人間の振りをしているが、剣も振り回すし、人を斬るのに 躊躇(ちゅうちょ) しなかった。

好き嫌いがはっきりしている、そんな男が自分を望んだのだと自信を持つべきだ。

なにより、逃げ切れると思えないよ。