軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エステの日常 中編

「それじゃ、クシナダまでエステを送ってくる」

「送られてくるー」

『承知しました。

短距離とはいえ宇宙空間の飛行ですから、十分に注意なさってください』

姿見じみた大きさのメインモニターが正面に配置され、左右では縦長のサブモニターが光を放つ。

ブリッジのマミヤが映し出されていたのはサブモニターに開いていた通信ウィンドウで、それも大した用件はないので、すぐに閉じられる。

これで、高価な棺桶とも称されるM2の狭苦しいコックピットにいるのは、文字通りエステとイラコのみ。

大体の場合においてそうしているように、イラコの膝をチャイルドシートとしている形だ。

エステといえど、タイゴンに同乗する機会はなかなかないので、せっかくだからよく観察しておく。

12歳の子供では到底届かぬ足元には、一対のフットペダルが備わっており、自動車よろしく速度調整とブレーキの役割を担っている。

シートの肘掛けに備わっているのは、メインコントロールと照準を担う操縦桿の他に、いくつもの物理スイッチ。

そもそも、操縦桿そのものにも種々様々なスイッチが備わっており、M2のパイロットというのは、訓練で培った感覚と指先の感触を頼りにこれらを自在に操るのだ。

「イラコ、今日はわたしが操縦桿動かしたい」

「だーめだ。

一応これ、戦闘兵器なんだからな」

帝国随一の天才技術者とスゴ腕美少女パイロット……二足のわらじを履こうとするエステの野望は、しかし、チャイルドシート代わりのイラコから却下される。

「……イラコは今、新たな才能の萌芽を妨げた。

何事も、まずはやらせてみて判断するべき、そうすべき」

「そういうことは、せめて原チャリの免許取れる年齢になってから言うもんだ」

「自分はわたしより小さい時から、M2の操縦をしてたくせに」

「俺はいーの。

不良の第四皇子だから」

こういう時、イラコ・ジーゲルという青年はにべもない。

膝に座ったまま、上目遣いで見上げると、黒髪天然パーマの日系ハーフは、モニター上の表示を見ながら手早く各種チェックを終えていた。

普段は帝国軍の士官服が微塵も似合わぬ腑抜けた青年であるが、こうやってM2に乗っている時ばかりは――凛々しい。

それを、こうして間近で見上げることができるのは、きっと期間限定の役得であるに違いなかった。

「よし、そんじゃいくか」

「おー」

タイゴンのコックピットにリンクしている貨物倉庫部の二重ハッチが、イラコの操作に呼応してゆっくりと開く。

同時に――グラビコンシステムの影響で慣性は感じないが――タイゴンもスラスターを吹かせて、上昇。

管制しているアマテラスのブリッジには、四つものカメラアイが備わった異形の頭部を持つ人型機動兵器――タイゴンが、陸上選手じみた漆黒のシルエットをだらりと脱力させ、艦外へと浮遊していく姿が捉えられているはずだ。

そう、脱力だ。

タイゴンの各種モーションは、イラコがイラコママとたまに会った際、叩き込まれてきた暗殺拳の動きを基としている。

究極の脱力状態から生み出される爆発的な力は、生身の筋肉から機械のアクチュエーターに置き換えてもなお有効。

いや、大元のパワーが数万倍以上であるため、より顕著な――瞬間移動とすら思えるほどの高機動力を、あくまで瞬間的にとはいえ、この骨董品へと付与するのであった。

「おー。

相変わらず、中に入っていても何がなんだか分からない」

結果、イラコがいざグリグリと操縦桿を操ってみせると、エステの動体視力で捉えられるのは、残像と化した周囲の光景のみ。

気がついたその瞬間にはもう、タイゴンは並んで航行するアマテラスとクシナダの直上に位置しており……。

両艦から極太の超硬繊維ワイヤーで曳航される火力艦ヴェルダンディの姿も、一望することができていた。

「それにしても、ヴェルダンディは勿体のないことをした。

火力艦としては間違いなく最新鋭の艤装を施されていたのだから、適切な運用をすれば相応の戦果が見込めたはず」

巨大な箱型と称すべき艦影のアマテラスと、両舷部の電磁シールド付き超大型アームユニットが特徴のシールド艦クシナダ。

史上初となる戦艦同士の合体を行った結果、設計上では見えなかった細かい故障や不具合を抱えつつもほぼ無傷な両艦と比べ、曳航されるヴェルダンディの姿は無惨そのものだ。

なるほど、オッパイおばけことシレーネが率いていたM2中隊と、行動を共にしていた隠密艦は確かな練度を誇っていたのだろう。

本来ならば、艦首に備わった大口径荷電粒子砲と、船体下部のウィングバインダーによる拳銃じみたシルエットこそが、火力艦という艦種の特徴。

今のヴェルダンディに、それはない。

象徴というべき艦首荷電粒子砲も、船体下部のウィングバインダーも、徹底した攻撃により、もはや原型を留めていなかった。

のみならず、完全に戦闘力を奪うべく、レーザー機銃の一基、スラスターの一基に至るまで破壊し尽くされており、ベース艦に艤装として装着されたパーツ類は、全壊していると言って過言ではない。

さらに、基盤と言うべきベース艦部分も、光子魚雷が直撃した右舷部は、内部機構を晒している有様。

いかに帝国艦船が徹底したモジュール化で修理等の超効率化を図っているといっても、これを修復するのはなかなかの難業である。

技術的な知識を最低限にしか持っていないイラコや、同じくだろうモリーお婆ちゃんなどは、大本のベース艦が大体無事だから給糧艦への改装も問題ないだろうと、タカをくくっているようだが……。

帝国一の技術者としては、そんなプラモデル感覚で考えないでほしいところだった。

まあ、なんとかするのだけど。

「まぁー、勿体ないのは確かだな。

国民の血税を、ものの見事に無駄にしちまったわけだし。

けど……」

そんな理由もあってつぶやいたエステの言葉に、イラコがなんてこともないように答える。

そして、続く言葉も当人からすれば、なんてことのないもの。

だが、エステからすれば、まったくもって意外で……そして、だからこそ、イラコらしいと思える バ(・) カ(・) な言葉なのであった。

「このヴェルダンディという艦は、よく耐えてくれたよ。

内部で謀反騒ぎとそれに伴う降伏があったのを、加味してもだ。

この艦自体があっさり轟沈するような造りだったら、大事な兵たちは……何より、兄上は死んでいるところだった」

「……。

イラコは、ヴォルフのことが嫌いなんじゃなかったの?

なのに、もしかして生きていてくれて嬉しい?」

「嫌いだし、呆れてるし、あんま付き合いたくねえ人だなーと思ってるよ。

お前に暴力も振るおうとしたし、お前のことはそもそもモノ扱いしてたしな。

けど、俺を入れて11人しかいない 皇子皇女(きょうだい) の一人なんだ。

生きててくれて、嬉しいよ」

膝に座った状態で見上げるイラコの顔は、本当に他愛もない世間話をしている時のもの。

ゆえに、これが嘘偽りのない本音であると知れた。

「それに」

「それに?」

「ヴォルフ兄上には、一つだけいい思い出があるんだ」

「ほう?

気になる。

聞かせて」

「あれはな……」

催促すると、特に勿体ぶることもなく話し始める。

一体、あのバカとこのバカにどんなイイ話が……!

「……俺が六歳の頃。まだ、お前が生まれる前だな。

馬術を教わっている俺の姿を見たヴォルフ兄上が、ぽつりとこう言ったんだよ。

『なかなかやる』ってな。

……嬉しかったよ」

ぽつぽつと、つぶやくように語るイラコだ。

なるほど、これは確かにイイ話である。

話ではあるが、どうにも腑に落ちないところがあった。

それは……。

「……イラコが何かを教わったりしてる時って、他の 皇子皇女(きょうだい) とはいつも別だったはず。

昔はそうじゃなかったの?」

……このことである。

何しろ、庶子という微妙な立ち位置のイラコだ。

皇妃である母フィリアの感情も踏まえ、他の皇子皇女とは物理的にも距離を置いた教育がされていたはずであった。

「いや、その時もそうだったよ」

だから聞いたのだが、これはあっさりと肯定。

そして、驚きの事実を明かされる。

「俺があの暴れ馬――ゴルフェラニって名前なんだけど、それを落ち着かせてどうにかパカパカしていたのが中庭で、ヴォルフ兄上がいたのは、城の三階だったから、距離的には200メートルくらいか?

視線を感じたから見上げてみたら窓辺にいたんで、唇の動きを読んだんだ」

「そう……」

なんてことのないように語るイラコを、なんてことのないようにスルーするエステだ。

イイハナシダッタノニナー。