作品タイトル不明
マミヤの憂鬱
グリーンティーと一口に言っても様々な種類が存在するが、第四皇子イラコ・ジーゲルの秘書官ことマミヤ・ビルケンシュトックが最も扱いを得意としているのは、いわゆる玉露に分類されている茶葉である。
農作物でありながら、あえて栽培中に日光を遮ることで生まれる茶葉の特徴は、なんといってもそのまろやかな甘み。
だが、それを余すことなく抽出するには、相応のコツが存在した。
漆黒の軍帽付き改造軍服を隙なく着こなし、下はふわりとしたフリルミニスカートで華やかに彩る。
足元を白いニーソックスと編み上げブーツで固めた黒髪ロングの少女は、その抽出方法を熟知していた。
翡翠の瞳をきらりと輝かせ、まずは、適温に沸かしたお湯を湯呑みに注ぎ、次に急須へ移し、さらにまた別の湯呑みへと注ぐ。
湯冷ましと呼ばれるこの工程を経た後、急須に適量の茶葉を投入。
そこに、先ほど湯冷まししたお湯を注ぐ。
一見では、大した意味などなさそうに思えるまじないじみた手順。
しかし、これが確かに味のグレードを引き上げる。
科学的な話をするならば、お湯の温度によって、茶葉から抽出される成分が違ったものになるから……。
調理技術の観点から語るならば、お湯に空気を含ませることによって、味がまろやかなものとなるから……。
だが、マミヤの考えでは、両者とも本質を突いてはいない。
要するにこれは、思いやりであり、ひいては――愛情。
このお茶を淹れている相手のことを思いやり、一つ一つの工程に気持ちを込めているからこそ、味もよくなる。
料理は愛情……とは、いつの時代の人間が言い出した言葉であるか知らないが、まさに、真理であるといえるだろう。
さて……そんな思考を挟んでいる間に、急須の中ではしっかりと旨味成分が引き出されたはずだ。
これを湯呑みに、最後の一滴までしぼりきる。
この最後の一滴まで……というのが重要で、茶葉に絡まり、その味を最大限にまとったラストドロップが落とされることで、味は最高のものとなるのであった。
そして、いよいよ湯呑みに注ぎ終えたところで登場するのが、味の決め手――亜ヒ酸。
さらりとした白い粉末――見た目は砂糖や化学調味料にしか見えない――を適量、湯呑みの中へと落としてかき混ぜる。
え? ヒ素は無味無臭だから、入れる意味がないって?
ノンノン、そんなことはない。
これを飲めば、いかにイラコ・ジーゲル殿下が様子のおかしい超生命体であるとしても、中性洗剤を浴びたゴキブリのごとくコロリと――。
(――今、私は何を入れようとした!?)
正気に戻り、湯呑みの中身をシンクへと放り捨てる。
同時に、二度と使われることがないよう、湯呑みそのものもパリンと割って、ビニール袋へと密封した。
場所は、惑星レク首都の中心部に存在するホテルのスイート。
シレーネ王女の軟禁場所とは別に、イラコ皇子がこの地における拠点として借りている部屋である。
部屋……といっても、皇族が使うほどのスイートステイであるから、その広さは尋常なものではない。
200㎡を超えるほどの規模であり、東洋系の設計士が手掛けたという室内は、ただゴージャスなだけではなく、木材をふんだんに使った暖かな……それでいて、落ち着きのある空間に仕上がっていた。
伝説の傭兵サンダーアイとして派手な来歴を誇る祖父ならばともかく、一般庶民として育ったマミヤにとって、過度にロイヤルな空間というのは萎縮するものがあったから、こういった場所を滞在先に選ぶイラコ皇子のセンスには共感が持てる。
皇子は、そのような空間の一室を執務室として使い、給糧艦アマテラス及び艦隊を組むことになるシールド艦クシナダや、斬撃艦フレイヤにまつわる様々な事柄を決裁……。
さらには、給糧艦改装に伴う転換訓練が上手くいっていない火力艦ヴェルダンディのクルーたちを、いかに処遇するかの計画案を立案しているのである。
まあ、今は休憩タイムに入り、目下へそ曲げ中なエステ皇女の機嫌を取っておられるが……。
ともかく、そんなイラコ皇子に頼まれ、自分はいつも通りにミニバーでお茶を支度。
流れるような自然さで、亜ヒ酸混入事件を起こそうとしていたのであった。
(私は……いつの間にこんなものを……一体どこから……?)
ポケットから取り出した亜ヒ酸入りの袋を見て、戦慄する。
ハッキリ言って、まったく心当たりがない。
コンビニ菓子じゃあるまいし、「よし買おう」と思って容易に入手できる品ではないはずなのだが……。
「あらあら、殺意がダダ漏れですこと」
「――ひゃっああ!?」
背後から突如としてかけられた言葉に、飛び上がる。
一体、いつからそこに……?
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
消さなきゃ……!
「考えるより先にアイスピックを手にする行動力。
やっぱり、マミヤちゃんはいいわあ。
推せますとも」
「モリー……さん?」
確実に眉間を貫くべく、振り向きざまに顔を見据えたことで気付く。
背後に立っていたのは、白髪をお団子結びにしたかわいらしい顔立ちの老婆……。
すっかり小さくなってしまったのだろう背を丸め、シニア向けのワンピースを上品にまとった彼女は、給糧艦アマテラスの通信士――モリーであった。
それも分かったことだし、消さないと――。
「――分かった上で仕留めにかかる迷いのなさも、イラコちゃんにピッタリね。
安心なさい。
あたしは、イラマミのカップリング推し。
ずばり、マミヤちゃんの味方なんだから」
「――味方?」
振り下ろそうとした右手のアイスピックと、口を封じるべく動かそうとしていた左手をピタリと止めて、尋ねる。
「ええ、そうですよ。
ですから、とりあえずはその物騒なものをしまってくれないかしら?
それに、こんなところであたしを殺したところで、死体の処理に困ってしまうでしょう?」
「それは、ひとまずリネンの回収かごと従業員の制服を盗んで遺体を隠しつつ地下の荷捌き場まで運び、万が一に備えあらかじめ調べを付けておいたこの惑星の闇清掃業者に連絡し、引き取ってもらうつもりですけど……?」
「びっくりするくらい、手際が良さそうですこと。これも、メケーロさんの血筋かしら?
でも、調べておいた闇清掃業者さんの出番は、ありませんことよ?
そもそも、殺したのがあたしだと知られたら、その場でマミヤちゃんが殺されちゃう」
穏やかにほほ笑むモリーの姿は、ブリッジにおける通常業務時や、あるいはアマテラスの航行中に行われるお茶会で見せるのと同じもの。
だが、その裏から滲み出しているのは、途方もなくドス黒く、それでいてスケールの大きな何か……。
それを感じ取ったからか、ようやくにもある事実へ気付く。
「そういえば、どうしてこのスイートに?
ここにいるのは、私とイラコ殿下とエステ殿下だけのはず……」
しかも、この階はエレベーターホールからして、 宮内(くない) 庁から派遣されたSPが警護しているのである。
そのため、イラコ皇子と自分を除けば、このスイートに滞在しているのはエステ皇女だけであり、その皇女も今は――シレーネ王女との婚姻外交路線を思えば当然だが――へそを曲げてゲーム三昧なため、気分的には新婚ごっこでもしているようなところがあるのであった。
まあ、やはりシレーネ王女との件が心の中に重く沈み込んでいるため、いつの間にか懐へ亜ヒ酸を忍ばせている程度のごっこぶりであったが。
「うっふっふ。
SPさんたちのご上司―― 宮内(くない) 卿にお話しして、特別に通して頂いたのです。
あたしの立場としては、ご滞在頂いているイラコちゃんに挨拶するのは自然なことですもの」
「自然なこと……?
いえ、それ以前に、どうやって 宮内(くない) 卿と連絡を……?」
宮内(くない) 卿といえば、皇室の一切を取り仕切る帝国の重鎮。
間違っても、求人サイト経由で雇われた老婆が連絡を取れる相手ではない。
そんなマミヤの疑問に、モリーはいつものかわいらしい笑顔で答えたのである。
「うっふっふ……。
だってこのホテルは、あたしの息子が経営しているグループ企業の傘下ですもの」