軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

師よ……

ここイセタウンは、消滅した地球の文明を再興するため建設された史料再生都市であり、その性質上、伝統的なジャパン方式の家屋が住宅街に数多く存在する。

それらが街中の景観を維持し、観光地としての価値を一層高めることへ貢献しているわけであるが、俺が訪ねるイゾーロ先生のお屋敷というのは、まさしくお屋敷の名に相応しい佇まい。

なんというか、広々とした敷地を囲う塀といい、ピンと背筋を伸ばしたくなる静謐な造りの母屋といい、庭の端へ設けられた道場といい……。

センゴク時代の城塞を、小規模化したかのようなご住まいであらせられるのだ。

「イラコ様ー、皆様ー。

お待ちしておりましたー。

イゾーロさんは、奥で皆様をお待ちですー」

近くのパーキングにレンタカーを停めて向かうと、そんなお屋敷の前で当然のように待ち構えていたのが我が母――。

「――イラコ様のママはママですよー?」

……我がママ。

お胸の部分がふるりと揺れるメイド服には一切の汚れがなく、お肌も汗をかいた形跡などないモッチモチのもの。

俺という20歳の息子を産んでいながら、見た目は十代半ばにしか見えないし、ママのことはもうそういう生物なのだと認識すべきであろう。

「なんというか、靴を脱いで建物に上がるのって、かえって緊張するわね」

「地球文明時代には、家屋で靴を脱ぐ文明などそう珍しくはなかったはずなのだがな」

「ヒストリーで見たところだと、宇宙に進出する際、宇宙船で暮らす期間が長かったことから、自然と屋内土足型の生活が定着したとか、なんとか……」

石で床を固めたような玄関で、ディート、シレーネさん、マミヤちゃんが、それぞれそのような感想を漏らす。

一方、エステは履いていた靴を足のスナップでポイポイと投げ捨てていたが、それは残像残すほどの動きでママがキャッチし、片付けていた。

そんなこんなを挟んで、いざ、久しぶりのご対面。

先生が俺たちを待っていたのは、開け放った縁側から庭の枯山水を眺められる畳敷きの客間である。

「先生、お久しぶりです」

スーツ姿で畳の上に正座し、久しぶりにお会いする和菓子作りの師匠を見やった。

「んあ……」

最後にお会いしたのは、そう、去年……銀河歴960年の年末である。

年を越してからは皇族として必須の各種責務をこなさなければならず、加えて、親父殿から与えられたベース艦の改装発注及び人員募集なども行わなければならなかったので、例年と違い顔を出す暇がなかったのだ。

だから、優に半年以上もの間を空けているということになる。

「ああ……」

……先生のご年齢は、確か90を回っていると聞いていた。

体格は、中背にして小肥。

太っているというよりは、加齢により自然な脂肪がついたという印象である。

色素の抜け落ちた薄い髪は、後ろへ撫でつけられており……。

着流し姿でいるのは、いつも通り。

ただ、常と異なるのは表情に締まりがないこと。

(口が……開いている?)

顔の筋肉は緩みきっていて、口の端から少しよだれがこぼれているようだ。

我が師――イゾーロ・ヤマモト先生がこんな姿を見せるのは、今までなかったことである。

いつもの先生というのは、年齢に見合わずこう……かくしゃくとしていて。

そう、資料で見たタカモリ・サイゴーをどこか彷彿とさせるような、立派なお人であった。

これでは……。

これではまるで……。

「ああ……」

先生が、ゆるりと口を開く。

ただそれだけの動作だというのに、全身が震えており、正真正銘、力を振り絞っているのだということが伝わってくる。

ただ、それで言えた言葉が……。

「どちら……だったか……?」

「……」

俺の胸に、重たいものが去来した。

いや、それは俺だけではない。

後ろで慣れない正座をしているマミヤちゃんたちもまた、重苦しく黙っており……。

隣で女の子座りしているエステですら、いつも通りの無表情に何か感じているものがあるようだ。

これは……そうか……。

「……イゾーロさんはー。

少し前から、このような状態ですー」

ママにとって、足を踏み入れた場所においては、常在メイドということだろう。

この屋敷で働く家政婦のごとく先生の背後へ控えたママが、心から慈しむような声音でそう告げる。

「そう……か」

考えてもみれば、どうしてアルファードは一緒に来なかったのだろうか?

そこには、余人がうかがい知れない複雑な心の動きというものが、あったはずだ。

他人が、冷たいとか、もっと近くで世話をしろというのは、たやすい。

ただ、あれだけの大人物を間近な祖父としてきた男が、急激にその衰える様を見せられれば、何も思わないはずがないのである。

「先生……」

何を言ったものだろうか。

万感の想いを込めて、口を開く。

悲しむ……そう、悲しむ気持ちはあった。

ただ、これはそういったマイナスなだけの感情とは、やや異なるもの。

俺を含め、定命の生物にとっては、いずれくるだろうものをどうにか受け止め、咀嚼しようという……前向きな感情と理性の動きだ。

それでも、一瞬、下を向いて畳の目など見てしまったのは、俺の弱さ。

だが、そうしたのも、ほんの数秒のこと。

俺は決然と顔を上げ、先生の姿を捉えた。

「ご無沙汰しております。

あなた様から、和菓子作りの技とついでにM2の操縦技術を教わった、弟子のイラコ・ジーゲルでございま……す?」

なぜ、最後の最後、大事なところで言い淀んだか?

それは……それは……。

先生が……先生が……。

「うっそぴょーん!」

満面の笑みで、『ドッキリ』『大成功』と書かれた小さなプラカードを、それぞれの手に持って掲げていたからである。

「……は?」

あんぐりと口を開ける俺。

それに対し、さっきまでの弱々しさが嘘みたいな力強い笑顔となったイゾーロ先生が、ニッコニコでネタバラシを始めた。

「いやあ、実際、今年はイラコ君が全然姿を見せないものだから、少しへそを曲げたい気持ちになってしまってねえ。

ああ、ちなみに私の体調に関しては、あまり心配いらないよ。

先日の健康診断でもオールパスしたし、体組成計でも70代の体内年齢だと表示されている。

医者からは酒を制限されてしまっているが、それがかえって、程よいアルコールとの付き合いを生んでいてねえ。

孫のアルファードも、この惑星の機動防衛隊に入って、嬉しいことに早くも頭角を現して、イセ新選組という地元の名が入った部隊を立ち上げている。

ただ、本人は気付いていないようだけど、新選組なら頭の人間は、隊長ではなく局長を名乗るべきなんだけどねえ。

そこは、チャラチャラしていて少しばかり座学がおろそかになっていたのだと――」

まあー、喋る喋る。

よく喋る。

そうそうそうそうそう。

このジジイ、こういう人だったわ。

ちなみに、共謀していたのだろう俺のママは、面白そうに両手で小さなお口を隠していた。

「……」

無言のまま、連れたちを見回す。

マミヤちゃんもシレーネさんも、ディートも、呆れているんだか、なんなのか……。

ひどく、微妙な表情でいらっしゃる。

一方、さっきまでと変わらず無表情を貫いているのが、我が妹ことエステ。

「ああ、そうそう新選組といえば、幕末に活躍した新選組で私が推しにしているのは、なんといっても天才剣士沖田総司でねえ。

美形、天才、病気による悲劇、と、こんなことを言ってしまっては当人に失礼かもだけど、まさに物語から飛び出したかのようなそのキャラクター性が――」

「――イゾーロお爺ちゃん。

ちょっと話が長い。

あと、シャレがシャレになってない」

マシンガントークを続ける先生に、俺の気持ちを代弁してくれた。