作品タイトル不明
【別視点】 決着
【ロイル】
馬鹿な女だ。結界を作りあげて左右の壁に分かれて立ち、向かい合った状態でそう思いほくそ笑んだ。
この魔術具対決には必ず勝てる仕組みがされている。本来ならそれまでの戦いで勝ち負けを繰り返し、相手を油断させるはずだったのだが、まさか全敗するとは思わなかった。
誤算はあったが、馬鹿な女が最後の勝負を承諾した段階でもう負けは無い。
これまでも多くの上級貴族や王族と魔術具を奪い合ってきたが、いつも相手は勝利を確信して挑んできたものだ。そして、常に勝ってきた。アオイの持つ魔術具はどれも相当な代物だ。これまで通り奴隷を買って魔術具を持たせて軍を作っていけば、やがて大国も無視できない勢力となるだろう。
その為にも必ずこの魔術具対決には勝たなければならない。
「合図は外でヘザーが行う。剣を振り下ろしたら、開始だ」
「分かっています」
あえて、合図について再確認をした。これも仕掛けの一つである。開始の合図を聞き、アオイは予定通りヘザーの方を見ている。だが、実際は剣を振り下ろすのは俺が口を閉じて三秒後と決めている。
この小さな仕掛けにより、こちらは確実に相手よりも早く魔術を使うことが出来るのだ。
そして、俺が持つ魔術具は世界で最も攻撃速度が速い光の魔術を発現する。範囲は極端に狭いが、一瞬で相手を貫く光の剣を放つ。これで、先制攻撃は必ず俺が制することとなる。
更に、もう一つの魔術具で追撃をする。こちらは発動に僅かに間があるが、発動さえすれば誰にも防ぐことは出来ない恐ろしい魔術となるのだ。
頭の中で手筈を確認しながら三秒を数え、実行に移す。
「光の矢!」
ヘザーの剣が振り下ろされると同時に、魔術具を発動した。ヘザーの剣が振り下ろされたと同時くらいの感覚の筈だ。アオイがこちらに顔を向けようとしている姿が視界に入る。
絶対に間に合うものか。そう思って笑みを深める。
「精霊召喚」
しかし、アオイが何か口にした瞬間、光の矢は何かに阻まれた。現れたのは不思議な人型の何かだ。魔術によるものとは思えない、不思議な物体だ。僅かに透ける赤い身体で、腕や足が長い不思議な服装の女に見える。女の腹部や肩には光の矢が貫いた痕があるが、どうやら効いていないようだ。
「な、なんだ、その魔術は……!?」
驚愕してそう言うが、アオイは無表情に出現させた存在をこちらに向けて進ませた。見上げるような赤い人型の魔術に危機感を抱きつつ、こちらは二つ目の魔術具を発動させる。
「結界操作!」
魔術具を発動すると、周囲を覆っていた結界がこちらの念じるままに動き出す。左右の壁がぐにゃりと湾曲し、アオイを閉じ込めるようにして重なり始めた。
「……なるほど。この結界自体を操る魔術具……そんなものもあるのですね」
冷静に迫ってくる結界を見て感想を述べるアオイに、思わず吹き出すようにして笑ってしまった。
「ふ、はっははは! 結界は壊せない上にどんどん狭くなるぞ! 押し潰される前に降参するんだな!」
勝った。確実な勝利だ。例の赤い人型が結界の壁を押し戻そうとしたが、全く効果を発揮していなかった。当たり前だ。鉄の塊ですらひしゃげさせるほどの力があるのだ。
さぁ、降参しろ。結界の壁に包まれていくアオイを見てそう思った。その時、アオイが動く。
「業火熱閃」
片手を前に伸ばして、一言、魔術名を口にした。それだけで、アオイの手から放たれた赤い光が結界の壁を切り裂いていく。まるで枯れた葉が砕けるように切り裂かれた結界は力を失って崩れていった。
「な、なにが……」
これまで、結界に傷をつけた者はいなかった。切り裂くなど以ての外だ。そんなことが可能だと、思いもしなかった。
「これで終わりですか?」
アオイがそう言って、こちらに歩いてくる。その恐ろしいまでの圧力に、初めて恐怖心を抱いた。
「や、闇の壁……!」
自分でも気が付かぬ内に、三つ目の魔術具を使用していた。全てを呑みこむ闇の魔術。本来ならもっと接近して対処できないくらいの距離で使う予定だったが、今見た二つの魔術具であれば問題無いはずだ。このまま、魔術具で出現した謎の物体ごとアオイを呑みこんでしまえば良い。
そう思って巨大な闇の壁を前進させていたが、根本的な間違いに気が付いた。そうだ。あの女に、結界による制限は効果が無いのだ。
そう思った矢先、目の前に無数の赤い線が現れた。不規則に明滅を繰り返す赤い光の線だ。首を回して左右を見ると、赤い光の線が数十本、俺の前後を挟むようにして現れていた。
「……結界を貫く、赤い光」
これは何なんだ。そう思って呟いていると、闇の魔術も持続することが出来ずに解除してしまった。黒い壁が消えた先には、先ほどと同じ位置で最初と同じように立ったままのアオイの姿があった。
「終わりです。動けば赤い光に切り刻まれますよ」
「……こ、こんな魔術具、反則だ! なんなんだ、この力は!? こんなものが存在して良いわけがない!」
負けを認めることが出来ずにそう叫んだ。だが、俺の言葉にアオイではない、別の誰かが否定の言葉を口にする。
「いいや、貴様の負けだ。ロイル・ウェット・サルート」
その声に振り向くと、百を超える騎士を従えた男の姿があった。
「ミドルトンさん」
アオイも驚いて名を呼ぶ。この国の国王、ミドルトン・イニシュ・キルベガンがそこにいたのだ。
「私もいるわよ」
「レアさんも」
ミドルトンの斜め後ろには王妃であるレアの姿もあった。二人は並んで立つと、咎めるような目でこちらを見て口を開く。
「この戦いが始まった時から観戦させてもらった。完膚なきまでに叩きのめされた上に、本来なら使用することが出来ない三つ目の魔術具を使用している。そうだな、ロイル?」
「……ぐっ」
王に見られていた。それだけで、覆すことは出来ない。どう答えるべきか必死に考えを巡らせる。だが、答える前にミドルトンが次の言葉を口にしていた。
「グレン侯爵。立会人をしていたようだが、勝負は正々堂々と行われたか? また、結果は?」
「ふむ……本来なら九回の対決を行い、勝利数が多い方が勝ちとなる、というルールじゃったが、何度もルール変更があってのう。とてもではないが、正々堂々という勝負ではなかったぞい。じゃが、皆はそれでも全ての勝負に勝って、文句なしの大勝利となったのう」
グレンが上機嫌にそう告げると、ミドルトンは笑みを浮かべる。
「そうか……ならば、色々と準備せずとも良かったか。まぁ良い」
そう言ってから、ミドルトンは再び俺を睨むように見据えた。
「ロイルよ。オークションでの態度が気になって貴様を調べさせてもらった。本人の普段の素行についてもオークションハウスの支配人や、オークションを利用する貴族達から話は聞いておる。また、かなり強引な手法で魔術具を集めているという点も調査済みだ。そして最後に、貴様が我が国にも店舗を置いている商会についてだが、数多くの不正が発覚した。証拠は十分過ぎるほどである。全ての店舗は閉鎖し、違法な手段で集めた商品についても押収する。また、これらの情報は各国に周知する。それぞれの国で裁きを受けるが良い」
ミドルトンが裁判官のように判決を言い渡すと、ロイルは目を見開いて振り向いた。
「ば、馬鹿な……! 俺はコート・ハイランドの商人で、コート・ハイランドに商会を構えている! いくら陛下でも、そこまでする権限が……!」
我を忘れて異議を申し立てようとするが、不意に自らの腕に激しい熱さを感じた。
視線を落とすと、肘から先が地面に落ちていた。
「ぐ、ああ……っ!? お、俺の腕が……!」
気が付かぬ内に、アオイの魔術に触れてしまっていたらしい。
「ああ、動くから……」
アオイが他人事のように小さく呟いてから魔術を解除する。途端に地面に崩れ落ちた。痛みに気を失いそうになっていると、ミドルトンがアオイに向かって手を伸ばした。
「良い。死にはしないだろう。癒すのは後にしてくれ」
「いえ、そうはいきません」
ミドルトンとそんなやり取りをしてから、アオイは俺の隣に来て腕に触れた。
「ぐ……さ、触るな……!」
「ちょっと動かないでください」
厳しくそう言いながら、アオイは切断された腕を無理やりくっつける。頭がおかしいのか、この女。
ぶん殴ってやろうと拳を握った時、違和感に気が付いた。痛みが嘘のように引いたのだ。
「……な、なんだ?」
驚いて自分の腕を見ると、そこには何事もなかったかのように動く自分の手があった。
「ふむ、甘いな」
「アオイ先生らしいわよ」
ミドルトンとレアは苦笑混じりにそんな会話をしていた。