作品タイトル不明
雷の魔術とエルフの神話
「……いきます」
私の心配をよそに、シェンリーは小さく呟いて魔術の詠唱を始めた。もう何度も行ってきた魔術だが、上がり症のシェンリーはこういった場では緊張して失敗しがちだ。
前回も、放っておけば暴走してしまった可能性が高い。
「……シェンリーさん。今回はあまり大きくしなくて良いですから、肩の力を抜いてください」
釘を刺すわけではないが、あまり無理しないように声を掛けてみる。すると、シェンリーは詠唱しながら小さく頷いた。
こちらの声が聞こえているというのは良い傾向だ。魔術の詠唱には集中力が必要だが、気負い過ぎては良い結果に繋がらない。剣道などもそうだが、相手の竹刀の動きに意識を傾け過ぎると反射が鈍ってしまう。集中力は大切だが、周りが見えないほどの集中はかえって邪魔になるというものだ。
少し安心してシェンリーの魔術を見守っていると、やがてシェンリーの前に小さな雷雲が発生し、それが徐々に大きくなっていくのが見えた。
そして、破裂音に似た音を立てて放電が始まる。
「む……」
「確かに、雷の力だ」
「……制御できているのか?」
エルフ達は揃ってこちらに向き直り、目を凝らして放電現象を観察した。
「水、風、土……雷は熱を持っているというのに、火のエレメントは存在しないのか?」
「何故だ? 水、風、火ではないのか」
「それよりも、圧倒的に風の力が強い。あの組み合わせと力の配分が重要なのではないか」
エルフ達は、こちらの存在など頭から消し去ったかのように魔術談義を始めている。一方、シェンリーは順調に雷の魔術を成功させ、更に維持の段階にはいっていた。
「……その魔術は、どのように使うことが出来るのだ?」
「あのまま大きくしたら、無差別に周囲に雷を降らすことになるのではないか?」
「いや、指向性を持たせることが出来るのかもしれんぞ」
エルフ達の質問にシェンリーは答えるほどの余裕はない。雷の魔術は開放しない限りは徐々に小さくするしかないのだ。つまり、一気に放電させるか、避雷針で地面に雷を流すという手段以外では、ゆっくり小さくして力の奔流を弱めていくという方法しかない。
それはかなりの集中力を要する。シェンリーの余裕がない状態なのも無理はないだろう。
仕方が無いので、代わりに答えることにした。
「今は室内ですので、雷の魔術は大きくし過ぎないようにしています。また、指向性を持たせて解放することも可能ですが、かなり危険なのでそれも控えさせていただきます」
そう答えると、エルフ達は険しい顔で頷いた。
「なるほど……」
「嘘ではないだろうな」
「しかし、指向性を持たせて解放する、といった場面を見たいぞ」
エルフ達はまたこちらの存在を忘れたように議論を始める。その姿は上級貴族相当の議員というより魔術の研究者のようであった。
特に、すぐに周りが見えなくなってしまうところがオーウェンに似ていると思い、懐かしい気持ちになる。
そうこうしている内に、シェンリーの雷の魔術は小さくなっていき、消滅した。順調に魔術を終了させることが出来た。ホッと胸を撫で下しているシェンリーの背中に手を添えて、頷く。
「とても上手に出来ていましたよ」
「は、はい」
シェンリーは嬉しそうに返事をした。
「……よし。それでは、そこに向かって雷の魔術を使用してみてくれないか?」
と、話がまとまったのか、代表してエドラがそんな要請をしてきた。すると、壁に近い席に座っていたエルフ二人が立ち上がり、エドラが指し示した方向の壁に向かう。
二人が壁に手を触れると、何もないかのように見えていた壁が白い石の扉であると知れた。軽い音を立てて扉は開かれ、まるで切り取られたように青い空が出現する。
山の麓から山を登るように国が築かれている為、城を登るとそれなりの高度になるのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は空の方向を指差してエドラを見た。
「あちらに向かって魔術を行使すれば良いのですか? もし、飛翔魔術を使う人がいたら危険かもしれませんよ」
そう告げると、エドラは顎を引いた。
「国の領土内でこの高度まで飛翔魔術を使う者はいない。軽はずみに空を飛んでいれば、稀に竜が姿を見せることもあるのだ」
と、エドラが口にする。説明になっていない気がしたが、竜が現れるから飛翔魔術を使わないというエルフの常識があるのだろう。もしかしたら、エルフは竜を神聖なものとして争わないようにしているのかもしれない。
オーウェンと私は多くの竜を倒して素材を集めたりしたが、オーウェンが常識外れな可能性は高いと思われる。
「分かりました。それでは、雷の魔術を使用します」
そう言ってから開かれた扉の方へ移動すると、円卓を囲んでいたエルフ達も立ち上がり、こちらに集まってくる。もし雷の魔術に触れようとしたら止めようなどと考えつつ、魔力を集中させて片手を挙げる。
「……まずは、 雷玉(エレクトリックボール) 」
そう呟き、先ほどシェンリーが作り出した雷の球と同等のものを作成する。一瞬で雷雲を圧縮したような黒い球が現れて放電を始めたのを見て、エルフの何人かが息を呑む音が聞こえた。
「む、無詠唱だと……?」
「馬鹿な、古代の魔術具ではないのか」
「道具を使ったようには見えなかったが……」
そんな声を聞きながら、更に魔力を加える。放電の方向を定めるには電気の流れる道を作らねばならない。つまり、電車でいうところのレールを用意すれば良いのである。
その準備として、雷雲を成長させつつ放電させたい方向に通電物質を多く含んだ水を用意し、周囲を真空状態とする。少々難易度の高い魔力操作だが、瞬間的な為無理なことではない。
「…… 雷撃砲(エレクトリックカノン) 」
魔術を行使した瞬間、溜めていた雷雲内の多量の静電気が電気の通り道へと一気に流れる。あまりにも激しい電流が一点へと集中し、視界を白に染めるほどの光を放った。
直後、轟音と共に空を白い光が切り裂く。閃光は瞬く間に空を数キロ駆け抜けて、幻のように消え去る。
「……と、このような感じですが」
静かになったので、そう呟いて振り返った。
だが、誰もが雷が迸った後の空を見つめたまま動かない。雷鳴は熱による大気の膨張による衝撃波が原因の為、放電先に作っておいた真空の壁のお陰でかなり音は抑えられている。
それでも十分な轟音だが、一時的に私の声が聞こえないほどではないと思う。
「……どうでしたか?」
改めて、もう一度訪ねてみると、ようやくエルフ達の目がこちらに向いた。
「……アオイ、といったか。君もハーフエルフだったのか?」
「いえ、普通の人間ですが、何故でしょう?」
エドラの質問の意味が分からずに聞き返す。すると、エドラは一瞬周りのエルフの顔を見た後、眉根を寄せて振り返った。
「……この国、アクア・ヴィテは長い歴史を持つ。恐らく、我が国よりも長い歴史を持つ国はないだろう。その長い歴史を紐解けば、長い期間を経て失われてしまった太古の魔術なども見えてくる。建国の王であるハイ・エルフが使えたという強大な魔術や、古代のエルフの王国を支えた賢者固有の魔術……そんな多くの魔術が、今や幻のものとなってしまったのだ」
そう前置きして、エドラは睨むように私の目を見る。
「……その中の一つに、雷撃の魔術である神雷という魔術があった。エルフの国最初の王である、スコット・フォレス・エドレッドの得意とする魔術だ」
エドラがそう口にすると、皆の視線が私に向いた。