軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【別視点】フェルターの敗北

【フェルター】

当初、魔術師として天才的な才覚と技術を持つ人物だろうと思い、そこまで気にしていなかった。

この魔術学院は、地位やコネなどは影響が少ない。まったく無いとは言わないが、世間からすれば異常なほどだ。

魔術の理解が早ければ王族を抜いて平民が飛び級することも出来るし、生徒同士の喧嘩があれば地位に関係なく罰せられる。

ただ、それらも教師の采配次第ではある。貴族寄りの教師ならば、王族や上級貴族を優遇するようなこともあるだろう。

ところが、新たに教師として現れたアオイ・コーノミナトという女はその中でも特殊な存在だった。

見る限り、王侯貴族と平民の間に差を作らず、悪いと思えば誰相手でも厳しく叱る。それが生徒だけでなく、先輩の教師を相手にしても同様だというから徹底している。

それで教師が辞めるように追い込まれるかといえば、真逆だ。新任でありながら上級の教師待遇であり、更には他の教師達も口を出せないような雰囲気になっている。

特に、この国の王族であるロックス・キルべガンを叱り付け、あまつさえ国王を学院に呼び付けたのが大きい。

まともな貴族ならば、自分が同じようになったら堪らないと震えたことだろう。国王が呼び出しに応じる応じないは別にして、家名に泥を塗るのは間違いない。

普通ならば自身の身を案じて実行できないものだ。誰よりも自尊心が強いのが貴族たる生き物だ。恥をかかされたとなれば、暗殺者を雇っての報復もあり得る。

それでも実行できるのは、単純に強い正義感と自らの実力に対する自信故か。

だが、それを裏付ける魔術の技量は噂に聞いている。まず驚嘆すべきは、 誰(・) も(・) ア(・) オ(・) イ(・) の(・) 詠(・) 唱(・) を(・) 聞(・) い(・) て(・) い(・) な(・) い(・) ということだ。

殆ど発動までタメが無いような速度で魔術を展開する。それは、俺自身が目の前で確認した。

会話の途中、素早く行動に移したロックスに、瞬く間に魔術を行使してみせたのだ。

つまり、最長でも一小節の詠唱で魔術を発動していることになる。

首を掴んでしまえば何も出来ない魔術師なぞと思っていたが、それだけ短時間で魔術が使えるならば話は別だ。近接で戦うことも可能だろう。

さらに、本人に問うてみれば剣を使っての戦いまで出来るという。素晴らしい。

これほど高揚するのは久方ぶりだ。それこそ、学院に来る前に父と真剣で戦って以来だろうか。

そう思い、前哨戦程度に考えてエライザ・ウッドフォードとの試合に挑んだ。

だが、近付けば終わりと思っていた戦いだというのに、全く近付けない。視界を奪われ、行動が制限される。更には捉えようの無い流砂によって足の自由も奪われてしまった。

これまでの魔術師達の戦い方は皆、広範囲に広がる遠距離攻撃ばかりだった。だから、一度攻撃を防げば次の詠唱までに接近することが出来る。

接近さえしてしまえば、俺に勝てる奴はいなかった。

その思い込みがいけなかったのか。立場は逆転し、何とか詠唱しようとする俺は、数秒に一回もの速度で連続して飛んでくる砂の球に苛立ちと焦りを覚えた。

最終的には被弾覚悟で無理やり詠唱し、なんとか魔術の発動が間に合い勝利したが、辛勝もいいところだ。

本来なら、この惨憺たる状況でアオイと戦わせて欲しいなどとは言えないのだが、アオイは俺の意思を汲んでくれた。

「私と戦いましょう」

その言葉に、何故か体が震えた。恐怖しているわけでは無い。ただただアオイと戦いたい。その思いだけのはずだ。

だが、戦闘が始まってすぐに、違和感に気がつく。

俺が本気で移動したなら、これまでの相手は激しく動揺して辺りを見回したり、俺の姿を目で追おうと必死になるのが常だ。

しかし、アオイは動かない。背後をとられても対応出来るとでも言うのか。剣は細い木の棒だというのに、立ち姿に迷いは無い。

予測のつかないアオイの行動に、何故か苛立ちが大きくなる。

反応出来たなら良し。反応出来なければそれまで。

そう決めて、俺は攻撃に移ることにした。こちらの拳を剣で防がせれば勝ちだ。木製の剣なぞ、一撃で砕けるだろう。

そう判断しての突撃だったが、俺の拳はあっさりと弾かれてしまった。剣の腹で手首の辺りを叩かれ、更に足を横向きに突き出すような体勢で蹴りを受けてしまう。

直後、腹に衝撃が走った。

重く突き刺さるような鋭い蹴りだ。体を捻る余裕も無く、まっすぐに吹き飛ばされてしまう。

呼吸が一瞬止まり、血の味が口の中に広がる。

「……身体強化か。光が薄過ぎて気付かなかったが、脚力を強化しているな?」

「脚力と防御力、そして腕力を強化しています」

苦し紛れにそう告げると、アオイはあっさりと頷いた。そして、信じられないことを口にする。

そんな魔術があるものか。

そう言ってやろうと思ったが、すでにアオイは動き出していた。

まっすぐにこちらに剣を構えた格好で、地面を滑るように距離を詰めてくる。走ってはいないのに、尋常ではない速度だ。

後方に移動しても距離を削られるだけだ。ならば、その後の展開も考慮して、横に飛ぶ。もし、俺の居場所を見失えば背後をとることも可能だ。

瞬時にそれだけ考え、俺は横に移動した。一気に距離をとった筈なのに、アオイは難なく付いてきた。

続け様に剣を横向きにして振ってくるアオイに、何とか体を捻って拳を突き出す。恐ろしい衝撃を受けてたたらを踏み、ぎりぎりで倒れないように踏ん張った。

視線を外すわけにはいかない。

アオイを睨みながら後方に跳び、距離をとる。

今の僅かな攻防だけで、アオイの剣士としての技量が分かった。悔しいことに、単純な戦闘技術では勝てない。更には魔術込みとはいえ速度でも勝てない。

ならば、後は力で挑むしか無い。

攻撃を受けながらでもいい。こちらの全力の一撃を当てる。そうすれば、あの華奢な体では間違いなく耐えられない。

慣れない挑発の言葉を発して真正面から来る様に仕向ける。

易々と看破されてしまっているのだろう。アオイは微笑みを浮かべた。

だが、強者の余裕か、それでも真っ直ぐに向かってきた。

「……ありがたい」

小さく口の中でだけ呟く。

真っ向からの勝負だ。全身全霊を持ってぶつからせてもらう。

「ふっ!」

真正面から握り固めた拳を打ち込む。

しかし、届かない。拳は普通なら折れる筈の細い木の枝にうけとめられてしまった。

そして、アオイが両手をくるりと回したと思った瞬間、腹部に恐ろしいほどの衝撃が走った。

視界がブレる。地面が見え、空が見えたと思ったら、背中が地面に触れて転がる。

真正面からの殴り合いで負けた。

その言葉が頭の中に浮かんだ瞬間、一気に真っ白になってしまった。がむしゃらに、バラバラに壊れてしまった自分を取り戻そうと暴れる。

魔術で対抗なぞ出来ない。近接戦でも負けた。

俺はどうしたらいい?

どうしたら、勝つ事ができる?

頭の中がぐるぐると纏まらなくなり、何とかしなくてはと思って岩を投げつけた。

だが、その岩も木刀で切り裂かれる。

化け物。

そう思った瞬間、戦いの高揚や焦りは、一瞬で恐怖にすり替わった。

岩を投げる。投げ続ける。

だが、アオイはすべて切り裂いた。そして、着実に近付いてくる。

「……遠距離攻撃に頼ってしまいましたね? 分かっていますか? 今の貴方は、一番弱いですよ」

不意に告げられたその言葉は、まるで刃物のように心臓を切り裂いた。いや、そう感じるほど、心に突き刺さったのだ。

「ぬ、ぬぁあああっ!」

間近に迫ったアオイを見下ろし、息を鋭く吐いて腕を上段から振り下ろした。体重を乗せて放つ最大の打撃だ。

腕全体に広がる衝撃に確かな手応えを感じる。

いや、あまりに衝撃が返りすぎだ。岩を砕いてもここまでの衝撃は無い。何が起きたのか。

そう思ってアオイを見下ろすと、信じられない光景が目の前に広がった。

武器を手放して、両手の掌をこちらに向けたアオイの姿だ。

華奢な女の手が、俺の拳を……!

そこまでで俺の記憶は途絶えたのだった。