軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イラコの目論見、シレーネの推察。

さて、言わずもがな……俺は銀河帝国の第四皇子であると共に、この給糧艦アマテラスの艦長でもある。

その欠かせぬ職務の一つが、航海日誌作成。

今も昔も、その重要性は変わらぬ。

もちろん、艦内の様々なセンサーは事細かにログを残しているが、それらはデータの羅列であり、人間の感情はない。

そして、行くのが蒼海から漆黒の宇宙に変わろうとも、船舶を操るのはどこまでも人間であるのだ。

ならば、大切なのは艦を運用する人間たちの思惑……。

ことに、艦長職を務める人間の思慮というものは、極めて重要である。

彼(俺) が決断に至るまでの感情的な動きこそ、教訓として残すべき代物であるのだ。

「……私が推察するに、シレーネ殿下が当艦を見学して抱いた感情は、極めて友好的なもの。

出会いが戦場である宿命上、捕虜として遇する他にないが、今後の銀河帝国とヨーギル王国との外交において、良き材料となってくれることを願うばかりである」

ゆえに、今日も俺は筆を取る。

万年筆が、カリカリと紙を削っていくこの感覚……。

通常、航海日誌というものはタイプしてデータを残した後、容易に持ち出せるよう予備を紙媒体で出力し、束ねておくものだ。

だが、俺の場合は逆手順で、こうして手書きしたものをスキャンし、データ化していた。

お気に入りの万年筆を使いたいし、こうして手で書くと、脳へのインプットが捗るからな。

それに、第四とはいえ皇子という立場なのだから、一定の筆力はキープしておかなければならない。

何かと公的なサインをすることが多い立場であり、その際、残したサインが下手くそでは格好がつかないのだ。

「さて……。

撒いた種は、実るかな?」

キャップで閉じた万年筆を机に転がし、背もたれへ体重を預けつつ伸びをする。

銀河帝国の艦船は高度にモジュール化された構造をしており、大抵の設備は、艦種をまたいで共通のものが使われていた。

それは、俺が今いるこの私室も同じ……。

通常時には、壁から床から白一色。

コンソールを操作することで、壁面や床内に収容されているテーブルやモニター、ベッドなどが出現する形式となっている。

独房のごとき構造であるが、こうするのが一番効率的で安上がりなんだから仕方がない。

持ち込もうと思えば、私物の類は持ち込めるしな。俺の万年筆みたいに。

さておき、そのように無機質な空間で思案するのは、シレーネさんのことだ。

そう……。

あのくっそエロいパイロットスーツに包まれたあまりにも豊満なボディを――いや違う。

それも脳内の記憶領域に永久保存だが、今考えるべきは、別のことであった。

俺がわざわざ彼女を案内して回ったのは、航海日誌に書いた通り、 今(・) 後(・) の(・) 銀河帝国とヨーギル王国……双方の関係性を見据えてのことである。

端的に言って、ご機嫌稼ぎ。

恋愛系のゲームで、プレゼントアイテムを狙いのヒロインに渡すようなものだ。

なんで、そんなことをしたか?

航海日誌を書き残す理由にも、通じるところがあった。

戦争というものは、人間同士の間で行われる……外交行為であるからだ。

シレーネさんは、いずれ必ず母国に返す。

もちろん、騎士道精神によるものでも、ヒューマニズムによるものでもない。

相手側の姫君を返還することで、外交的な譲歩を引き出すためである。

より具体的に述べるならば、彼女の返還を糸口として、ヨーギル王国との間で行われている戦いを、こちらに有利な形で終結させることになるだろう。

明けない夜はなく、永遠に続く戦争もない。

振り上げた拳は、必ずどこかで下ろす必要があった。

まさに、これこそが契機……。

話を聞いたところだと、少なくとも、ヨーギルの台所事情は逼迫しているようだしな。

もちろん、終わらせられるとしてもヨーギル王国との戦争までであり、かの国が属するジンバニア王立連合そのものとの戦いまでは終結すまい。

ただ、連合を構成する五王国の一つを切り崩せるだけだ。

とはいえ、どんな建物であっても、柱の一つを欠けば揺らぐ。

ことによれば、ヨーギル王国をきっかけとして、ドミノ倒し的に連合との戦争終結まで持っていけるかもしれなかった。

まあ、そんなことは俺の知るところではない。

この件を預かることになるであろう外交官が、頑張ればいいだけの話だ。

俺としては、今、想像した通りになってほしいけどね。

何しろ、戦争という状態から脱却すれば、前線に送り込まれて戦死するということもなくなるのだから。

「そのために、頑張ってシレーネさんに媚びを売るぞ! おー!」

決意と共に、俺は天井へ拳を突き上げたのである。

--

「イラコ皇子は、あたしを通じて我が国を屈服せしめんとしているな。

今日の艦内見学は、一見したならば友好的な対応に見える。

しかし、考えれば考えるほど、その裏側に見えるのは征服者としての冷徹な思惑と威圧的な意思だ」

捕虜を得ること困難な宇宙を主戦場とする事情に加え、そもそもが給糧艦であるというのも関わっているのだろう。

シレーネに与えられた独房は、独房とは名ばかり……空いている個室にロックを施したものであった。

封印されていない機能――壁面から引き出したベッドに横たわりながら、考え込む。

視界に映るのは、借りている黒ジャージを下から盛り上げる自身の双丘と、そこに放り出された一つ結びの亜麻色の髪……。

何もない空間というのは思索をするにうってつけなもので、牛さんと戯れたり、艦内畑や食品工場を巡ることで上がりまくっていたテンションは急激に低下し、冷静さを取り戻すへ至っている。

ゆえに、実際それらへ接していた時には見えていなかったものが、見えてきた。

このアマテラスという給糧艦の本質……銀河帝国の、豊かさが。

「まるで、宇宙に浮かぶ老人ホームであり、牧場であり、畑であり、菓子工場。

こんな馬鹿げたものを現実に造り上げて運用し、兵たちの鼓舞にあてるだけの余裕が、銀河帝国には存在する」

それは、ジンバニア王立連合には……。

ことに、故国たるヨーギル王国には、決して存在しない余裕だ。

現在、王立連合が持ちこたえているのは、一にも二にも将兵たちの粉骨砕身あってのこと。

圧倒的物量差を超越する精神力に加え、銀河有数の過密な小惑星帯であるポイント203のような守るに易き地理的要衝を備えているのが、今日へ至るまで粘り強く戦えた要因であった。

だが、どんなものにも永続というものはなく、必ず限界がやってくる。

ジンバニア王立連合は、それを迎えつつあった。

しかも、シレーネたちのような上層部のみが、苦境を察しているわけではない。

普通に生活しているだけの市民でも、そうであろうと推察することが可能なレベル。

何しろ、攻略困難な要衝を真正面から無理攻めする愚を避けた銀河帝国が、ジンバニアの勢力圏各地で隠密艦を跳梁させているのだ。

聖域なき通商破壊作戦が実行された結果、王立連合内では「トイレットペーパーが出回ってないのでトイレットペーパーの配給券で尻を拭いた」などという笑えないジョークまで飛び交っているのである。

これは、フィクションのようなスーパースパイを放つまでもなく知れること。

ただ連合内の惑星に溶け込み、生活するだけの人員を送り込めば、圧倒的リアリティを伴って知ることができるであろう。

当然、イラコ皇子の耳にも入っているに違いない。

ゆえに、今日は捕虜たるこの身を連れ回し、アマテラスの内部を案内したのだ。

この行為には、暗黙のメッセージが込められている。

すなわち……。

『戦場のならいとして、捕虜とした貴方は外交的譲歩を引き出すために返還されるだろう』

『そして、彼我の国力差は、このアマテラスを見れば居並ぶ大艦隊以上に痛感できたはずだ』

『ゆえに――ヨーギル王国を帝国へ屈させよ』

『これ以上、ジンバニア王立連合に忠義立てしたところで、祖国の繁栄はないと知れたであろう?』

『つくべきは連合か、 帝国(この俺) か……。

貴方には、もう分かっているはずだ』

能天気に牛を撫でたりトマト食ったりお爺ちゃんたちと一緒にアイスを作ったりしている風に見せかけながら、背中ではこれだけ語りかけてきていたのであった。

なんと恐ろしき――覇王。

銀河帝国を興せし英雄フリードリヒ・ジーゲルの資質は、庶子たる身にこそ受け継がれていたというわけだ。

「戦場にてM2を駆っても一流。

国家間の外交という戦略的行為においても、一流……か」

呼吸によって上下する双丘を眺めながら、つぶやく。

ならば、これを受けてシレーネがやるべきことは――。

「次期皇帝をかけた皇子皇女の争い……。

あたしは、そのよきトロフィーか」

だが、このトロフィーには意思があるのだ。